第三話:本入道
第三話
南山さんが一人で図書館に入って行くのを見かけたので背後から忍び寄り、口の中に錠剤の惚れ薬を飲ませることにした。ちょっと後ろめたいやり方かもしれない……あ、惚れ薬使っている時点でダメとか言うのは無しでお願いします。
「しっかし、図書館来たのまだ二回目なんだよな」
ここの図書館は天井が鏡だとか何だとかで貴重な蔵書を守るための方法だったりするらしい。勿論、これ以外にも色々と細工がしており、閲覧レベルが設定されている蔵書は許可証が必要だったりするそうだ。
まぁ、面倒な図書館である為に人が少ないからこちらとしては好都合ではある。今回は本当に図書館とは関係ないから司書が聞いたら怒り出す事間違いなし。
「背後から薬を飲ませる……か、ちょいと反則臭いかな」
反則というか、犯罪臭いな。
まぁ、そんな事はこの際どうだっていい。強硬手段も時には必要である。
「……思ったより図書館に人が多いな」
意外と臆病なところがあるのはわかっている。
作戦を変えたほうがいいだろう。
何、別に口の中に入れなくてもいい惚れ薬をみやっちゃんからもらっている。
「えーと、あったあった。振りかけるタイプの惚れ薬なんて便利な時代に成ったよなぁ」
もっとも、一部の者しか手に入れることが出来ないだろうけどさ。
粉末状の薬を包んだオブラートをもって静かに南山さんを探す。
「よし、いた。しかも、一人じゃねぇか……しめしめ」
彼女は南向きに本を探しており、本棚の影から右半身だけを出している俺には気付いていないようだ。奥で女子生徒が一人蔵書の整理をしているようだけど、音もしないしぶつけてもばれないだろう。
舌なめずりを一度して、投球前のピッチャーみたいにぽんぽんと手の中で遊ばせる。
「よし、いけやっ」
ここぞと言うタイミングで投げて本棚から姿を現す。
「くしゅんっ」
「なにぃっ」
「きゃっ」
一瞬何が起こったのかわからなくなった。
わかるのは事が起こってからだ。
南山さんはくしゃみをして惚れ薬はあたらず、そのまま奥に居た女子生徒に当たったのだ。
もしも当たっていたならば目的通り、南山さんは俺の事を見てくれた。
「あれ? 四ヵ所君? 今何か後ろで音がしなかった?」
「待ったっ。今後ろを向いたら大変な事になるっ」
「え?」
一度だけ南山さんと視界が交差する。惚れ薬が使用されていないからまったくの無意味だ。しかし、彼女が後ろを向けば実に大変な事になる。
「何……これ?」
粉末をぶつけられた女子生徒は当然ながら、こちらへ視線を向ける。
「待った、あんたはそのまま上を向くんだ」
相手がこちらの言う事を聞かない場合も考慮して俺も上を見る。
そこで、俺は思い出した。この図書館は天井が鏡だった。
「あっ」
「あ……」
眼鏡をかけた大人しそうな女子生徒と眼があったのだ。
「いや、待て、これは……あれだ。鏡だから多分セーフだろう。そこのあんた、そのままここで六十秒数えておいてくれ」
そうすれば効力は消えるらしいからな。
「わ、わかりました」
一体何の話をしているのを訝しむ南山さんの手を引いて俺は逃げるように図書館を後にするのだった。