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第五話 君はだれ?

苦しんで書きました。

色々とお見苦しいところはありますが読んで頂けると嬉しいです。

   

(あれは、何だったのかしら?)

 アンジーは朝からずっと一つのことだけ考えていた。

 考え事に集中し過ぎて、目線は虚ろになり口がポカンと開いているのが、年頃の娘としては頂けない。

 それにも況して注文を間違えたり、おつりの金額を間違えたりしてミスばかりしている。

 メアリは呆れたような視線を投げるが、彼女は全く気が付かないようだった。

(どうして、あんな感じになったの?)

   

 彼女の心を占めていること、それはずばり昨夜のことだ。

 昨夜のアンジーとクリスは、とても変だった。二人とも一言も話さず、相手の顔を見詰め合うように立って、なかなか目が離せなかった。

 アンジーは、あの後どうやってアパートに帰ったのか記憶がおぼろだ。

   

(でも、わたしはクリスに釣られただけ。あっちが先におかしくなったのよ。)

 彼女はムッとしたように口を曲げたが何故か頬が赤くなっていく。

 クリスは今朝は顔を見せなかったが、アンジーは会わずに済んで内心ホッとしている。

(なんか、気まずいのよね。クリスもなのかしら?)

 アンジーが一人で百面相をしているのをメアリは首を傾げて見ていた。

   

   

   

「ふ〜。いやぁ、凄いもん見ちまったなぁ。」

 その時常連客の一人が、大きな独り言を言いながら店に入って来た。

「あらっ、いらっしゃい。何を見たの?」

 メアリは、目の前のカウンター席に座った客に、注文を取りながら不思議そうに聞く。

 男は手を上げていつもと同じものを頼んだ。

「いや、すぐそこの広場で町長選挙の候補者が演説してたんだけど、ほら今のバーク町長の娘がさ、」

   

(え?)

 アンジーは考え事を止めて話している男の前に立った。

「キャサリンがどうかしたの?」

「ああ、あの子キャサリンて言うのかい?そう、そのキャサリンがねぇ、町長の代わりに演説してたんだよ。」

「えぇ〜っ?」

 アンジーとメアリは同時に大声を上げて驚いた。客の男は、二人の反応に満足したのか上機嫌で笑っている。

「なっ?驚くだろ?大したもんだよ。あの、娘さん。この港町を大きな都市にしたいんだとさ。その為にバーク町長は計画していることがあるとか言ってたなぁ。」

 アンジーは、キャサリンの悦に入って得意になってる顔を思い出し、眉間に皺を寄せた。

(この間店に来た時も、そんな感じのことを偉そうに言ってたわね。)

「とにかくさ、あの娘さんのせいで、後の候補の演説は霞んだなぁ。べっぴんさんだったしな。」

 男は思い出しているのか、目を閉じてニヤニヤしながら語っている。

 確かにキャサリンは一般的には美人だ。彼女は長く豊かな金髪ときつく見えるが整った顔立ちをしている。

 だけどアンジーは、彼女を美しいなどと一度も思ったことはなかった。


「うっかりしてたわ。もう選挙の季節なのね。」

 メアリが男に注文の品を出しながら、しんみりと呟く。

   

   

 アンジー達の住む港町では、四年に一回町長を決める選挙があり、今年はその選挙がある年だ。

 町最大のイベントであるお祭りが終わると、町民の関心はもうじき行われる町長選挙一色になる。会話の内容も自然と選挙の話題が多くなるのだ。

   

 今回の選挙では現町長のバークと二人の新人が立候補していた。

 その中でも一番有力なのは、祖父の代から歴代の町長を努めるバーク現町長だが、今年は新人の中に注目を集める候補者がおり、彼も焦っているらしい。

 娘のキャサリンを使った応援演説はそんな彼の苦肉の策だった。

 だが、この作戦は苦し紛れにしては、思いの外旨くいったようである。

   

   

「なんでもバーク町長はこの町を近代的な都市にしたいらしい。その為の計画もあるんだとさ。」

 常連客の男は食事を取りながら、演説の内容を説明してくる。

(キャサリンがこの前うちで言ってたことじゃないの。)

 アンジーは店でのキャサリンを思い出し、顔をしかめた。段々、男の話が癇に障ってくる。

「いやぁ〜面白くなってきたぜ、選挙が。」

 男はご機嫌で一気に料理をかき込んだ。

(全然、面白くないわよ!)

「お客様、お食事終わられたみたいですね、お下げしますわ。」

 彼女は不愉快さを隠しもせず、男の食事をさっさと片付けてしまった。

   

   

   

   

「ねぇ、アンジー。お願いがあるんだけど。」

 昼食のピークの時間帯が終わり、片付けも終わってアンジーが一息ついていると、メアリが遠慮がちに言ってきた。

「なあに?母さん。」

 アンジーはハッとして母の顔を見る。

「まさか、またクリスにお弁当を持って行けって言うんじゃあ・・・?」

 今日の彼女はそれだけは出来そうもない。いったいどんな顔してクリスに会えばいいのだろう?

 勿論、どうってことは無いことなのだと頭では分かっているのだけど、彼に会うのは気まずいのだ。

 アンジーは内心びくびくしていたのだが、メアリのお願いは予想と違うものだった。

「あぁ、クリス?そういえば、あの子、今朝来なかったわね。でも、もうお昼大分過ぎちゃったし。・・・あの子は自分で何か用意したわよ、きっと。」

「クリスじゃないの?」

「そう、父親の方。」

 メアリは手を頬に当てて溜め息を吐く。

「今日はアパートでお昼取るって。だから食事をあっちへ持って行って欲しいのよ。」

「え〜?なんでわたしが?母さんが行けばいいじゃん。」

「あら、母さんは店を留守には出来ないわよ。それにベンがわたしは来るなって言うし。」

「ベンおじさんがそんなことを?」

「そうよ。全く意味分からないわよ。」

 メアリは不思議そうに言うとアンジーに、にっこり微笑み掛けた。

「まっ。そういう訳だから、アンジーよろしくね。」

   

   

   

 ベンの部屋に着くと彼は、やつれた表情で出てきた。

 まだ食事を始めてなかったようで、アンジーは母から預かった昼食を見せて笑い掛ける。

「ベンおじさん、昼食を持って来たわよ。」

 だが、彼の反応は悪かった。

「アンジー、わざわざ来てくれなくても良かったのに。」

「なによ、その言い方。母さんの愛情がこもった料理なのに、嬉しくないの?」

「残り物だろ?」

「・・まあね。」

 アンジーはテーブルの上に料理を広げる。鳥肉をじっくり焼いたメインとサラダ、焼き立てのパンなどが並んだ。

 料理のいい匂いが漂って、さすがのベンも喉をごくりと鳴らして席に着く。

「ねぇ、おじさん。いったいどうしたの?この頃変だわ。なんか、こそこそしてない?」

 アンジーはずっと気になってたことを聞いた。いつかも聞いたが答えて貰えなかったことだ。

 ベンはパンを千切っていた手を止める。そして、じっと何かを考えるかのようにその手を見ていた。

「やっぱり、教えてくれないの?」

「アンジー、」

 ベンは覚悟を決めたように彼女の目をまっすぐ見た。

「母さんには絶対、言わないでくれよ。」

    

    

「えっ?・・つまりお祭りの日に母さんと二人でいたところを見られてたってこと?」

 アンジーは素っ頓狂な声を上げる。

「ああ、アンジーにも確か見られたよな。」

 彼は優しい目をアンジーに向けて微かに微笑んだ。彼女は素っ気なくフンと横を向く。

「それが他にも見てた奴がいたらしいんだ。・・くそっ、俺は迂闊だったぜ。」

 ベンは頭を掻きむしって情けない声を出した。

「でも、それが何故店に来ないことになるの?」

 アンジーには、やっぱり分からない。

 彼は溜め息を吐いてアンジーを見る。

「俺達を見てた奴の中に店の常連客もいてさ。ほら、メアリの熱烈なファンがいるだろ?」

「ああ、ジムさん達のこと?」

「そう、そいつらの間にあっと言う間に広まって。」

「それでなの?最近お店に来なくなったわ。ジムさんも、リックさんもよ。」

 アンジーは、やっと合点がいった気がした。ジム達のおかしな態度は、メアリとベンの関係に気付いたからだったのだ。

「多分そうだ。とにかく奴らは、メアリにとっては大事なお得意さんだった。なのに、俺の浅はかな行動で店から離れてしまったんだ。町の祭りなんて誰に会ってもおかしくないのに、俺はメアリを誘って挙げ句に浮かれてたんだ。」

 ベンの瞳はあの日の自分を後悔している。

「だけどあいつらはまだ、メアリにもメアリの店にも未練がある。また以前のように戻ってくる可能性はあるんだ。だから、これ以上俺が奴らの神経を刺激するわけにはいかないんだよ。」

 ベンは一気に話すと大きく息を吐いた。

「そうだったの、だから母さんに内緒なの?」

「ああ、メアリが知ってしまったらすごく落ち込むさ。あの常連客達のことを、信頼して気に入ってたからな。それにせっかくオッケーをくれたのに、このことに気付いたらあいつのことだ、今まで通り友達でいようと言うに決まってる。」

 ベンは、食事をする気を完全に無くしたようにフォークを置いた。

 長々と話していたが、彼の一番の心配事は母と駄目になってしまうことだったようだ。

 アンジーは呆れ顔でベンを見た後、店に戻る為ドアに近づく。

 彼女はドアの前でベンの方を向いた。

「おじさん、母さんには絶対言わないから。安心してよ。それじゃ、わたし戻るわね。」

「恩に着るよ、アンジー。気をつけて。」

「うん、じゃあね。」

 そして彼女は部屋を出た。だが、背後からベンの声が追い掛けて来る。

「と、待って。アンジー。」

 アンジーは目をパチクリして振り向いた。

   

   

   

    

 クリスは教科書を閉じると大きく伸びをした。

 彼は授業が終わると一人教室に残り学習を続けている。それは大学に行くという夢を叶える為だ。

 この港町には、今通っている規模の小さな学校しかない。ここでは色んな年齢の子供達が一緒に授業を受ける。だからどうしても専門的なことや、複雑な内容のことなど習えるはずもなかった。

 大学に行くなど並大抵の苦労では無理な話だ。経済的な面でもクリスには難しい話である。

 けれど彼は、諦める気にはなれない。たとえ少しのチャンスでも頑張るしかなかった。

   

 窓の外を見れば空が青く広がっているのが見える。午後を大分過ぎたようだ。

 彼はお腹が空いてることに気が付く。そう言えばお昼を食べていない。今日はいつかのようにアンジーは弁当を持って来てはくれなかった。

 校内はしんとして他の生徒は皆帰ったようだ。

 彼はそろそろ帰ろうと鞄の中に教科書やノートを仕舞う。

 だが、ふと頭の中に見飽きた顔が浮かび上がり、鞄が派手な音を立てて手の中から滑り落ちた。

   

(今朝から何回目?あ〜馬鹿馬鹿しい。)

 クリスは息を吐くと鞄を拾い机の上に置く。

 彼の頭の中には気を抜くと昨夜のアンジーが現れる。

 授業中だろうが休憩中だろうがお構い無しだ。その度に失敗をする自分にも腹が立つ。

「何だよ、全く。」

 クリスは、ハア〜と息を出すと眼鏡を外して目頭を押さえた。

 それから机の上の鞄に顔を伏せると小さく呟く。

「・・意味分かんないよ。」

   

 その時、突然戸口で声がした。

「何が分からないの?」

 彼はハッとして顔を上げると声のした方を向く。

 そこにはキャサリンが不敵な笑みを浮かべて、いつからいたのか立っていた。

   

「キャサリン、君。今日は休みじゃなかったの?」

(お陰で平穏だったのに・・・。)

「ふふ。休むつもりだったけど学校に来て正解だったわ。」

「何のことだよ。」

 キャサリンはクリスの側に来るとニヤリと笑いながら彼を見詰めた。

「知らなかったわ、あなたって綺麗な顔をしてたのね。」

 クリスは驚いて慌てて眼鏡を掛けようとする。

「綺麗だって?キャサリン、君。目がどうかしちゃったんじゃないの?」

 だが、キャサリンはその眼鏡を簡単に取り上げてしまった。

「何故、顔を隠すのかしら?こっちの方が断然いいのに。」

「あのね、僕は目が悪いんだ。別に隠してる訳じゃない。早く眼鏡返して。」

 彼は焦りを悟られないようになるべく平淡に言う。

「嫌よ。それに掛けると言ってもこの眼鏡壊れてるじゃないの。」

 キャサリンは、彼の思惑など全てお見通しだと言わんばかりに、余裕の表情を崩さない。

 クリスはいい加減苛立ちが顔に出てきた。

(なんとかしなきゃ。アンジーの奴にこの顔を見られる訳にいかないんだ。)

「いいから、返せよ!」

 彼は机の上にある鞄を思い切り叩く。その態度は彼女の癇に障ったようだ。

「何よ、本当に生意気なんだから。皆に言ってやろうかしら?」

 キャサリンは眉を潜めて眼鏡を軽く握って見せる。

「止めてくれ!アンジーには言わないで。」

 彼は思わず口から本音が出てしまった。

   

 キャサリンは目を見開くと口元を歪めて笑う。とても不気味な笑顔だった。

「ふうん、アンジーには知られたくないの?変ね、あなた達お隣同士でしょ。彼女はとっくにあなたの素顔を知ってるはずじゃないの?」

 彼は何も答えない。言えるはずがなかった。

(僕だって驚いたさ。だけど眼鏡のない僕を、あいつは勝手に他人と思ったんだ。)

 キャサリンは横を向いて黙っているクリスの頬に手を当てる。彼は驚いて彼女を見た。

「いいわよ。アンジーに黙っててあげても。」

 彼の目がびっくりしたように大きく開いた。

   

「但し、わたしの言うことを聞くこと。それが条件よ。」

 それから彼の頬に軽く音を立ててキスをした。

 クリスは目を剥いて彼女を見る。彼は何も言えない程驚いて体を硬くしていた。

   

 キャサリンは可笑しくててしょうがないのか、にやにやとした嫌な笑みをいつまでも浮かべて彼を見ていた。

   

   

   

    

 クリスは家への道のりをぼんやりと考えことをしながら歩いている。

 結局キャサリンは彼の眼鏡を返してくれなかった。

   

「これは直しておいてあげるわ。今日は眼鏡無しで我慢なさい。」

 彼女はそう言って持って帰ってしまったのだ。彼はその後ろ姿を茫然と見送るしかなかった。


   

(いったい何なんだ?何でこんなことになるんだよ)

 彼は毒づくが事態は一向に良くはならず、ますます悪くなっていくばかりだ。

 キャサリンが何を考えているのか少しも読めず薄気味悪さだけが残っている。

 クリスは暗い気分を晴らそうと顔を上げて空を見た。

    

 その時だった―――。

    

「マックス?」

    

 彼の耳に聞き慣れた声が飛び込んできた。

 声の方に目を向けると、薄ぼんやりとアンジーらしき女の子が少し離れた場所に立っているのが見える。

 表情はよく見えないが彼女も驚いて固まっているようだ。

   

 クリスは急いで来た道を引き返す。アンジーだとしたら捕まるわけにはいかない。彼は出来る限りのスピードで走って逃げることにした。

「ちょっと待ってよ!マックス。」

 声が追い掛けてきた。やはりアンジーだったのだ。

    

    

    

(どうして、逃げるの?)

 アンジーは泣きそうになりながらマックスの背中を追い掛けていた。

 彼女はベンの所から店へと戻る途中だった。歩いていて、ふと目を前にやると空を見上げているマックスが前方にいたのだ。

 彼女が彼を見間違える訳がない。彼のように綺麗な顔をした人はそういない。

 アンジーは嬉しくて彼の名を呼んだ。

 だけど、マックスは・・・。

(わたしはずっと会いたかったのに、彼は違ってたの?)

 一瞬追い掛けるのを止めようかと思った。

 だが、直ぐに思い直す。

(あんなに会いたかったのよ?何故諦めなきゃいけないのよ。)

 彼に聞きたいことはいっぱいある。彼女は彼の背中を逃がすまいとじっと見詰めて走った。

   

(・・だけど、この後ろ姿、どこかで見た気が・・・)

    

 アンジーはハッとする。

   

(クリスだわ、クリスに似てる・・・)

    

    

   

(どうしよう。アンジーに捕まる。)

 クリスはアンジーの足音を気にしながら角を曲がる。彼女は彼から全然離れて行く気配がない。日頃の運動不足を悔やむが後の祭りだ。

   

 彼は後ろのアンジーに気を取られていて前方に注意を働いていなかった。

 突然建物から出て来た女性とぶつかって派手に倒れる。

 そして彼女が持っていたタライの水を諸に被った。

   

「あらら、ごめんなさい。大丈夫?ああ、こんなに濡れて、どうしましょう。この水を表に捨てようとしなければ良かったわ・・」

 女性は慌てて言うがクリスの耳には入って来ない。彼は茫然として、倒れた体を起こすと座っていた。

   

 そこへアンジーの足音が聞こえてくる。彼女は、彼の後ろで足を止めて息を整えると震える声を出した。   

「・・マックスなの?・」

   

   

(おしまいだ。もう逃げ切れない。)

   

 彼は覚悟を決めると濡れた前髪を掻き上げる。髪の毛から滴が辺りに散った。

   

 それから息を一つ吐くと彼女の方に振り向く。

    

「やあ、アンジー。」

    

 そして笑顔を浮かべて話し掛けた。

   

    



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