第二十六話:こっちんと効果の消去
第二十六話
夏休みの夕方、最近では部活から帰ってきた佳苗と一緒にスーパーに行くことが多くなった。近所の商店街ではおしどり夫婦とまで呼ばれて佳苗が照れていたっけなぁ……だからスーパーに行くことが多くなったんだよ。
馬鹿やったり、宿題やったりおしつけがましいデートなんかをしていたらあっという間に夏休みが過ぎて行った。
「あたしの料理も最近はうまくなってきたよね」
「同意だな。最初は俺の方がうまかったのに今じゃ、月とすっぽん並みの差が広がってる」
消し炭ではないものの、人が食べるには勇気と努力と根性が必要な代物だった。
「これも冬治君のおかげだよ」
「何でだ」
「だって、好きな人に食べさせたいって気持ちがあれば上達スピードもすごいもんだよ」
「よくそんな恥ずかしい事が言えるよな」
「それだけ好きだから」
佳苗から好きだと言われる度、俺に罪悪感の欠片が突き刺さる。惚れ薬を間違えて飲んだのは佳苗ではあるものの、原因は俺だ。
「どうしたの?」
「え、ああ……何でもない。ちょっと最初の頃を思い出して悶えていたところだ」
「すっごい味だったもんね」
「そうだな……っと、悪い。着信だ。もしもし?」
通話ボタンをさっさと押して耳に押し当てるとみやっちゃんの声が聞こえてきた。
『……東風平佳苗の薬の効果、消せるよ。やっと、準備が出来た』
「……」
『……冬治、ちゃんと聞いてる?』
「あ、ああ。大丈夫。ちゃんと聞いているよ」
隣で佳苗は俺の通話が終わるのを待っている。ここで詳しく話すのは間違いだろう。
「あとでこっちから連絡するよ。今は大事な時間だから」
『……そう、わかった』
十秒程度の会話が終えられ、俺と佳苗の中に沈黙が……訪れる事もない。
「誰から?」
「みやっちゃん。親戚の子だよ」
「ああ、あの人かぁ。内容は?」
「うーん、俺と佳苗の中のよさについての会話だな」
嘘はついていない。
「そっか。でも切っちゃったよね。よかったの?」
「そりゃあな。今が……さっきの会話を聞いて今の時間がどれだけ大切な時間なのか気付かされたから。佳苗と一緒に居られる時間がさ、何だろうな……愛おしいっていうのか」
俺がそう言うと凄く驚いた表情をされた。
「なんだ、俺変な事を言ったか?」
「う、ううん。でもほら、冬治君は普段からすぐに好きとか愛しているとか言わないじゃん。というか、一度も言われたことないかも」
「……佳苗と一緒に居ると楽しいって意味だよ」
このままなし崩し的にずっと生活できるはずもない。非日常に慣れ過ぎて、日常を忘れてしまったようだった。
俺は佳苗に迷惑をかけている……だから、日常に戻してあげるのが俺からしてやれる最初で最後のお返しなのかもしれないな。
まぁ、薬の効果が切れたらどうなるか分からないし、ケースバイケースだろうけど。
その日の晩、ご飯を食べて佳苗にちょっと出てくると告げ、近所の公園へと向かった。
「……今晩は」
「待たせた」
まんま魔法使いの格好で(三角帽子と黒のローブ)俺の前に降ってきたのは当然みやっちゃんだ。
「……人龍の爪、吸血鬼の体液、オリハルコンの欠片、人狼の涙、なかなか集めるの大変だった」
「でもそれを集めるのがみやっちゃんだよな」
「……冬治の為だから。でも、本当にいいの?」
「どういうことだ」
「……東風平佳苗は当然、今の生活に満足している。多分、冬治も」
それはわかっている。
「……それでもやるの?」
「ああ、惚れ薬をくれたみやっちゃんには悪いけど、やっぱり薬に頼っちゃいけなかった。何だろうな、佳苗が俺に好きだとか言う度、惚れ薬を飲ませた罪悪感が襲ってくるんだよ。だから、惚れ薬の効果を消すのと……ついでに、彼女の記憶も一部消してほしい。俺のことをな。無理かな」
「……やれるだけ、やってみる」
「ありがとう」
「……アフターサービスだから」
いつもの無表情でみやっちゃんはこっくりとうなずいてくれる。
「いつ、やる?」
「出来れば早めに」
「……そう、じゃあ今からでいい?」
「ああ、じゃあ佳苗を呼んでくるよ」
「……その必要はない」
そういって遊具の影を見やる。俺もそっちへ視線を向けると佳苗が出てきた。
「佳苗……」
「あ、あはは、冬治君……あの、惚れ薬って何の話かな……」
元気いっぱいな少女はどこか暗い表情をしている。それでも、無理して笑っている。
「南山葵って知ってるか」
「う、うん。知ってるよ。風紀委員長……だっけ?」
「そうだ。俺がこっちの学園に転校してきて俺はその子に恋をしてた」
「え……っと、嘘だよね」
返事はしない。ただ一方的にこっちが話すだけだ。
「スポーツドリンクに惚れ薬を仕込んでトイレに行ったんだ。戻ってきたら、お前が飲んでた。記憶、あるだろ? あのスポーツドリンクは俺のだったんだよ。お前が俺のことを好きだと思うのは……惚れ薬のせいなんだ」
佳苗は視線を落とし、表情が見えなくしていた。
「でもよ、お前に告白されて少なからず嬉しかった。というか、一緒に生活し始めて色仕掛けとかしてこないお前を見て凄いなって思ったよ。あと、すごく楽しかった。途中からずっとこのまま続けられるんじゃないかって錯覚した。今じゃ、南山さんは俺にとってただのクラスメートで、俺は東風平佳苗の事が大好きになっちまった」
「あたしもっ、冬治君の事が好きだよ? 惚れ薬がなくたって、こうなってた」
涙を眼のふちに一杯溜めて、彼女は俺のことを見ていた。
「お前にそう言ってもらえて、凄くうれしいよ」
「じゃ、じゃあさ、このままでいいじゃん。付き合ってくれる、冬治君があたしのことを受け入れてくれたときは後ろめたさみたいなものがあったの、知ってるよ? でもね、今じゃこうやって冬治君があたしのことを好きだと言ってくれるんだもん。あたしはそれで満足してる。だから、だからこのまま相思相愛でいいよっ」
「だから、ダメなんだ。みやっちゃん、頼むよ」
「……うん」
俺が時間稼ぎをしている間に準備を終えて、右手を振る。たったそれだけで佳苗の足元を中心に魔法陣が形成されて行き、紫色の粒子を夜の闇に映えさせた。
「冬治君っ」
「さよなら、佳苗。俺、お前の事が好きだよ」
「あ、あたしもっ冬治君の事が……」
紫色の粒子は一気に数を増やして一陣の突風を引き起こしたのだった。
「……終わった」
「ありがとう」
みなれた公園に数年ぶりに泣いた俺と、魔女姿のみやっちゃん、そして俺の彼女が倒れている……そんな非日常が広がっているのだった。




