第七話 馬車の旅3
絶叫を上げて倒れた用心棒は、そのまま馬車の入り口に上半身をひっかけたまま意識を失った。
「なっ!!」
「うわぁっ」
「この人、ギルドの用心棒じゃねぇか」
「あ、あ……ああ……」
「死んだんじゃ………」
「なんてことだ!」
あの男たちが口やかましく目の前の用心棒について言葉を交わす。そのすぐ向こうに明らかに風体の悪い輩が剣を持って立っているのにも目がいってないようだ。
イリスは自分のコートをシアラにかぶせてやる。野盗が狙うのは、金品と若い女だ。一番危ないのはシアラだろう。不運にも用心棒が斬られる様を見てしまった妊婦は軽く震え始めたが、腹に触るのを気にして目を閉じ、深呼吸を繰り返しながらなんとか落ち着けようとしている。それに、彼女は持っていた薄布でしっかり頭まで隠していた。賢明なことだ。また、フィーアとウルトは私物の毛布でうまく体を隠して固まっている。苔色の毛布はすっかり暗闇に同化していて、しっかり見なければ、この暗い馬車の中では見つからない。他の人達も、各々なんとかうまくやっていた。
それより、気になるのは入り口側の人たちだった。みんな戦闘経験なんてないのだろう。学生たちは多少理解あるようだが、野盗相手に対等に戦えるはずがない。腰が引けているのは明らかだった。
(あたしが出た方がいい気がしてきた………でも、マイラに教えてもらった護身術がどれくらい利くか)
マイラは包丁を持った男を相手していたが、彼女を基準にすると痛い目を見る。運動神経が並外れているマイラは、以前果物ナイフと林檎三つでジャグリングしてみせたくらいだ。それに、イリスに実戦経験はない。
せめてもと、家から持ってきた魔法具を思い浮かべる。旅の生活用ばかりで戦闘用の魔法具なんて持ってきたおぼえはないが、何もないよりマシだと荷物の中を探った。
「兄ちゃん・兄ちゃん・オッサン・オッサン・汚いオッサン・むさいオッサン・でぶいオッサン・きもいオッサン・もやしの兄ちゃん………ん~、男ばっかりだなぁ」
とんとんとんと指を動かして見定めていく男の声に、イリスの心臓は跳ね上がった。慌てて頭を下げて、うまく中年男性の体の影に隠れようとする。
「うん? 奥が見えねぇな。―――ん! 巨乳のおねぇ―――いや、おばちゃんか。残念」
中年婦人を指しては、がっかりした声を出す。
そこでイリスが気づいたのは、この男の口調は訛りがきつくないことだ。少なくとも、南の方では一般的な語尾がやや強くなる程度だ。イリスの聞いたあの訛りのきつい男の声ではなかった。
(まあ、当然後何人かいるよね。何人だろう。4・5人なら、もしかしたらなんとか出来るかもしれないけど)
全然安心できないけれど、男たちは9人いる。中年男性も百歩譲れば戦えるだろうから、10人か。倍以上の人数なら、まだなんとかなるかもしれない。
「お頭ァ、奥まで見えねぇし。全員出してもいいっすかー?」
「てめぇ。やぇ」
あの大声が聞こえる。やはり何を言っているのかわからない。
「エ?」
「『あたりまえだ。やれ』だって。イーズ、さっさと出せ」
用心棒を斬った男はイーズというようだ。ぼさぼさの稲穂頭を掻きむしると、びしっと手前の男たちに指を突きつける。
「用心棒の一人は死んでぇ、もう一人は気絶中―。御者はもう縛って転がしてあるから、お前に出来ることはねぇぞー。ってことで、全員大人しく出てこーい」
明るい口調で野盗が呼びかけ、端の学生たちから引っ張り出していく。例の男たちは抵抗したが、一人が地面に放り投げられて「ぎゃあ」と悲鳴をあげてから、男たちは大人しく次々と降りて行った。
人が減ったことで馬車の中が見えるようになって、イーズと呼ばれた野盗は嬉しそうに声を上げた。
「やっぱり、いるじゃん!」
「イーズ、さっさと済ませろ。他の馬車が来たら困るだろうが」
「そだ! さっさとしょ!」
「エ?」
「イーズ、一々気にするな」
「はーい、ロンさん」
イリスは一気に表情を失くした。入り口側の人間はもう全員降りて、今は老人が野盗たちを憎らしげに睨みながら降りている。次、中年夫婦が降りれば、灯りがなく奥が見えづらい馬車内でも全体を見られてしまう。イリスと妊婦の女性は見つかっただろうが、シアラはまだ見られていないはずだ。フィーアとウルトの毛布の中に隠せれればいいのだが、それでは毛布が足りず3人とも見つかってしまう。イリスは憎々しげに、捲れ上がった幌の入り口を睨むしか出来なかった。
「こーんにちは―――違った、こんばんはー、か? ねぇ、お姉さんたち?」
中年夫婦が手を取って降りた後、隠れるものを失ったイリスたちを見て、イーズという野盗はにやぁと笑みを浮かべた。
「やぁだなぁ。返事してよ。あれ、そこのお姉さん妊婦? 腹でかいなぁ。まさか糞詰まってるわけじゃないよなぁ。ロンさーん、妊婦もいますよー」
「いいから全員出すんだ、この馬鹿イーズ。なんでうちの連中はこうも頭が使えねぇのかなぁ。俺だって頭脳派ってわけでもねぇのに」
ロンと呼ばれた野盗は、ぶつぶつと苛立たしそうに愚痴っている。
お頭、ロン、イーズ。三人中二人も名前がわかっている時点で頭脳派も何もないだろう。
(………でも、じゃあ、誰が馬車を止めたんだろう?)
イリスは立ち上がって、妊婦に手を貸してやった。シアラを背に幌へと近づいていけば、妊婦や老婆と幼児もイリスについてくる。そっと後ろを見れば、フィーアとウルトはそのままだった。イーズという男は気づいていないようで、何も言ってこない。
イリスたち18人が、馬車の外へと出された。
イーズ、下品ですみません。
「糞詰まってる」か「便秘」かどっちがいいか本気で悩みました。
まだもう少し品のない話が続きます。