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第三十八話:こっちんと期限前

第三十八話

『反対の方は挙手をお願いします』

 遠くから聞こえてくるそんな言葉に俺は頭を抱えていた。

「……ダメだ、今日一日で佳苗の記憶を思い出させる自信がない」

 俺が、正確に言うのならみやっちゃんが佳苗の記憶を消してくれてから一カ月が経ったわけだ。

 うーむ、この一カ月佳苗といちゃいちゃしかしてなかったしなぁ……記憶のことなんて一割程度と言っていい。

 努力が一割程度なら結果は半分程度しか生まれない。

「冬治君」

「うおっ」

 屋上で寝転がっていた俺に佳苗が話しかけてきた。

「もう、サボっちゃダメだよ。今日は生徒会総選挙なんだよ?」

「わかってる。そんなことより大切な事があるから考え込んでたんだよ」

「大切な事?」

 首をかしげた佳苗に俺はため息をつくしかなかった。

「あのな、佳苗が『一カ月以内に記憶を取り戻さないと許さない』とか言ったからこっちは真剣に記憶を思い出す方法をだな……」

「ああ、そうだったね」

「……」

 全く、両手を合わせた姿も可愛いなぁなんて思うとは俺も末期かもしれん。

「記憶が戻らなかったら……どうなるんだ」

「だから、冬治君のことを許さないよ」

「具体的にどう許さないんだ」

「それは記憶が戻らなかった時のお楽しみ、だよ」

 そんなお楽しみ嫌だ。佳苗が俺の家から居なくなるのではないか……もしくは、別れるのではないだろうか。

 嫌な方向に考えるのはやめた方がいい。

「どうすりゃ記憶が戻るかなぁ」

「うーん、じゃああたしの言うとおり動いてくれないかな」

「佳苗の言う通りか?」

 これまで基本的にこっちが記憶に関係ありそうな場所に連れ回していた。佳苗の方からこういってくるのは初めてだ。

「いいぜ」

「やった。ちゃんと言う事聞いてね。思い出せなかったから許さないから」

「わ、わかってるよ。それで、まずはどうするんだ」

「キスしてください。ここで」

 屋上でキスした記憶なんてなかったけども、言う事を聞くと言った手前、やるしかない。

「お、おう」

「冬治君……」

 肩に手を置いて少しずつ引き寄せる。大丈夫だと思ったところでこっちも目をつぶる。

「ん……」

 いつも感じる安心感。掴んだ肩からはこわばった印象は伝わらない。伝わってくるのは俺への信頼感だった。

「どう、だ?」

「うん、よかったよ」

「そうじゃなくて」

「え? 冬治君は……あたしに飽きたって?」

「飽きるわけないだろっ。そうじゃなくて記憶は戻ったのかって聞いてるんだよっ」

 俺の言葉に佳苗は笑うだけだった。

「いやー、キスで記憶が戻るんならとっくに戻ってるよ」

「そりゃそうか……」

「じゃ、これから学校をサボろう」

「え?」

「ほら。あたしの言う事、聞いてくれるんだよね」

 手を引かれて俺はためいきをついて頷くしかない。

「ああ、わかってるよ」

「よし、じゃあまずは公園だっ」

 もしかしたら今日で佳苗と一緒に居られるのは最後かもしれない。

 公園にやってきて二人でブランコを占領する。子供たちがかなり俺たち二人を見ていた。

「ねー、ぶらんこかわってー」

「へへーん、嫌だよ」

 そういって佳苗は子供相手にあかんべーしていた。ああ、ほら、泣きだしたぞ。しかし、俺が近づいたら今度は親の方が反応しそうだ。

 こんな感じで今日一日……様々な場所に向かった。

 映画館、お洒落なカフェ、水族館に動物園、遊園地にレンタルショップ、デパート……等々だ。

 どれも入ったわけではなく、入口で佳苗が回れ右して歩き出してしまう。

「なぁ、こんなので記憶が戻るのか?」

「……そろそろだね」

 夏よりは早くなった夕暮れに佳苗は何かを待っているようだった。

「何がだ」

「あれから一カ月だよ。冬治君はどうだった?」

「どうだったって……」

「時間が経つの早かった? あたしはすごく早かったよ。あっという間だった」

 道を歩く他の人にぶつからないよう、俺は佳苗の隣を歩く。すぐに佳苗は俺の腕を抱きしめる……いつもしているように。

「焦ったよ。あっという間だ……まだ記憶は戻ってないんだろ?」

「うん、戻ってない」

「そうか……」

「あと一時間であれから一カ月経つんだよ」

 佳苗は俺のことを見てはいない。俺も、佳苗がどんな表情をしているのか知りたくなかった。

 残り一時間で佳苗の記憶を取り戻す方法なんて思いつかない……いや、待てよ?

「みやっちゃん……」

「え?」

「こうなったら成り振りかまっちゃいられないな。みやっちゃんに電話して佳苗の記憶を戻してもらう」

 みやっちゃんなら何とかできるはずだ。俺は携帯電話を取り出して連絡を入れる。

『……もしもし?』

「頼む、佳苗の記憶を戻してくれ」

『……いいよ』

 拒否されると思っていた言葉はすんなりと受け入れられた。

『……でも、今から二時間はかかる』

「そうか……なぁ、佳苗、時間の延長は」

「無理だよ。約束は、約束だから」

 どうやら、みやっちゃんに頼むと言う選択肢はタイムオーバーだったらしい。

 みやっちゃんには謝って電話を切り、俺は最後に佳苗と迎えたい場所へと足を進めるのだった。


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