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第八話 馬車の旅4


 (用心棒は………あ、生きている。でも、ほっておくと失血死する。もう一人は前かな。御者の人たちも見えない。野盗は―――3人だけ? 後1人はいると思ったんだけど………)

 きょろきょろと周囲を確認したイリスは、負に落ちない状況に下唇を噛んだ。

 馬車を止めたのがあの3人だけとは思えなかった。ロンという男が一番マシに思えるが、あの男が一番に仲間の名前を呼ぶヘマをした。その点では、お頭の方が危ないのかもしれない。

 「3人? やー、妊婦は数えず2人?」

 言っているのは、イリスとシアラのことだろう。

 「がぁもててく!」

 「エ? 本当何言ってんすか、お頭―」

 「『餓鬼も連れて行くぞ』。そこの子供のことだろ」

 ロンが指差すのは、老婆の連れている子供のことだ。服装と髪形で性別がはっきりとしないが、彼らにとってはどうでもいいらしい。

 (まずいなぁ。男の人たち戦意喪失しているし………これはピンチ?)

 今更な発想だが、常日頃からピンチばかりのイリスはこれくらいの修羅場は何度も経験している。ただ、命の危険性が出てくるのは久しぶりだ。夫がいなくなってから、命の危険性がある修羅場に巻き込まれることはめっきり減ったのだが。

 (カーダの言う事聞かなかったせいかなぁ。げんこつの方がよっぽどいい状況だよ)

 全部夫のせいにしたい―――って、夫が元凶じゃないか。

 自分の面倒事ばかり引き寄せる体質を棚に上げて、イリスはぼんやり考えた。

 (あの人も大概面倒事引き寄せたけど、まあ、あそこまでじゃないけど、あたしも大概だよね。でも、こういうことがわかっているなら、何か用意しておいてほしいよ)

 こっそり手に握る夫作の魔法具。イリスじゃ戦闘用は作れないから、自分作の魔法具は頼りにならない。発動させたことのないお守り代わりに持ってきた魔法具が頼りだった。



 「お姉さん、年は? 十代だよね? そっちの子と一緒に顔しっかり見せてくれない?」

 「二十歳よ」

 若干サバをよむ、半年ほどだけど。それが何になるかはわからなかったが、素直に十代と言ってやるのは嫌だった。

 けれど、それを聞いたイーズは、茶色の瞳をまっすぐとこちらに向けて興味深そうにイリスの全身を見回した。

 「うっそだぁ。どう見ても、後ろの子と同じくらいじゃん!」

 シアラは16歳。この年頃の4歳差(本当は3歳差だけど)を同じくらいとは言わない。

 「イーズ!」

 「はい、ロンさん!」

 イーズが名前を呼ばれて、体を震わした。叱責を食らうのかとびくびくしている。

 「それは、今はやりのロリ巨乳というやつだ。需要あるから自己申告で聞いとけ」

 「ああ~、うん、はい、了解っす!」

 納得が言ったらしい。しかも、胸元見て。本当に失礼な奴らだ。

 「じゃあ、後ろの子も同じ年ってことで。巨乳じゃないけどいっか~」

 「ああ、なんでもいいからさっさとそいつら縛っちまえ」

 さっきから男たちを片っ端から縛り上げ、金目の物を奪って行っているロンが、顎先でイーズに師指示する。お頭が何をしているのかはわからないが、少し離れたところから全体を眺めていた。

 (って、冷静に観察している場合じゃない! 何か何か何か………あっ!)

 嫌なことを思い出した。そして、思いついた。ないだろうないだろうと思いつつ、出て行く前に作業場に籠って何かやっていた夫の姿を思い出し、イリスは魔法具を握っていた右手ではなく、左手を見た。―――厳密には、左薬指にあるその梨色の石の嵌まった指を。

 まさかと未だ半信半疑のまま、イリスは顔を真っ赤に染めて声を上げた。

 「ル、ルル、ルルルル―――」

 いきなりルルルル言い始めたイリスに、その場一帯が急に静かになった。

 役に立たないあの男たちは、イリスがビビっておかしくなったと思ったようだ。シアラも心配そうに見る。………羞恥心が爆発しそうだ。中年婦人は不気味そうに体を退いていた。仕方ない、傍目本当におかしい自覚はある。学生たちは「ル、ルル、ルルルル」とイリスの言葉を口をぱくぱくさせながら追った。

 「何? 何々? ロンさーん、ロリ巨乳おかしくなっちゃったよー」

 (ロリ巨乳言うな、案山子頭が)

 「おかしくなっても需要あるから気にすんな。ロリ巨乳人気だから」

 (だから、ロリ巨乳言うな。ロリじゃないから!)

 苛立ちで頭が沸騰しそうだった。もう羞恥なんてどうでもいい。それよりも、このロリ巨乳を連呼する失礼な野盗たちに思い知らせてやりたかった。

 (舐めるな、野盗ども。うちの夫はあたし以上に迷惑体質なんだから!)


 「ルークの家のメイドのリゼットお手製ヴィヴィアーヌよりずっと素敵な旦那様ずっと愛していますから―――って、いいからさっさと発動しなさい、この指輪がぁっ!!」


 刹那、どぉーん。

 いや、どぉーんというか、ががーんというか、どっかーんというか、まあ、そんな爆音が響きましたとさ。

 「な、何、イリスさん!?」

 「勘が当たってよかったぁ~。あの人のことだから、仕掛けの一つや二つ仕込んであると思ったのよ! やっぱりただの指輪じゃなかった」

 イリスの左薬指の指輪の石が、辺り一面を照らしていた。空に浮かぶ月よりよっぽど眩しく、大きな音と共にとんでもない発光をしたものだから、太陽が落ちてきたかのようだった。

 「うっ、くそ~、目が見えねぇ。ロンさーん」

 「うるさい、俺も見えないよ。お頭は?」

 「めねぇめねぇ」

 「エ?」

 「『見えねぇ見えねぇ』だと」

 どうやら効果はあったらしい。だが、イリス自身も何も見えないので逃げることもできない。

 (役に立たない! 頭いいんだから、もっと有効に使ってよ)

 何のためにあんな恥ずかしい言葉叫んだのかわからないじゃないか。

 しかも、みんな逃げようとしててんで勝手な動きをするものだから、逆にぶつかった最縄が余計絡んだりしてあちこちから悲鳴が上がっている。場を混乱させるだけ迷惑だ。

 どうしたものかと目を細めてなんとか見ようとしていると、目の前を何かの影が横切ったのを感じた。


 「お前ら、誰一人として逃がすなよ!!」


 絶体絶命?




ロリ巨乳ロリ巨乳言ってすみません。

女性の体について何かいう奴ほど失礼な奴もいないと思っています。失礼しました。


発動条件が変なセリフの魔法具………嫌だな。

それを設定した夫………嫌だな。

マイラ・カーダ、今まで出てきた幼馴染ーズの一人である夫は、勿論、変な人です。



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