第三十話:こっちんと約束
第三十話
圧倒的なでかさの月をバックに魔法使いの姿をしたみやっちゃんは無表情で俺に視線を向ける。
「……終わった」
「ありがとう」
みなれた公園に転がる俺の彼女を抱き起し、俺はみやっちゃんに頭を下げた。
「ほんと、惚れ薬から俺のしりぬぐいまでさせて悪かったよ」
「……いい、気にしないで」
どこか愉快そうな調子でそう言うとみやっちゃんは仕事が終わったとばかりに俺に背を向けた。
「……せめて、今日だけは冬治の家で寝させてあげたほうがいいよ」
「起きた時に騒がないかな」
「……そんな心配、冬治はしなくていい。そうなったら私がどうにかするから。じゃあね」
そういってあっという間に夜の闇に消えてしまった。箒に乗って飛んでいくのかと思えば本当に消えてしまうのだから凄いという言葉で片付いてしまう。
「……ふぅ」
ああ、終わったんだな。佳苗は、俺の彼女は居なくなってしまったんだ。
自分で勝手に決めたことなのに頭をハンマーで殴られたような感じだ。何度も何度も頭の中を何度も周り、どうやって自分の家に戻ったのかも覚えちゃいなかった。
「……ん?」
目が覚めたら其処は自室で、隣の布団には誰もいなかった。やっぱり、驚いてどこかに行っちまったんだろうか。
あくまで俺の記憶が消えただけ、彼女のこれまでの記憶はある状態だ……つまり、空白の期間があって混乱するのは間違いない。
「あれ?」
そこで違和感を覚えた。
違和感というより嗅覚に刺激があったのだ。
「あ、起きたんだ」
「え? 佳苗?」
廊下から顔をのぞかせて佳苗が俺のことを見ていた。いつも使っているピンクのエプロンで、手にはフライ返しが握られている。
あまりにもいつもと変わらない日常だった。
「やっぱりあたしのことを知っているんだ。だったらさ、急いでリビングに来てくれないかな。ちょっと聞きたい事があるからさ」
「あ、ああ……」
全く調子の変わらない佳苗に俺は首をかしげる。まぁ、押し倒してきたりキスをねだってきたりとこれから三十分は時間を無駄にするのがいつもとの違いかもしれない。
さっさと着替えて朝食を食べに行くとエプロン姿の佳苗が皿に食事を分けているところだった。
「さ、どうぞ」
「悪いな」
腰をかけると俺の隣に佳苗がすわる。
「と、隣に座るのか?」
「え? まずかった?」
「まずくは無いけど……」
「じゃあ、いいね」
以前、隣に座るのは甘えるためだと言っていた。俺の記憶を忘れているのに仕草を見せられるのは何だか嬉しかった。しかし、話をするには何だか近すぎるな。
「あたしさ、君の彼女だよね」
「……いや、違う」
「そうかな? 一緒に住んでるし、こうやって朝ごはんだって食べてるよ?」
「まぁ、それは何というかだな」
みやっちゃんが俺に対しての記憶を無くしているのだ。本当のことを言ったところで今更こじれる事もないだろう。
「実は、だな」
俺が経緯を話すと彼女は頷いた。
「うーん、やっぱりあの話は嘘じゃなかったんだ」
「あの話?」
「うん。自称魔女から電話があってね、昨日黒魔術の儀式にかけられて惚れ薬の効果を解いたのと、好きな男の子の記憶を消したって……ついでにいうならさ、昨日のことはちゃんと覚えているんだよね。誰かを探して公園に行ったらすごく悲しい事されたの」
「……」
そうか、やっぱりあれは儀式だったのか。じゃなくて、惚れ薬の効果は消えたのか。それに俺については忘れているけど起こった事は覚えているんだなぁ。
「でもさ、やっぱり君を見ているとどーしても、甘えたいし、意地悪したいし、いろいろしたいんだよね」
「……惚れ薬の効果は消えたんだよな?」
「うん、多分なくなったんだと思うよ。君の名前すら思い出せないからね」
首をかしげるしかなかった。記憶はきれいさっぱり消え去っている。
「これってあれかも。一目ぼれってやつかもしれないね。好きで好きで仕方がないよ」
嬉しいのと、悲しいのとがごっちゃんになって俺に襲いかかってくる。
「でもさ、惚れ薬使うなんて許せないよ」
「それは……悪かったよ。今じゃ間違っていたと思う」
「だよね。だったら、あたしの言う事聞いてくれない? そうしたら赦してあげる」
「……それで、望みは何だ」
自業自得だと腹をくくる俺に佳苗は告げるのだった。
「君のことを、思い出したい。記憶を戻してほしいんだ……一カ月以内に」
夏休みは殆どのこっちゃいなかった。今から一カ月か。それなら……ちょうど生徒会総選挙がある日だな。




