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第二十九話:アオインと期限

第二十九話

 夏休みの間に補習を受けることになった俺はひっそりとした廊下を歩いていた。まぁ、今日で夏休みの補習は終わりでようやく本格的な休みを手に入れられると言うわけだ。

「ふぅ、やれやれ」

「……とう……ん」

 携帯音楽プレーヤーで音楽を聞きながら歩いていたから誰かに声をかけられたのには気付かなかった。

「冬治君」

「ん、ああ……葵か」

 ため息をひとつだけはきだして笑って見せる。

「いやー、人気者は辛いね」

 補習中にもひそひそ話は結構されている。その内容を聞くとどうも俺の噂話は夏休みを挟んだからと言って終わりを迎えるではなさそうだ。

 どうも、夏休みぎりぎり前にあった下着泥棒の件についても俺のせいにされて噂が倍になっているらしい。

「噂、やっぱり広がってるよね?」

「ああ、尾鰭とかオプション付きまくりだな。知っているか葵。俺の部屋にはどうやらエッチな本が……しかも、痴漢とか盗撮とかそういった類の本が図書館並みの数があるそうだ」

 馬鹿らしい噂である。大半が信じてはいない。しかし、中には……風紀委員と言ったお堅い連中は真面目に捉えられているから怖いな。冗談が通じない所は性質が悪い。

「まさかここまで大事に発展するとは」

「ごめん」

「葵が謝る事じゃないさ。それに……」

「それに?」

「ううん、ほら、人のうわさも……なんとやらってやつだよ」

 ごまかすように笑って見せた。

 この後、俺の噂に関する事で職員室に呼ばれている。

 どうやらこのような事態は教師陣も想定外だったようで俺の噂をよく耳にしているようだ。比較的真面目な学園生活を送っていたおかげか、同情する声は多い。

 まぁ、同情する程度で俺の待遇が改善されるわけではないがな。

「じゃ、この後職員室に呼ばれてるから」

「うん、あの、今日一緒に帰らない?」

「……悪いな。遅くなるかもしれない」

「それでもいいよ。友達だし」

「友達、か。転校生だから友達はあまりできないだろうなぁと思っていたけど、まさか片手で数えられるだけだとは」

 苦笑するしかなかった。

 何せ、葵と友人と七色ぐらいなもんだ。そして、それから更に分けられるからな。表だって俺と話してくれるのは葵だけ。他の二人は俺の方からせめてほとぼりが冷めるまで話しかけないように釘をさしている……仲間外れにされたりしないようにな。

 葵の場合は元からの人望があるから『こんな俺にも声をかけてくれる優しい風紀委員長』という評判になりつつある。

「あ、あのね冬治君」

「何だ」

「私は噂の元凶を見つける。絶対に、おかしいから」

「……女子更衣室に入った事に間違いはないさ」

「今では一人の女子生徒を襲った……そんな噂なんだよ?」

 まさか自分が性犯罪者に成り下がっていたとはびっくりだ。噂って怖いですね。

「冬治君を陥れた人を絶対に私は許さないから」

 彼女の固い誓いを聞いて笑みが浮かんでしまう。状況が状況とはいえ、ここまでしてくれるなんてなぁ……ときめいちまう。

 精神的に追い詰められていたのも期末前まで、既に気分は一匹オオカミだ。

「まぁ、無理はしないでくれよ」

「う、うんっ。冬治君もね」

「おうよ」

 そういって職員室に入り葵と別れる。

「失礼します」

「来たのか」

 少しだけ苦い顔をして生活指導の先生が俺の方へと近づいてくる。

「ええ、まぁ……噂になった時から頭の片隅に考えていた事ですから。俺が居なくなったら噂は消えるでしょうし」

「そうか……」

 それだけいって会議室の方へと俺を誘導する。途中、視界の隅に入ったヒステリックな女性の教師が笑っていたような気がした。

「……」

 直感なんてものはあまり信じない俺でもこの事件にこの人が関わっているのは間違いないだろうな。

「……ここで証拠品が揃っていた迫力のやり取りがあったはずだ」

 そんな事を思いつつ、会議室へと歩を進める。

「転校先なんだが……羽津学園でいいのか?」

「ええ、姉妹校なんですから転校の手続きも簡単でしょう……こんなこぶつきの生徒でも」

「そう言われると耳が痛いな……」

 先生達の中ではちょっとした罰のつもりだったんだろう。そして何故か大きくなってしまい最早収拾を付ける事が出来ないのだ。何せ、不幸の手紙やらなんやらで俺の下駄箱は連日大騒ぎだったからな。

「理事長からも話はあったんだろう?」

「頭を下げられましたよ。羽津学園の方へ転校したら特待生になるそうっすね」

「責任を感じておられるのだろう」

「そうっすか」

 首をすくめるしかなかった。そんだけ羽津学園の理事長とやらは金持ちらしい。金で解決しないで全校集会でも開いて事実を公表してくれればいいのにな。

 さて、未練たらしく愚痴っている場合ではないな。残りの夏休みにどれだけこの学園で思い出を増やせるのだろうか。

「……無理ゲー」

 救世主は現れてくれないのだろうか。

 帰りの下駄箱に二つ折りの紙が入っていた。

「……ほぅ」

 我慢強い、そんな評判の人間もいずれは限界を迎える。溜めこんでいたものが凄いほど、人間というのは人が変わるもんだ。

 多分、俺もその中の一人だと思う。その紙を見て俺はある決心をした。


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