閑話
ま、また遅れた……
今回はイリスたちとは別視点です。
イリスの旅は次回から。
フィラディア王都、グラシアン。
フィラディアの最北端に位置する都市であり、その形は半円型。北のヴァラド山脈からやって来る魔物から国を護るために、敢えて最北端に王都を構えたといわれている。『畑をやられるくらいならドラゴンでも殺れ』が名言(迷言?)とされるくらいの国民性だからこそ、実現されたことである。
その名言を初めて聞いた時、ゼンは自分の耳を疑った。
ゼンは農業など縁もゆかりもない育ちだった。実家の庭がちょっと広かったから、母がガーデニングの隅にちょっと野菜の苗を植えていたくらいで、王城の上から広い農地を見た時は唖然としたものだ。
だから、畑のためにドラゴンと戦うだなんて正気の沙汰じゃないと思う。
たとえば、自分のような多少武術魔術に覚えのある人間ならまだいい。挑まねば!という無謀な勇気を振り絞って、結果ぼろぼろにやられるのも。けれど、それが一般人とすればまた話は別だ。鍬を握って特攻していくお百姓さんの姿を思い浮かべると、ゼンは何とも言えない気分になる。
もし、目の前にドラゴンに立ち向かっていこうとするお百姓さんがいれば、勇んで代わりにドラゴンに立ち向かおうと思う。それが無謀な勇気だとしても。
「西の森に、ドラゴンか……」
金髪碧眼で妙にキラキラしいマルスが、ソファで寛ぎながら地図を眺めている。ゆったり足を組んだ格好はかっこいいが、真似するにはゼンの身長は少々足りない。成長期はまだ終わっていないと信じたいところだ。
「場所が悪いなぁ。街が近いからあまり派手な戦闘は出来ないし、おまけにあのアルザスの土地の近くだ。あそこは親子そろって食えないから苦手なんだよなぁ」
はぁ、とマルスはくたびれた中年のようにため息をついた。
西の森にドラゴンが出た。
それが、今朝一番で第三王子の執務室にもたらされた大問題だった。
マルスはどうして俺のところに持ってくるかなぁ、と愚痴ったが、彼が将軍の地位にあり、魔物退治の経験豊富だからに決まっている。
そんなわけで、今は緊急会議中であった。参加者はたったの三名だが。
「そう言えば、ユイはどうしたんだ?」
「自分探しに出た」
「は?」
「ちょっとほっといて、ってことだと思う。いいんじゃない? 生命力無駄に強いから、のたれ死んだりしないだろうし」
「そういうものか?」
「そういうもんだよ。必要になったら呼び出せばいいんだし」
それもそうか、と頷いてマルスは深く追求しなかった。
おかげで、ゼンも本当の事を言わずに済んだ。口が軽いつもりはないが、真剣に尋ねられるとどうしても綻びが出始める性質なのだ。これ幸いと話を元に戻す。
「で、ドラゴンの討伐はどうするわけ?」
「いや、偵察」
「え? 討伐じゃないわけ?」
「なんでもドゥーラ聖国で祀り上げていたドラゴンかもしれないから、って教会から待ったが入ったんだよ。今まで問題にされなかっただけで、前々から住んでいたらしい。知能も高いそうだから、偵察・交渉それでもだめなら討伐だって」
(何それ)
ゼンは初耳だった。
「ドラゴンって喋れるわけ?」
「らしいな。俺も初耳だ。―――アヴィル、お前は知っていたか?」
マルスは不意に部屋の隅を見た。
部屋の執務机で書類と格闘している男がいた。山と積まれた書類を驚くべき速さで処理していっているが、それでも書類はなくならない。魔術で、次々と部屋に書類が放り込まれるからだ。今も、指四本分ほどの書類の束がどさっと音を立てて現れる。
「知るか。そんなドラゴンなら捕まえてきて、ここで仕事させろ」
第三王子に利く口ではなかったが、彼の現状を思うに同情の余地はあった。ゼンもマルスも手伝ってやれるものならやりたいが、これは彼の仕事だからどうしようもない。二人とも、下手に手を出してとばっちりを食らいたくなかった。
「それじゃあ、お前も参加な」
「誰が行くか」
がばっと顔を上げた男の肩を、マルスがうまいこと捕まえた。
「そう言えば、お前の家近くじゃなかったか? ちょうどいいし、休憩所に借りるか」
「貸すわけないだろ、馬鹿」
公的ではないとは言え、酷い暴言にはゼンはひやひやした。しかし、マルスはにこにこしている。いや、むしろにやにやしているように見える。
にやぁーっと口元を歪めると、どこか楽しげに言う。
「へぇ、嫌がらせで三年も家族に連絡取れてないんだろう? ドラゴン討伐のためっていう大義名分があるなら、あいつらも見逃してくれるんじゃないかなー?」
「―――わかった」
もっとねばるかと思ったが、意外にあっさり食いついた。
「じゃあ、決まりだ。ユイは不参加だから、後シリーとゾルディ入れて五人でいいよな? 出発は明日だからな」
さっさと地図を閉じて出て行ってしまったマルスに、ゼンはいつもながらその行動力に驚かされた。後、その心臓の強さに。
ドアが閉じられて、一拍後、ばきっと筆が折られる音を聞いて、ゼンはドラゴン討伐?に大きな不安を覚えるのだった。