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エピローグ

 とある精神科のカウンセリングルームにて。

「失礼します」

「やあお待たせ、どうだい最近調子は?」

「はあ、まあまあかと」

「そうか、この間出してもらった課題を読ませてもらったよ。なかなか丁寧にやってきてくれたじゃないか。特に最初の方は挿絵や写真まで入れて」

「はあ、まあ」

「うむ、あれは精神分析学的にとても重要なテストなのだよ。現場に取り入れられてまだ日が浅いが、精神医学界では今最も脚光を浴びている方法だ。まあ所謂自由連想法の応用版だと思えば良い。自由連想法の場合は思い付いたままを言葉に出してもらうんだが、そうは言っても慣れるまで意外に時間がかかる。そう言われると何も思い浮かばなくなるとか、あるいは思い付くままを言語化して口に出し出すのに大変に勇気が要る事もある。そこでだ、そのテストにある程度の羈絆を加えたのだ。君がやってくれたように、五十音を「あ」から順番にまず書き出して、それらに頭文字を合わせるようにして思い付くまま書いてもらうんだ。それならまあ最初の二三言くらいは誰でも思い付く。最初さえ踏み切ってしまえば後は芋づる式に次々出てくるという寸法だ。それに自由連想法にはもう一つ欠点があってね。まあ分かりやすく言えば、口下手だと何も表現できないという事なんだよ。口下手、要するに自分の気持ちを瞬時に言葉に変換して表現できない人だね。しかしこのテストを必要としている人には実にそういう人が多い。君も何となく分かるだろう?だから口頭ではなく、わざわざ文章で書き連ねて貰ったのだ。まあ理性のフィルターがかかってしまう分、生の感情と幾分乖離してしまうという欠点はあるが、それでも話せないものを無理に話そうとしてストレスを溜めるよりはよっぽどいい。その証拠に、君は見かけこそ元気が無いが、文章はなかなか生き生きとしているじゃあないか。やってみると意外に楽しめたのではないかな?」

「はあ、まあ」

「うむ、よし。まあそんなところだ。ところで君の書いたものを見ていて少し興味深いところがあった。割と最後の方に書いてあった憎悪から好意、好意から無関心という流れに関する記述だ。なかなか良い線いっているよ。これはフロイトが晩年に提唱した心的構造論という有名な理論モデルにぴったりと当てはまると思うんだ。これは人間の精神構造の発達を「エス」「自我」「超自我」の三段階に分けて考える方法なんだけどね。まずエスというのは人間の動物的、根源的本能に従った欲求の事で、まあ生理的欲求を思い浮かべてくれれば分かりやすい。それから次の「自我」だが、これは「エス」よりも幾分か社会的条件に適応した…」

「あの…」

「ん?」

「難しい事はよく分からないので、もう少しこう、アドバイスと言うか、そういうものを…」

「…」

「すみません」

「うむ…」

「…」

「まあ…あれだな。芸術は程々にした方が良いな」

「はあ」

「それからそうだな…まあ猫が死んだのは可哀想だったね」

「はい」

「それとまあ…あとあれだ。君は結構夢を頻繁に見る方なの?」

「はい、ほぼ毎晩見ます」

「そうか、きっと眠りが浅いんだな。よし、良く効く睡眠薬を処方しておこう」

「はい」

「他には何かあるかな?」

「いえ、特には…」

「そうか、よし、じゃあ今日の診察はこんな感じで。次はまた一ヶ月後に来てください」

「はい、ありがとうございました」

俺はカウンセリングルームを出た。待合室には今日も沢山の患者が順番待ちをしている。俺も今日は二時間待った。

 感じの悪い受付で会計を済ませて、俺は外に出た。今日寝るまであと半日生きなければならない。俺の視界の隅から隅まで、相変わらず狂おしい日常が氾濫していた。


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