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第三十二話:孝乃先輩と御節介

第三十二話

 結局、南山さんをデートに誘えず二学期も徐々に過ぎ去っていっていた。転校でもしない限り三年生もあるんだから今年はもういいかなーとか思っていたりする。

 生徒会総選挙が終わった日、俺は放課後偶然孝乃先輩に出会った。下駄箱の扉を開けようとしたら先輩を見つけて俺の方から声をかけたと言ったほうが正しいか。

「それで、あれから南山さんと仲良くできたのよね」

 疑問じゃなくてその言葉は確認だった。今年は捨てていたのでとりあえずごまかそうと考えてみる。

「あ、いやー、それは……」

「……何よ、ダメだって言うの? 確かにこの前のデートは……」

「そうじゃないんです。誘ってないだけで」

 ぽかんとした顔をされた後に胸倉を掴まれた。

「あんたねぇ、惚れ薬はどうしたの?」

「惚れ薬?」

「そうよ。惚れ薬。まだ持ってるんでしょ?」

「あれは……もう、なくなりました」

 今では自宅の金庫で厳重に保管されている。あれを使おうと言う日は来ないと思われる。何せ、俺の目の前には惚れ薬のせいで好きな人を諦めた人がいるのだから。その人の悲しい顔がすぐに思い出されて俺がつらくなった。

「何で」

「返したんです」

「はぁ?」

「あー、えっと、薬の方に問題があったみたいでして」

 いまいち信用してもらえていない視線を受けながらしどろもどろの説明を終える。

 孝乃先輩は実に不機嫌そうな顔をしていらっしゃった。

「ちょっとこっちに来なさい」

 そのまま校舎裏まで引っ張られて行き、俺と孝乃先輩は相対している。

「はぁ……全く、根性無しは相変わらずね。みやっちゃんとやらに泣きついてさっさと惚れ薬もらってくればいいじゃない」

 やれやれと首を振られて俺もさすがにかちんときた。

「むっ、それを言うなら孝乃先輩こそ根性無しでしょう」

「なんでよっ」

「時雨先輩の事が好きなくせに結局告白しないまま諦めたんでしょう?」

 ああ、やべぇ、この人の古傷をここまであからさまに抉らなくてもいいのにと……思いながら口は止まらない。

「そんな孝乃先輩からいちいち口出ししてもらう必要なんて、ないんですよっ。大体、惚れ薬なんかを使って好きな子を振りむかせたってそれは間違いなんです。いずれ空しくなってくる時期がやってくるんですよっ。たとえ、目の前にそれがあっても二度と使ったりはしません。孝乃先輩こそ好きな人一人に告白すらできない根性無しじゃないですかっ」

 これは今世紀最大の罵詈雑言が飛んでくるぞと心の中ではひやひやとしながら孝乃先輩を見るとかなり冷静な顔をしていた。

「……あれから、夏祭りが終わって数日後に偶然時雨君に会ったわ」

「え」

「一人でいたから一緒に動物園に行こうって約束してね、一緒に行ったの。最後に、告白もしたわ……元からダメだと思っていたから一応、けじめをつけるためにね」

「けじめをつける?」

 どういう事だろうか。既に結果はわかっているし、三年生では結構有名なカップルらしいから時雨先輩の方も意図がわからなかったはずだ。

「そうよ。馬鹿な話、あたしはあんたと一緒に居て楽しかった。好きという気持ちの所に亜美から追われる恐怖で一度その気持ちが空っぽになったのかもしれない。夏祭り、終わってあんたのことを夢見るまでになったわ」

「……孝乃先輩」

「だから、あんたのことを好きになるために時雨君に振られたのよ。でもね、冬治が南山葵のことを好きなのは知っているから応援だけはしてあげたかった」

 こんな事を言われて気持ちが揺るがないわけはなかった。孝乃先輩と一緒に走って、隠れたりした日々は俺も楽しかったのだ。ただ、それが好きかどうかはわからない。

「あの、俺は……」

 すぐさま右手が振りかぶられて左に一気に通過していく。

「た、孝乃先輩?」

 反射的に左手を抑えてしまった。ぶたれたのは右手だと言うのに……。

「……あたしのことを嫌いになりなさい。馬鹿で、おこりっぽい女だからあんたに迷惑かけてばっかりだわ。せめて冬治の中ではかっこよくて強い先輩でいたいの」

「かっこよくて強い先輩は後輩をぶちませんよ」

「だから、嫌いになりなさいってば」

 首を振って孝乃先輩は思い出したかのように一歩こっちに近づいてきた。

「冬治は……キスぐらいした事あるかしら」

「いや、な……」

 続きを言おうとして俺の唇は軽く孝乃先輩の唇に触れてしまいそこで終わってしまった。

「そう、じゃあ……彼女にはなれないからもらっておくわ。頑張りなさい。あたしでよければ相談に乗るから」

 じゃあね、それだけ残して孝乃先輩はこの場所から去っていってしまった。

「……いったい、何だったんだ」

 ぼけっと立ちつくす俺の背後で何やら音がした。

「っ?」

 振り返っても其処には誰もいない。猫が走り去っていくだけだった。

「……何だ、猫か」

 これ以上ここに居てもなにもいい事は無い。もしかしたら誰か告白しに来るかもしれないからな。邪魔にはなりたくなかった。


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