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第二十三話:本入道とナイフ

第二十三話

 反転の薬を飲んだ西牟田紗生ちゃんは四ヵ所冬治のことを好きになったのでした。

 めでたしめでたし。

「じゃない」

 被害者と加害者が無い知恵を絞って惚れ薬をどうにかしようとしていたのに、被害者が加害者のことを好きになってしまえば強力なんて出来やしない。

「あ、あの、冬治先輩を見ていると胸が……どきどきします」

「落ちつけ」

 思いこみやすい性格にしか見えない紗生が俺のことを好きになると確実にストーカーになりそうだ。

 熱っぽい視線にたじたじになる。

「惚れ薬のせいだとわかっても……ダメです。冬治先輩、キスしてください」

「落ちつけ紗生。お前の今の感情は薬のせいなんだぞ」

「それでも……構いません。もし、もしも冬治先輩がキスしてくれなければ……」

「してくれなければ?」

 無理やり唇を奪ってくるとか?

 うーん、ありだな。

「あなたを殺して、わたしも死にます」

「それはない」

 ポケットに手を突っ込んだ紗生はナイフを取り出していた。

「おいおい、何でそんなものが……」

「護身用です」

 それにしてはやたら鋭利なサバイバルナイフである。

「昨今のキレやすい若者かよっ」

「好きだと言って下さいっ」

「洒落にならんっ」

 昨日までは仲良くしていたのに本当、何が起こるかわからねぇな。好きすぎて否定されたら死にたくなる……という状況だろうか。

 冷静に今の状況を分析した後、俺はみやっちゃんに連絡を入れていた。

「助けてみやっちゃん!」

『……どうしたの?』

 マイペースな声にほっとしつつ後ろから迫りくる凶刃を一度振り返る。

「ぜぇ……ぜぇ……」

「運動、出来ないとこうなるんだな」

 百メートルを全力疾走した文学少女はへばっていた。惚れ薬が体力増強とか効果なくてよかった。

『……反転の薬がそんな効果になるとはね』

「どうすりゃいいんだっ」

『……えっと』

「わたしと一緒に居る時に他の女性と話さないで下さいっ」

 飛んできたナイフが俺のすぐ横をかすめ、携帯を刺していた。

「……」

 ついでに、俺の皮膚を多少削ったようで血がついていた。

「わたし、本気です。追いかけられないのならここで死んでやりますっ」

 片方のポケットから今度はククリを取り出し喉に押し当てる。

「あ、おい待て」

 首に押し当てている方は刃が付いていない方だとは突っ込めなかった。

「待ちませんっ。さぁ、どうするんですかっ」

 ここは一旦落ちつかせるために彼女の要求を飲むしかないな……そんで、まともになったところで解消しよう。うん、これがベストなはずだ。

「……わかった、お前と付き合うよ。これでいいだろう? さ、ナイフを」

「キスですよ、キス。キスをしてください」

 気付けば遠巻きに俺達を見ている人たちがちらほら。こんなところでキスしたら学園にも広がってしまうじゃないか……警察を呼べとも聞こえるけど、多分間に合わないだろう。

「どうしたんですか、付き合ってくれるんでしょう?」

「うぐ……いや、確かに言ったけどもっ……くっそーっ」

 こんなのノーカンだ、ノーカンっ。素早く近づいて顎に手を置いて上を向かせてその唇を乱暴に奪う。

「……おまたせ、冬治」

 そんな声が聞こえてきたのも既にキスした後だった。

 俺たち二人の足元に黒い魔法陣が形成され……真っ黒の液体が風を纏って飛び散った。

「~~っ」

 いきなり紗生がすわりこんで、泣きだした。

「と、冬治先輩にわたしの初めて、奪われちゃいましたーっ」

「お、おい、嫌だってそれは……」

「ちょっと君」

 振り向くと其処には一般市民の味方、警官さんが立っていたりする。今の俺にとって最も会いたくない人種だ。

「派出所まで来てもらうよ」

「……はい」

 母さんへ、僕の無事を祈っていてください……俺の願いは儚く散りそうだった。


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