第十四話 トワの森4
イリスたちの思い出話。ちょびっとだけ夫が出てきます。
『ちょっ!! またぁ、あんたジチョ―しなさいよ。ルーク、まだ一つも食べていないじゃない』
自嘲という言葉をおぼえてばかりの8歳のマイラが声を上げた。
『嫌だ。せっかくイリスがむいてくれたのに、どうしてルークなんかにあげないといけないんだ』
『何言ってんのよ。みんなでとったんだから、みんなで食べるの。このわがままぼーじゃくおとこ』
頭のいいマイラはもうとんでもない言葉まで覚え始めている。
同じ年でもイリスにはわからない言葉がちらほらして、マイラの言っていることに首をかしげることが多くなってきた。その言葉を最大限に駆使して、年上相手でもマイラは噛みつくように怒る。
もういつものことなので気に留めなくなったイリスは、すぐそばで小さなくなっている幼馴染の一人に声を掛ける。
『ちょっと待ってね、ルーク。すぐむけるから』
『う、うん。ありがとう』
ルークがほわんと可愛らしい笑顔を浮かべる。
ルークはイリスとマイラより1つ年上だけれど、本当の女の子よりも可愛らしいルークを仲間に入れる男の子はいなくて、街でも珍しい男女混合の変わり者ばかりがそろったグループの中で、ルークはいつもみんなの影から微笑んでいた。
『カーダも好きなら、たくさんむくからえんりょしなくてもいいよ』
まだ言い争っている二人に見つからないようにルークの前にむいた梨を出していきながら、問いかけた。
『オレはいいよ。リリーが持ってきたからうちにたくさんある。それより飢えてる奴らに食わしてやれ』
みんなの中で一番年上のカーダは何かと遠慮する。本人は遠慮しているつもりはないらしく、いわゆる「兄貴として」らしいが、今一つ理解しきれないイリスにはカーダに不公平な気がして仕方なかった。
けれど、家でたくさん食べているなら、飽きているかもしれない。次は違うものを剥こうか、と真ん中にごろごろしている果物を眺めた。
『ロージは何が好きなんだ?』
タイミングよくカーダが質問を投げてくれる。
『ま、マ……マイラ』
『いや、果物で』
『……夏みかん』
『季節終ってっから、また来年な』
役に立たない答えだった。
元々商人の息子たちのグループにいたロージだけれど、その内向的な性格が災いして苛められていたところをマイラに助けられて以来、マイラ信者だ。男なんて嫌いと言うマイラの傍でも、嬉しそうにしている。イリスには理解できない不思議な子である。
鍛冶屋の長男のカーダ、お針子の長女のマイラ、大商家の三男坊のロージ、名士の跡取りのルーク、魔法具屋の一人娘のイリスと果樹園農家の孫の夫。今でも不思議な組み合わせだったと思う。イリスと夫は丘陵地帯の「カルナ」、カーダとマイラ、ロージは商業地域の「マートン」、ルークはお金持ちが住む「ハウスト」とみんなばらばらなところに住んでいて、元のつながりは希薄だったのだから。
不思議な縁の下、みんな出会ったのだ。
けれど、3年前、夫が出て行ってから、全員が揃うことはなくなった。
カーダはちょうど鍛冶屋の跡目を継ぐために忙しい頃だったし、マイラは弟妹たちを学校へ入れるための資金繰りとちょうどデザイナーとしての節目に当たっていた。ロージは家業の貿易関連であっちこっち行き来が激しくなり街にいることも少なくなったし、ルークに至っては夫の後を追うように王都に行くことになってしまい、以来年に1・2度しか会えていない。
夫を見送った日の前日が、最後に全員で集まった日だった。
そして、それから3年、誰も夫に会っていない。
※※※※
「ぐえっ」
ごろりと寝返りを打ったイリスは、木の根にぶつかって女子としては出してはならない音を出してしまった。
(ぐえって無いよね……)
幼い頃の無邪気な夢を思い出してしまった後だけに、妙な落ち込みがある。
「おはよう、イリス! やぁやぁ、よかったよ。実は、石の悲しい所の一つに眠れないというものがあってね。僕はもう万の単位で連続徹夜記録を毎日更新しているんだよ! 待ちに待った朝が来ようとも、僕には君を起こす腕がなくてね。こうやって独り遠くから話しかけるしかなかったんだ」
落ち込むイリスと反対にエリトは随分上機嫌だ。百年ぶりの話し相手だと思えば、イリスが文句を言う事も出来ず、低い声であいさつだけして顔を洗いに直ぐ傍を流れる小川に近寄って行った。
ぱしゃぱしゃと顔を洗う。水は冷たかったが、この時期ならそう辛いこともない。ひんやりして目が覚める。気持ちいい。
(けど、今日の夢、妙にリアルだったな………)
イリスはそういう勘所が良いのか、夢を鮮明に見る。カーダや夫は夢に色なんてないと言うが、イリスには夢はいつも色付きだし、めったに見ないというマイラやルークとは違い一晩で幾つも違う夢を見ることがある。起きてから覚えていることも多いし、それを思い返したりもする。
だが、今日のは少し毛色が違った。
思い出がつぎはぎしたようにおかしな形で出てくることは多い。夫が出て行ってからというもの、夫に関する夢は特に意識する。だが、今日のは、なんというか、記憶の一片をそのまま再生したようだった。今思い出そうにも思い出せないことまではっきりと再生されていた。
(そろそろ病んできたかな………)
病名・夫不足症候群?
馬鹿馬鹿しいし、何の惚気だ。昨晩の嫌な考えも、ただの考えすぎだ。たとえそう思っていたとしても、それだけで幼馴染をないがしろにする人間ではないはずだ。さっさと吹っ切ってしまわないと。
自分で思って恥ずかしくなったイリスは、小川から水をたっぷりすくって既にびしょびしょの顔をさらに洗った。水で顔を擦る勢いである。
羞恥心をなんとか落ち着けたら、イリスは手持ちのタオルで顔を拭いた。
(エリトが待ってるし、早く戻ろう)
「それじゃあ、行くよ!」
エリトの高らかな声が静寂を切った。
心臓が落ち着かない。どくんどくんと速さを増していく。笑みが零れる。
「「お宝探検―――!!」」
イリス19歳、エリト百余歳、まだまだ童心です。