第十二話 トワの森2
半日程話してみて、エリトの知能が高さにイリスは感じ入った。
賢いと一言で言うにも、種類がある。一般的に言うところは聡明だとか利発的だとかだが、エリトから感じるのは博識とか見識深いといった類の賢さだった。一歩間違えれば机上の空論と馬鹿にされそうなものだが、百年以上生きているエリトが言うとなんだか真実味があった。
エリトの話を聞いていて、
(幼馴染なんかにいたら、あだ名は絶対『博士』だったんだろうなぁ)
なんて思ってしまった。
ちなみに、イリスたちにもあった。黒歴史の一つだから、うっかり誰かが口を開いたら埋めてやる自身はあるが。
森を淡々と歩く中、エリトとの会話は楽しかった。
エリトは百年もの間一人きりだったから誰かと話せるということに浮かれていたが、話好きだが聞くのも好きなイリスにとっては何の苦痛もない。にこやかに会話を楽しむ。
「そうか。イリスは旦那さんに会うために王都へ」
最初はくだらないことを(主にエリトが)喋っていたけれど、途中、イリスがどうして森の前にいたか、ということからイリスの身の上話に移っていた。
「どこから来たんだい?」
「ソラドラって言うんだけど、知っている?」
石のエリトが知っているとは思えなかったけれど、意外や意外、エリトは事も無げに答えて見せる。
「果樹園の綺麗な街だね。季節ごとに丘の風景が変わるから見ていて楽しいよ」
目のない石のエリトに見えるのかという質問はなしとしよう。構造ははっきりとしないが、物ははっきりと見えているらしい。
「エリトは行ったことあるんだね」
「何度か通りかかっただけだけどね。そうか、イリスはソラドラから来たのか。なら、旅はまだそんなに長くないのかい?」
「今日で五日目ね」
「なら、これからが大変だ」
「エリトは旅慣れしているんだね」
「これでも昔は色々な所へ行ったからね」
傍目おかしく、当人たちは和やかに、森の旅を楽しむ。
【永久の森】などと人々から恐れられている割には、森は案外日が差し込み見晴らし良い。木の根が土からあふれ出るということもなく、背丈の高い草をうまく避ければずんずんと進んで行ける。
季節的にも森ルートは選択肢として正解だったかもしれない。8月という夏真っ盛りのこの時期なら、頭上ずっと高くで木の葉がうまく日よけをつくってくれている。これで街道を歩いていれば日差しにやられて倒れていたかもしれない。
旅は順調に進んでいた。
だから、イリスはちょっと提案してみた。
「エリト、良かったら王都まで一緒に行かない? 大富豪になれば自由に動けるだろうけれど、彼女の情報を集めるには王都に行った方がいいでしょう?」
「勿論、喜んでお供するよ。独りの旅なんて退屈だろうしね」
人懐こい二人は、くすくす笑い合った。
※※※※
「さぁ、そろそろ日が傾いて来た。今日はここで休もう!」
ちょっと開けた場所に出たところで、エリトが宣言した。
実は、野宿の経験がないイリスは、野宿ベテランの言葉を頼りに宵越しの準備にかかった。
「薪はもう少し集めておいた方がいいね。野犬なんかがいないとも限らないから。夜火は絶やしちゃいけないよ」
「干し肉? そんなもの健康によくないよ。少しだけにしておいて、近くを回ろう。この時期ならノルトの実がなっているよ」
「いやぁ、彼女は素晴らしい人だよ。なんと言ってもあの美しい―――」
隙さえあれば惚気るエリトはおいといて、イリスはエリトに言われるままに動いた。さすがエリトの指示は的確で、イリスは自分の脛程の高さもない石を拝みたい気持ちになった。
夕食はエリトの言う通りに、干し肉を水でもどして他にも幾つか採った野草を混ぜてスープを作った。さらにエリトが魚を捕って来てくれたので、旅ではあまり良い食事をとれないと思っていたイリスには驚くほど豊かな夕食となった。取ってきたノルトの実は、デザートとして食後にいただくとしよう。
「ところで、手がないけれど、どうやってごはんは食べるの?」
「優しい質問を有難うイリス。けれど、僕には手以前に口がないんだ。聞くべきは『ごはんは食べられるの?』だよ。―――勿論、僕は食事をとらないんだ。こうやっておいしそうな匂いをさせている食事を前に何も出来ないのは、石の悲しいところだね」
的確な答えだが、釈然としなかった。
「でも、折角作ったんだ。イリスはしっかり味わっておくれ。僕の分までね」
にっこり微笑まれては、イリスにこれ以上言う事はない。いただきますとエリトの分を考慮して多めに作ったスープを口にした。
「おいしい!」
「それはよかった。よく食べるんだよ。旅はまだまだこれからだからね」
エリトはそう言ってはスープを勧めるものだから、イリスは普段食べる分よりずっと多い量のスープを飲まなければならなくなった。
(うう……お腹が重い)
食後のノルトの実はもう少し後にしようと、自分より後ろの少し遠いところに置いた。今は視界に食べ物を入れたくなかった。
そんなイリスの心情を知ってか知らずか、エリトが感嘆を漏らした。
「よく食べたね。あまり人間の女性の平均的な食べる量というものを知らないんだけどね。イリスはよく食べる方じゃないかい?」
お前のせいだよ!
―――何かイロイロと吐露してしまいそうなイリスは、うっぷと口元を抑えながら夕食を片付けるのだった。
ほのぼの純愛ファンタジーを謳っているのに、たびたび下品になるのはなんでだろう。
しかも、これ某屋の牛丼食べながら書いた。並盛って多い……うぇっぷ。
仲間:エリト
喋る石。直径20㎝くらい。石の重さの適当具合がわらかないけれど、重い。
口がないのに喋れるけど、食事はとれない。目はないけれど、物は見えている。などと疑問点の多い石。一応、彼で。