第十二話:孝乃先輩と廊下アスリート
第十二話
六月頭と三日に一度はやってくるピンチの日が重なったのは偶然だろう。
「こっちです、北村先輩っ」
「わかったっ」
渡り廊下を人がいない事前提で駆け抜けて(人が居たら保健室行き確定)、体育館に転がり込む。
「っとに、しつこいですねあの人は」
「あんたの事は嫌いだけど、それには納得するわ」
そのまま体育館の奥にある体育館倉庫へ向かって走り抜ける。二人で倉庫に入り込んだら今度は俺が中から扉に鍵をかけている間に北村先輩のみが窓から飛び降りるのだった。
「あけてよーっ。朝から体育館倉庫でいちゃつくなんてありえないよっ」
鉄骨で扉を叩いているんじゃないかと不安にさせるほど扉が内側へ凹んでくる。十代そこらの少女が出せるようなパワーとは思えなかった。
「あ、あー、霜崎先輩? 落ちついて聞いてください。俺は一時間目の体育の為に準備に来ただけですけど?」
「なら、開けてよっ」
それと同時に鍵をかけたはずの扉が乱暴にぶち開けられたのだった。重機も真っ青の威力に殺されるのではないかと錯覚を植えつけられる。
「ん? 本当に君しかいないんだね?」
「はい」
嘘はついていない。力は出鱈目みたいだけれども、足の速さは普通のようなので今日も時間ぎりぎりで逃げ切る事が出来たようだ。
「あの、霜崎先輩」
「忙しいんだけど」
「すみません。でも、其処までするほど北村先輩の事が好きなんですか?」
これはあくまで時間稼ぎだ。惚れ薬なるもてない男が使いそうな代物は洒落にならないほど効果を見せてくれる。
「うん、好きだよっ」
「具体的にはどこら辺が?」
「そうだね、全部かな」
「全部ですか」
「顔とか、表情とか、性格とか、仕草……身体もね」
「身体って……」
ぽっと顔を赤らめながら応える言葉じゃあないだろう。北村先輩のツル胸ペッたんを見て水泳は水の抵抗が少なそうだなぁと考えてしまう。
「あのさ、四ヵ所君だっけ?」
「はい」
「もしかして、孝乃の事を好きなの?」
ここでうんといったら明日の朝か、きょうの夕刊に俺の名前が乗るだろう……弔辞つきでのったら嬉しいな。
「滅相もない」
「最近一緒に居る事が多くないかな」
「あ、ああ……それはですね」
多分、答え方を間違えるといきなり終わっちまう匂いがする。
ここは慎重かつ大胆な答えをしなくては……
「俺と北村先輩は……って、いねぇ」
すでに霜崎先輩の姿は見当たらなかった。
その日の放課後、これまた北村先輩と一緒に生徒の少ない方面へと走る。
「ここの窓からおりましょう」
「わかったっ」
二階の窓から五十センチほどの淵を走る。よろけたら大変だけど、そもそもそんなに距離は無いので危険も少ないと判断し、スピードを生かしたまま非常階段へと飛び移る。
「よっ」
「はっ」
ちょっとしたアクション映画みたいなことをして階段を使わずに飛び降りる。
「あ、あの、来てくれてありがとうございます。わたし、秋弘先輩の事が……ひっ」
告白中の女子生徒の脇へ二人で着地し、眼を丸めている男女に頭を下げる。
「っと、すまん」
「邪魔したわね……四ヵ所、行くわよ」
「はい」
まぁ、女子生徒の方は男子生徒に抱きついていたからいい結果は出せるんじゃないかと思う。
そのまま校門を出て二人で息を整える。
「とりあえず、ゴールですかね」
「多分、ね」
どういうわけか、霜崎先輩は校門を出ると黒塗りの車につかまり(いいところのお嬢様らしい)、どこかに連行される。そのため、校門さえ出てしまえばこちらの勝ちになっていた。
「あの、北村先輩」
「何よ」
呼び止められて不機嫌な声が帰ってくるのを承知で俺は霜崎先輩に聞かれた事を話すことにした。
「俺と北村先輩の関係ってどんなふうに言っておけばいいですかね。こればっかりは口裏を合わせておいた方がいいんじゃないかと思います」
「そんなものあんたが決めなさい。決まったら、メールするなり直接報告するばいいじゃない」
「わかりました」
「じゃ、あたし行くから」
別れのあいさつを告げる事もない先輩後輩の間柄である。まったく、惚れ薬を盗まなければ、盗まれなければお互いが顔も知らないはずだったのになぁ。
自分の不甲斐なさにため息をついて、ついでに北村先輩の運の無さに手を合わせておいた。




