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第八話 不穏な影

   

 アンジーはベンの服を掴んで彼に追い縋った。

「店が大変なことになってるってどういうこと?」

 彼は苦い顔をして彼女を見ると、弱りきった声を出した。

「俺も詳しくは分からないんだ。実際見たわけじゃないからな。さっき出会った奴に聞いただけで・・。なんか、役人みたいな奴が来ているらしい。あ〜くそっ。俺も行けたらいいんだが、仕事に戻らなきゃならんし。」

 ベンは自分の状況が歯痒いのか、頭を掻きむしっている。

「直ぐ店に戻ろう、アンジー。メアリ母さんが心配だ。」

 クリスがアンジーの肩を抱いて強く言った。彼の目はとても真剣だ。

 アンジーは彼に支えられたまま頷いた。知らない内に手が震えてくる。クリスがそっと彼女の手を包んでくれた。それだけで不思議な程、心が落ち着く。

 彼がいてくれて本当に良かったと、彼女は心からそう思った。

    

    

    

    

    

 二人が店の前までに戻って来ると、大きな騒ぎになっていた。入り口の周りには、近所の住民や前の通りを歩いていた通行人などが何事かと様子を伺って、人だかりが出来ている。外からは中の様子が全く掴めない。

 アンジーとクリスの姿に気付いた、隣の商店の主人が声を掛けてきた。

「アンジーどこへ行ってたんだい?何だか凄いことになってんぞ。」

「いったい何がどうなってるの?おじさん分かる?」

 主人は眉を下げて首を振った。

「いや、残念ながらよくは分からん。なんか病人が出たとか何とか、役人がそう叫んでいたのが聞こえてきたが・・・。」

「何ですって!」

 病人と聞いてメアリのことかとアンジーは青冷めてクリスを見る。彼もアンジーと同じ目で彼女のことを見ていた。

 二人は慌てて人だかりの中を強引に入り、なんとか店内に入ることが出来た。

   

   

 店の中には、お客が数人残っていた。食事は済んでいるようなので多分帰りそびれたのだろう。彼らは一様に茫然とした表情で、一点を見詰めている。

 アンジーは彼らの目線を追っていき、メアリが赤い顔をして厨房の中に立っているのに気が付いた。

   

「母さん。」

 アンジーは母に駆け寄ろうとして足が止まる。

 メアリの前に、見慣れぬ男が数人立っているではないか。母はその男達に、たった一人で対面しているようだった。

「本当なんですか?その人の言っていること。」

 メアリは疑い深い目をして、目の前に立つ男に詰め寄る。

「本当も何も本人がそう申すのだから、役所としても見過ごすことは出来ない。こちらの店で出された食事を食べ、具合が悪くなったという者が数名いるのは事実。即刻調べて安全性を確認せんといかんのでね。」

 口髭が目立つ体の大きい男が尊大な態度で言った。

「信じられないわ。わたしはここで七年も商売しているのよ。今までそんなこと言われたことは無いわ!」

 役人らしき男はメアリを一瞥すると呆れたように言う。

「今までがそうだからと言って、これからも絶対大丈夫だと言えるかね?」

 メアリはぐっと詰まった。

「どうなのかね?絶対に言えるのかね?」

 男はニヤリと頬を緩めた。意地の悪い下卑た笑いを仲間同士でしている。

「まあ、病人が出てしまった以上、営業を続けさせる訳にはいかんな。安全性が確保されるまで暫く休業して貰う。」

 男達はメアリを取り囲んで宣言した。青い顔をして震える彼女を、上から情け容赦なく見詰めていた。

   

「お待ち下さい。」

 アンジーの横で凜とした声が響いた。

 男達がアンジーの方へゆっくりと向く。彼らはいつの間にか店にいた彼女達に驚いていた。

 彼女の横をクリスが一歩前へ出ると、彼らに向き合う。

「病人が出たと言われましたが、その方はどちらに?」

「わたしですよ。」

 背の低い猫背の男が、こそこそと髭の男の影から出て来た。

「いつ、その病気になられたのですか?」

 クリスは男の方へ顔を向けて聞く。

「えっと、いつだったかなあ?つい、この間ですよ。そう一週間前かな。」

 猫背の男は髭面と顔を見合わせ、クリスを見て笑った。その顔は子供が何言ってんだ、とでも書いてあるようだ。

「そうですか。それで症状は、どのようなものだったのですか?」

 クリスは男の馬鹿にした視線を冷静に受け止め、丁寧な態度で質問を続けていた。

「症状?お腹が痛くなったんですよ。ここの料理を食べた後すぐにね。」

 男はへらへらとした態度を崩さない。

 アンジーは腹が立ってきた。この男は嘘をついているに違いない。こんな奴、店で見たことは一度もない。

「そうですか、お腹が痛くなったのですか。それは何を食べた後ですか?」

「なんだったかなあ?なんか、肉を焼いた奴かなあ?よく覚えてないや。」

 クリスは眼鏡の奥で男をじっと見た。男は何だ、と睨んでくる。

   

   

「料理は、はっきり覚えていない、か。病気に成る程酷い目に合ったというのに?まるで不自然だな。」

   

 彼は突然態度を豹変させて言った。

 男はムッとして声を荒げる。

「一週間経っちまったら、料理なんか忘れちまあ。だがあの苦しみは忘れないねえ。こっちは被害者だぞ。」

 クリスは無表情のまま男から視線を外さない。

「被害者ね?苦しみは忘れられないか。さぞかし苦しかったんだろうね。だけど、そんな辛い思いをしたのなら料理の内容ぐらい普通は覚えていると思わないか?」

「なんだと、このガキ!」

「まあ、だけど、せめて味付けくらい覚えてるよね?どんなに頭の悪い奴だってこれだけ酷い目に合ったんだ、味は忘れられないだろ?」


「くそガキが!あ〜あ覚えてるさ!言ってやるよ、よく聞け!俺はな、あの料理を食った途端、オエッとなっちまって全部吐き出したんだよ。不味かったねぇ、食えたもんじゃなかった。おいっ、腐ったもん客に出すんじゃねえぞ。お前ら!」

 男はヒーヒー笑い出した。何が可笑しいのか腹を抱えて笑っている。

 アンジーは怒りの為に顔が赤くなる。この男の顔を今すぐ殴ってやりたい。

 しかしクリスは表情を変えなかった。彼は何も感じてないような顔で男を見る。

「ふうん、不味くてすぐに、全部吐き出したんだな?食べれたもんじゃなかったとはね。それで、残りはどうしたんだ?」

「残りだって?食えるかよ、あんなもん。勿論残したさ、全部な。あまりの不味さに口直しをしたくらいだよ。この一本隣にある通りの店だったかなあ?そこの定食は美味かったぜ。この店とは大違いさ。分かったか、坊主?」

 男は鼻息も荒く言い切った。満足そうに笑い役人らと頷き合っている。

 クリスは彼らの様子を見ると不意に下を向いた。そんな彼を男達は益々笑う。

   

 アンジーは心配になった。男達に笑われ項垂れている少年が。

「クリス・・・。」

 彼女はフラフラと彼に向かって歩き出した。

   

   

「クスッ・ ・」

   

 小さい笑い声が彼女の耳に飛び込んできた。

 男達も違和感を感じたのか静かになる。

   

「クッ、クックックッ・・・」

 笑っていたのはクリスだった。彼はやがて肩を大きく揺らし大笑いを始めていた。

 アンジーも男達もその場にいる全員が、呆気にとられて彼を見ている。

「ねえ、あんた。ここの料理を食べてすぐ腹痛をおこした、と言ったね?」

 クリスは笑いを噛み殺し男に問い掛けた。

「ああ、」

 男はクリスの態度に戸惑っている。

「可笑しいじゃないか?」

「何が可笑しい?」

 男はいきり立った。

 彼は口元に薄い笑いを浮かべ、目を細めて男を見る。

「何もかもだよ。あんたは腹痛を起こす程、不味い料理をこの店で口にした。だが、何の文句もその場で言ってない。こんなにすぐにカッとなる性格のくせにね。」

 男は息を飲んでクリスを見る。

「そして、その腐っていたかもしれない不味い料理は、口から吐き出した。しかも後は全部残している。つまり、食っていないと言うことになる。そうだろう?」

 クリスは歌うように言葉を紡ぐ。その場にいる者は静かに彼の調べを聞いていた。

「その後あんたは、口直しとか言って他の店で食事をする。腹痛を起こしている人間が食事を取れるのも可笑しいが、あんたはそこでは全部食べたんだ。美味しくね。」

 クリスは顔を上げた。

 男を見る目は冷たく歪んでいる。

「ねえ、もしも本当に病気になったんだとしたら、その原因はこの店の後に寄った食堂じゃないか。だってここでは食ってないんだろ?文句はそっちに言いに行けよ。」

    

「ちょっと待て、勘違いをしていた。そ、そうだ。口直しはしてない。」

 猫背の男は慌てて言い返した。

「あのねおじさん、勘違いなんて通ると思うの?そんな曖昧な記憶で役人を連れて来たのかよ。」

 クリスは呆れたように言うと口髭の男に視線を向ける。男はビクッと体を緊張させた。男達は皆、完全にクリスに飲まれていた。

「失礼ですが、こんないい加減な人が被害者代表なら、他の被害など話を聞くまでもないですね。まさかこの人の言うことを真に受けて、この食堂の営業を禁止にしたりしませんよね、お役人さま?」

 クリスはにっこりと笑って問い掛けた。

   

  

  

 男達は顔を真っ赤にさせて店から出て行く。店の外で猫背の男が役人らに肩を押されているのが見えた。彼は役人に必死で謝っているようだ。

 その様子を見ていた見物人達が彼らを囃し立てる。男達は追い立てられるように帰って行った。

 メアリが急いで外に出て皆にお辞儀をすると、見物していた人も顔を見合わせ笑顔になる。やがて人々はそれぞれに散って行き、店の前はいつもの日常を取り戻した。

   

 クリスは疲れたように椅子に座り動かない。

 アンジーはクリスに声を掛けることが出来なかった。たった一言ありがとうと言えばいいだけなのに、彼女はそこから動けずにいる。

「良かったよ、頭の悪い奴で。」

 クリスがポツリと呟いた。彼もアンジーに背を向けたままだ。

「え、何?」

 アンジーは聞き返すが、体は重石でも載っているかのように動かない。

(わたし、いったいどうしちゃったの?凄く変だ。)

   

「だから、良かったって言ったんだ。頭の悪い奴だったから騙くらかせてさ。」

 クリスは向こうを向いたまま、やけっぱちのように大声で言った。

「メアリ母さんと・・アンジーの、大事な店を守ることが出来て・・・」

   

 だが、最後は小さく尻すぼみになる。

 アンジーの目に、照れ臭げに俯くクリスの背中が、今までより大きく見えた。

   

    

   

 漁師のジムは通りの向こう側で、メアリの店の騒動を見ていた。

 彼は今でも毎朝漁が終わると、この店に足が向いてしまう。そんな人間は実は彼だけじゃない。リックもそうだし他にもいる。

 だが皆、店の中には入れなかった。メアリを見ると祭りの日の光景が浮かぶのだ。ベンとメアリが親しげに寄り添っていたあの夜の光景が。

 ジムは独り者だ。メアリは彼にとって手の届かない憧れの存在ではあったけど、彼女が誰かの特別な一人になるなんて嫌だった。

 今はまだ彼女の顔は見れない。情けないと自分でも思うがどうしようもなかった。

 彼はそっとその場を離れる。

 だが、誰かの影が行く手を阻んだ。

 彼は怪訝な顔をして前にいる人物を見る。目の前には少女が立っていた。

  

「おはようございます。」

   

 キャサリンは、艶やかに微笑みながらジムに話し掛けた。

  

  


なんとか終わりが見えてきました。

後、二話ぐらいで終われるかなあと思っているのですが…。

最後までお付き合い下さると嬉しいです。

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