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第十七話 トワの森7


 翌朝、イリスは夢見もよく、すっきりと目を覚ました。

 すると、唸るように低い声で恨み言が聞こえてくる。

 「悪魔かお前は……」

 「いい加減、口は災いの下ということを知った方がいいんじゃないですか」

 イリスが言いたいことを理解したドラゴンは、素直に頷き謝罪した。どうやら色々わかって来たらしい。

 (よろしい)

 大人しくしていると、意外と可愛いかもしれない。



 昨夜の夕食で水場が近くにないことは知っていたので、イリスは鞄の中を漁ってコバルトブルーの石の嵌まったスープ入れのような器を引っ張り出した。

 「おはよう、イリス。―――うん? それは魔法具かな?」

 エリトが遠目に声をかけてくる。口を開いた瞬間ドラゴンが震えたので、どうやらあれからずっと話し相手をさせられたのだろう。睡眠を必余としないエリト相手では、丸一晩話しかけられていても不思議はない。エリトの声も聞きたくないのか、ドラゴンはイリスたちに背を向けて森のもっと奥の方へと行ってしまった。

 「おはよう。そうだよ、あたしの家は魔法具屋をしているの」

 「イリスは魔術師なのかい?」

 「ううん。魔術師なのは、夫。あたしは魔力がないから」

 魔法具は、文字通り、魔法の道具。魔力を込めて、一定の魔法を仕掛ければ、誰にだって発動できるようになる。

 魔力のないイリスでは魔力を込めることはできない。だが、魔法具を作ることはできる。製作工程など適切な知識があり、元々魔力がこもっている物を使えば、誰だって作れる。この器だって、イリスが作ったものだ。コバルトブルーの石に魔力がこもっている。

 両手で器のふちを掴んで、念じる。すると、器の中に水が満ちた。

 「おおっ、水の魔法具だね! イリスは腕がいい」

 「ありがとう。でも、母さんの教えが良かったんだよね」

 でなければ、学のないイリスに小難しい魔法具製作が理解できるはずがなかった。

 「御母君も魔法具屋を営んでいたのかい?」

 エリトの質問に、イリスは嬉しそうに頷いた。

 「元は母さんがやっていたの。あたしと夫は小さい頃に母さんから習ってね。夫は魔術の才能があったから、そのまま魔術師になったの。あたしは魔術がまったくだめでね。それでも魔法具は作れたから、母さんの店を継いだのよ」

 一通り喋ると、イリスは器を地面に置いて顔を洗った。さっぱりとして気持ちいい。石屋ドラゴンも顔を洗うと気持ちいいのだろうか、と疑問に思ったが、ドラゴンの顔を洗う程の水はさすがに出せないので、やってみるのは諦めた。

 


 ※※※※



 身支度を終えると、機嫌よく朝食にかかったイリスの隣に、ダークブルーのドラゴンが腰を下ろした。ぶわん、と大きく風が舞う。

 「どうしたんですか?」

 冷たいイリスの言葉を受けて、ドラゴンが一瞬気まずそうにした。

 「俺も食事をとろうと思っただけだ」

 「ドラゴンの朝食……」

 牧場から牛丸ごと一頭かっさらってくる様がイリスの頭に浮かんだ。生きた牛を直ぐ傍で掻っ捌かされるのは嫌だ。

 「―――って草食ですか」

 「何だと思ったんだ」

 「むしゃむしゃ牛にかぶりつくのを想像しました」

 「…………」

 朝食中に想像することではない。言ってイリスは気分が悪くなった。朝食が干し肉(しかも牛)だっただけにさらに気持ち悪い。

 「こんなところで採れるのは、鳥か兎か魔獣くらいだ。どれも腹は膨れない」

 「そんな草や木の実を大量に食べたところで膨れるとも思いませんけど」

 「膨れないが、仕方ない。俺だって人間の食べ物のようにきちんと調理したものの方が好みだが」

 「その手じゃ作れませんね………」

 黒い爪のついた大きなドラゴンの手(というか、前足?)は、それだけでイリス程の大きさある。うっかり踏みつけられれば、イリスが死んでしまうくらい大きい。

 「人間の食べ物なんて食べたことあるんですか?」

 こんな森の奥に引きこもっているドラゴンに縁あるものではないのだが、その口ぶりでは食べたことがあるようだ。

 「ある。幼体の頃は、母と共に人間に祀られていたから」

 ドラゴンと言えば、討伐対象とされることが多い怖い生き物とされているが、国によってはその力の象徴として国の天然記念物の扱いを受けているところもある。また、小さく頭のいい種類のドラゴンなら飼いならす国もあると聞いたことがある。

 だが、このフィラディア王国はドラゴンを祀る習慣はない。違う国からやって来たのだろう。

 「で、どうしてここへ?」

 「他国に侵略されてな。母は殺された。俺は母に逃げるように指示されて、この森まで逃げてきた」

 「それでここに住むようになったと? けれど、フィラディアでドラゴンは討伐対象ですよ。よく無事でしたね」

 冒険者ギルド・剣士ギルド・魔術師ギルド…そういうものは名声とか力試しとか採取とか色々な理由でドラゴンを狙う。今ほど大きくなれば早々やられはしないが、幼体の頃ならあっさり仕留められているはずだ。

 「大人しくしていれば、ほっておいてくれた。だが、人は寄り付かなくなった。おかげで、昔ほどいい食事にもありつけない」

 「グルメも困ったものですね」

 「ああ、いい加減ここから出て行きたいと思っていた」

 「おいしい食事を求めて国を荒らす。まさにドラゴンって感じですね」

 火の海になる街を思い浮かべて、イリスは眉根を寄せた。ここからソラドラは人の感覚でも遠くない。巨大ドラゴンからしてみれば、ご近所レベルの近さのはずだ。

 少し考え込んだイリスは、故郷のために提案を持ちかけた。

 「なら、王都へ行きましょう。あたしたち丁度王都に向かっているんです。王都ならそうとう美味しいものが揃っているはずです」

 「ああ、いいな。あれが食べたいな。昔食べた白いスープ」

 「シチューですか?」

 「白いパンも食べたいな」

 「フィラディアは農業大国ですから、パンはたくさん種類がありますよ」

 「林檎のパイもあるのか?」

 「アップルパイですね。ありますよ。どこの家庭でも馴染みの料理です」

 ドラゴンらしからぬ食事に、イリスは少しがっかりすると共に安堵もした。今後旅を共にするなら、捕食関係は辛すぎる。しかも、エリトは石だから、狙いは必然イリスになる。

 (でも、祀られていた割には料理が家庭的)

 家庭的な国だったのだろうか?

 そんなことをのんびりと考えたが、ふと肝心なことを忘れていたのに気付いた。

 「一緒に王都へ行くなら、自己紹介しないと。ドラゴンも名前ありますよね?」

 「ああ、あるぞ」

 「なら、これからよろしくおねがいします。あたしはイリスです」

 向き直って頭を下げれば、その丁寧さにドラゴンは恐縮した様子で自分も座りを直そうとする。どすんどすんと煙が舞って正直迷惑だったが、昨日の初対面での失礼さを思い返せばなかなかいい反応だと思えたので敢えて何も言わないでいた。

 「俺はトワだ」

 ぐぐぐぐーとドラゴン、もといトワが頭を下げた。

 (ん? あれ?)

 「名前トワって言うんですか?」

 この森の名前を思い出す。確か、【永久の森】。

 「ああ、あいつに聞いたぞ」と顎でしゃくった先には、不自然に少し大きな石がぽつんとある。イリスとトワの話に入り込もうにも、距離があってイリスの声なんかは聞こえない微妙な距離だ。だから、トワがここにいるんだろうけれど。

 「この森が、そう呼ばれるようになったのは俺が来てからだ。俺と話した猟師が勝手に勘違いして、広まったんだろうな」

 なら、入れば永遠に彷徨う【永久の森】は、ドラゴンのトワの住む森だったというのか。

「とわ」違いも迷惑なことだ。

 「だが、俺がいなくなれば森周辺の連中にも良いことだろう」

 この森も、いつか違う名前で呼ばれる―――そのトワの言葉に、イリスは柔らかく微笑んだ。

 (感じ悪いドラゴンだと思ったけど、可愛く思えてきた)

 銀色の瞳も黒目がちというか銀目がちなので、くりくりとして可愛らしいし(瞳孔が縦長だけれど)、座り方もちょこんとしていて、なんだか愛嬌が湧いてきた。

 (うん、大丈夫)

 そういうわけで、イリスの旅に一頭のドラゴンが加わった。



あっさり仲間入り(笑)


仲間:トワ

ダークブルーのドラゴン。だいたいプールくらいの大きさ。家庭的グルメ。

長く森に引きこもっていたおかげか、世間擦れしていない素直な性格。常識を知らないのに、常識的な行動をする。



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