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第四話 旅立ち4

 「イリスッ!」

 まさか今日会ったばかりのギルドの男が名前を知っているわけがない。ぱっと声がした方を見れば、長鎚を持った男がこれまたなかなか険しい形相でずたずたと近づいてくる。

 黒と茶のまじり毛は男にしては長く、本人もわずらわしいのか後頭部で適当にまとめ上げられている。その髪の下からちらちら覗くのは、左に金環の三連ピアスと小粒の翡翠石のピアス、右に銀のシンプルなピアスを幾つも連ねていて、兎角耳が重そうだ。目つきも悪く、金の色味の強い薄茶の瞳がじっとこちらを睨んでいる。獅子か虎か、ネコ科の肉食獣が思い描かせる。服装は着崩した工人作業着で、捲り上げた袖の下の腕はがっしり引き締まっていて、移送ギルドの男よりは太くないもののそれよりずっと硬そうだ。そして、要は滅茶苦茶いかつい。街の不良たちも真っ青なくらい。

 そして、イリスもぎょっと目を見開いて、顔を青くした。

 「カーダ、なっ、なんで!!!」

 悲鳴のような高い声を上げた。

 その失言に、長鎚の男の眉がギュッと締まる。

 「なんでって訊きたいのは俺の方だけどな、イリス。なんで俺らに名にも言わねぇで出て行くんだ、ァアッ?」

 (ひっ、不良!)

 「不良じゃねぇっ! 健全なモルツ工房の跡取り様だ」

 恐ろしい長鎚の男は、件の幼馴染、カーダ=モルツだ。鍛冶屋の長男で、昨年従兄妹のリリーと結婚して、既に男の子が一人生まれている。順風満帆な人生を送る男である。

 「あの馬鹿もそういう人にちゃんと言わないとこあっけど、お前まで言わねぇで出て行こうとするとはなァ。俺が今朝マイラに偶々聞かなきゃ、お前は何も言わずに出て行ってたんだろうなァ?」

 余程怒っているらしい。これ見よがしに嫌味を言ってくる。

 普段カーダは幼馴染の中で一番年が上だからとむしろ気を使う人物なのだが、その普段のカーダはどこかへ行ってしまっているらしい。これ程口が荒れるのは、幼馴染内で基本一番年の近い夫に対してのみだったのだが。

 「だって、言いにくくて………」

 俯こうとするところを、がしっと頭を鷲掴みにされる。やたら痛い。鍛冶屋の馬鹿力は洒落にならないのに。

 「だってじゃねぇ。ごめんだろーが」

 「ごめんなさい」

 「他に言う事は」

 「夫をむかえに行ってきます」

 「オウ、いってらっしゃい」

 よろしいとばかりに頷く。怒りっぽいが根に持たないのがカーダのいいところだ。

 (これがマイラだったら、後々まで根に持たれて面倒なんだよね………)

 ギルドの男などまるで無視して会話が続く。心配ごとが片付いたので、イリスは満足しきっている。しかも、男への恐怖もカーダの怒りの形相の方が百倍は怖かったので、すっかり忘れ去っていた。何も工房から長鎚持ってこなくてもいいだろうに。

 「何、人無視して話してんだァ!!」

 「なんだ、また面倒事に巻き込まれてるのか。しかも、またガラの悪いのに絡まれて」

 (向こうもカーダには言われたくないと思うんだけどな………)

 ロン毛のピアスの着崩し作業着に、長鎚片手に持った男だ。嫌だろう。

 「イリス」

 「うん、モルツ工房の立派な跡取り様だったね」

 心が読めるのか。まあ、長い付き合いには往々にして有り得ることだから気にしないでおこう。

 「それより、カーダ。この人、乗合馬車乗ろうとしている人相手に無理矢理用心棒として口契約結ばせようとしているよ」

 口契約というイリスの言葉に、カーダの片眉がぴんと上がった。

 カーダが目つきを強める。職人というものは、不思議と恐ろしい程の気配を纏うものである。品物一つ作るのに対する集中力が集まるものだから、並外れた様を見せる。圧巻とでも言うのか、いかにあの男が頼りないかを思い知らせた。

 (剣士ギルドの人間だってカーダに逆らわないのに)

 知らないなら仕方ない。どうせ余所から派遣されたくちだろう。イリスの知ったことではない。それに、口契約のこともある。

 口契約とは、別名闇契約とも言われる違法取引の事だ。

 ギルドの正式な依頼は、書面に記録を残さないといけない。ギルドと客との間での揉め事を減らすための処置であるとともに、国の税金徴収の際の参考書類として扱われるからだ。ギルドに所属している人間が職業として金銭のやり取りをするなら、それはギルドへの依頼となる。それを口頭でおこなうのは、ギルドの名前を勝手に使う行為だからギルドには多大な迷惑がかかる。それが脱税に繋がろうものなら経済制裁が下され、ギルドの信頼性に関わる。だから、ギルドは禁止しているし、国も違法としている。依頼と個人的な請負との区別が難しいので捕まえにくいが、ここでは他でもないイリスが証言している。

 しかも、用心棒というものは本来剣士ギルドや冒険者ギルドの領分である。移送ギルドは独自の護衛を持ってはいるが、やはり用心棒と言えばそれらのギルドの生業であり、移送ギルド自身も依頼することが多い。だから、下手に領分を侵せば今後の付き合いに支障が出かねない。もしも関係を断たれれば、移送ギルドにはひどい痛手だ。鍛冶屋の仕事で移送ギルドを多く使うカーダには、関係ないと放っておけることではない。

 「チッ、ただでさえチビのことで忙しいってのに、何仕事増やしてくれんだ」

 「ディン坊、夜泣きがひどいんだってね」

 「親父たちまで巻き込んで交代交代で睡眠取る始末だ。眠いのなんの」

 言っている間にもふあぁぁとカーダは大きく欠伸をした。よく焼けた肌には目立たないが、目の下にはクマが出来ているのが見えた。

 「ごめん」

 「かまわねぇよ。むしろ、こんなやつほっといた移送ギルドに文句言ってやらぁ。移送ギルドって誰が支部長だったか………あぁ、ジジのやつか。あいつ今いねぇし、とりあえず親父んとこ連れて行くか………」

 ぶつくさ一人ぼやいて、面倒くさそうにカーダは男を見た。

 カーダと向き合う男は、散々無視されて怒りがたまりきっているようで、カーダと目が合うや否やがたがたと体を揺らし、叫んだ。

 「お前っ、何言ってんだぁぁぁああっ」

 「都合よく殴りかかってくれてありがとぉな」

 素早く足払いを一つ決め、男を頭から木板の張られた床に落とした。ガン、と大きく鈍い音がして、男はぎょろぎょろと目を回して床を這うこととなった。

 至近距離で男が倒れてビビったが、長鎚は使わないらしい。

 「仕事道具だからな。うっかり壊したらたまんないだろ」

 「壊れそうにもないけど」

 「こいつを殴ってやる価値もなかったってだけだ。俺のげんこつは、あの馬鹿にとっておいてやる」

 「それはありがとう」

 ふんっと曲げられた右腕の筋肉のコブは、毎日鉄を打ち続けているだけあってなかなかのものだ。殴られると相当痛い。

 「でも、用心棒の話は悪かねぇと思うぞ、俺は。王都行くなら、一人くらい連れていったらいい。紹介してやるから、ちょっと待っとけ。こいつ親父んとこ連れてくっから」

 「うん。急がなくていいよ」

 そう言って、イリスはカーダを見送った。



 「あのぅ、待っていなくていいんですか?」

 事務の女性が不安そうに尋ねてくるのに、イリスは「ええ」と軽く応えた。

 「あ、戻ってきたら伝えてもらえますか?」



 ※※※※



 「はっ!? なんだって?」

 イリスの伝言を聞いたカーダは、どんっと受付カウンターにかじりついた。

 事務の女性は震え上がらんとする声で、でも、確かに預かったイリスの言葉をはっきり伝えようとした。

 「ですから、『あたしは大丈夫だから、げんこつも帰ってきた時受けるから、それより街よろしくね! あたしも、あの人も、今はルークやロージもいないんだからね! あたしたちが帰ってくるまで任せたよ!』だそうです。どうされますか、モルツさん」

 事務が一語一句違えずに伝えた言葉に、カーダは大きな手のひらで顔を隠すように頭を抱えた。

 (気づいていたか………)

 他でもない自分が用心棒としてついていこうとしていたことを。

 街では顔の広いカーダだが、若いイリスと二人旅をしてうっかり襲わないような信頼ある男は片手で数える程しかいない。そして、誰もが今街にはいなかった。

 馬鹿な悪友をむかえに行ってやろうと思ったのだが、そんな思いの片隅にどうしても夜泣きする息子と愚痴を言いながらも嬉しそうにあやす妻や両親の姿がちらついてしまう。そして、それをイリスに見抜かれた。

 あれこれと思い返した後、カーダはハァーと盛大なため息をついた。

 「ったく、人に迷惑ばかりかける夫婦だ。仕方ねぇ。俺は俺のやることをやるしかねぇだろ。ちょうどいい、あいつに連絡入れておくか」 

 踵を返したカーダは、ふと目に入った直ぐ傍の窓から外を眺めた。北の晴れた青空が見えている。

この先にイリスは向かって行った。あの馬鹿な幼馴染を追って。

「あたしたち、か………」

 幼馴染たちの中で一番早く結婚した二人の寄り添う姿を思い浮かべるのだった。




幼馴染:カーダ=モルツ

23歳。既婚一児の父。鍛冶屋の跡取り。

たぶん幼馴染ーズの中では一番まともな人。みんなをまとめる兄貴分。優しいけれど、甘くない。


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