第四話 月下の帰り道(改)
深夜に本文を改稿しました。内容は変わっていませんが表現を詳しくしました。
読み返して変えたものの方がいいと思ったのですが、あまりのボロボロさに落ち込みました。
でも懲りずに頑張ろうと思います。
〈追記〉3/27早朝ラストを少し変えました。直してばかりですがストーリーは変わってません。
お見苦しくてすみません。
朝の市場でアンジーはジムを見掛けた。彼の背中を叩いて笑い掛ける。
「ジムさん、おはよう。」
だが、彼は彼女に気付くと狼狽えた。目線が泳いで落ち着かない。少し汗も出ているようだ。
「あ、アンジー、早いな。」
「ふふ、わたしだって、寝坊ばかりしてないわよ。早い時だってあるんだから。」
「そうか、・・じゃ俺はまだ仕事があるから。これで。」
彼は早々と話を切り上げ立ち去ろうとする。彼女と余り話していたくないらしい。
アンジーは彼を呼び止めた。彼の態度にさすがの彼女も気付いた。
「ちょっと待ってよ、ジムさん。最近、お店に来てくれないよね?どうしたの?」
「ああ、そのことか、実はちょっと胃をやられたみたいでね。今は食事を変えてるんだ。」
「えっ?大丈夫なの?」
アンジーは意外な答えに驚く。
(丈夫そうに見えるのに。人は見かけによらないわね。)
そんな失礼なことをこっそり考えた。
ジムは焦ったように話を続ける。
「ああ、医者にかかってるし大丈夫さ。ただ、そんな訳で暫く遠慮するよ。メアリさんによろしく言っといてくれ。」
「母さんに会っていかないの?いつものように市場の入り口に・・・」
「アンジー!」
彼は急に大声を出した。アンジーはびっくりしてジムを見る。
「今日は止しとくよ。じゃあな。」
ジムは沈んだ声でそう囁くと微かに笑った。とても寂しい笑顔だった。
アンジーは目をパチクリして彼を見送る。彼女にはジムの笑顔の意味が分からない。
だが、彼女はジムだけじゃないことに気付く。
(そう言えばリックさんもこの頃見ないわ。)
最近、時を同じくして来店がなくなった常連客が何人かいた。皆、母の根強いファンばかりだった。
昼食の忙しい時間帯もとうに終わり、粗方の片付けも終わった頃、ベンがこっそり店に現れた。
アンジーは、母やマギー達と共に夕食の仕込みをしていた。
店内に人は居らず、彼は安心したように入って来る。ベンは昼食時には顔を出さなくなっていた。
ここ最近は昼食の時間をずらしているようだ。仕事仲間とは苦労して時間を遣り繰りしているらしい。
「おじさん、どうしたの?」
アンジーはそんなベンの様子を不思議に思っていた。何故、そんな不便なことをしているのだろう。
「う・・ん、ちょっとね。」
ベンの返事は歯切れが悪い。彼は理由を言いたくないのか話題を逸らす。
アンジーにはそれ以上聞くことは出来ない。諦めるしかなかった。
「メアリ、何か残ってる?」
「待ってて、今用意するわ。」
メアリはいそいそと昼食の準備を始める。
アンジーは二人の様子を盗み見た。
ベンはこの頃、メアリのことを呼び捨てするようになり、アンジーが見ている前でもデレデレと締まりがない。
きっと以前は我慢していたのだろう。
アンジーは呆れたように溜め息を吐いた。
だが、彼女はそんな二人を見ても、胸が痛まないことを嬉しく思う。心の底からベンとメアリを祝福できることを。
彼女は店の外を歩く人波に目を向けた。そして捜してしまう。あの中に会いたい人がいるかもしれないと。
(わたしにも、いるんだもの。好きな人が・・・。)
彼女は微笑んで、そして瞳を曇らせた。
(あれ以来、会えてないけど・・・)
「・・マックス・・」
アンジーがポツリと漏らした言葉がベンの耳に届いた。彼は、いぶかしんで彼女を見る。
そして彼女に何かを問い掛けた。
「アンジー、今・・」
その時、店内に大きな音が響き渡った。
「ねえ、いい加減、付いて来るの止めてくれないか?迷惑なんだよ!」
「わたしがどこを歩こうと、わたしの勝手だわ。あなたがわたしの前を歩くからいけないのよ。」
大きな声を出して店に入って来たのは、クリスとキャサリンの二人だった。
クリスは不機嫌な顔でカウンター席に乱暴に腰掛ける。そして頬杖をつくとイライラしたように机を叩き出した。
アンジーは厨房から、そうっと彼に話し掛ける。
「どうしたの?いったい。」
「知らないよ。朝から付き纏われているんだ。」
彼は荒い声で言い放つ。キャサリンの方は見ないようにしていた。
「ねえ、あなたもお掛けになったら?」
メアリが遠慮がちにキャサリンに席を勧める。
「結構よ、わたしは食事に来たわけじゃありませんから。」
彼女は店内を見回してクスリと笑った。馬鹿にしたような笑みだ。
「それに我が家には専属のシェフがおりますの。こちらで頂くものは、ございませんわ。ふふっ。このお店が、アンジーさんのお城なのね。初めて来たけど随分可愛らしいお店ね。」
キャサリンはアンジーを見付けて皮肉を言う。顔には嘲りが浮かんでいた。
アンジーは真っ赤になっ言い返す。体が怒りの為に震えてた。
「用がないなら帰ってよ。あんた、食事に来たんじゃないんでしょう?」
「言われなくても帰るわよ。だけど用ならちゃんとあるわ。」
キャサリンは、そう言うとクリスを見た。
「わたしのお父様はね、この港町をもっと大きくしたいそうなの。だから町長の娘であるわたしも、お父様の為に町のことを知っていなくてはいけないでしょう?このお店に来たのは後学の為よ。」
彼女は彼に意味ありげに笑い掛けると出口へと向かう。
「それじゃ皆様、ごきげんよう。」
それからその場に居た全員に軽く挨拶をすると店を出ていった。
「何よ、あれ?」
アンジーはクリスに食って掛かるが、彼に煩そうに手で払われた。
「知らないよ、もう。」
「だってあんたが連れて来たんでしょ?」
「連れて来たわけじゃない。勝手に付いて来たんだ。」
彼女はクリスの襟首を掴むと、ついっと詰め寄った。
「何したの?」
彼女は彼の顔を覗き込む。クリスの目のすぐ側にアンジーの顔があった。
「何もしてないよ。と、近いだろ!離れてよ。」
クリスは慌ててアンジーの頭を押して離れた。彼女はバランスを崩してふらつく。
「いったあ!何すんのよ。レディに対して。」
「ふん、誰がレディだよ。馬鹿馬鹿しい。」
メアリが苦笑しながらクリスに言った。
「お腹空いたでしょ?何か食べる?」
二人の言い争いは結局中断された形になった。
アンジーは落ち着かない気持ちで、カウンター席でベンやメアリと話をするクリスを見た。
メアリがベンと結婚すれば、クリスとも本当の家族になるのだろう。
(なんか、それだけが嫌だわ・・。)
彼女は少し憂鬱な気分になった。
明るかった外も太陽が沈むなか、辺りは真っ赤な夕焼け空に変わってきた。
アンジー達の店もベンが仕事に戻った後マギー達が帰り、夜の定食を出す時間帯になっていた。ここからはまたメアリとアンジーの二人になる。
この食堂ではお酒の類いは出さないので、夜は早めに店じまいになる。
一番忙しいのは、今位から後一二時間程だろうか。
そんな忙しい中、アンジーはカウンター席をずっと気にしていた。
そこには午後過ぎにやって来たクリスがまだいたのである。
彼は食事の後、教科書を広げ勉強を始めだし、今は疲れたのか眠っている。
メアリは彼を気遣って起こさないようにアンジーに告げていた。
だが彼女は母の言うことを守る気はない。
(本当にもう!邪魔なんだから。)
店は大分賑わってきている。小さい店なので、もうすぐ席の確保も難しくなるだろう。
アンジーはクリスを起こすしかないと思っていた。
彼女は覚悟して彼の前に立つ。
クリスはぐっすり寝ているようだった。
寝ている時でさえ、眼鏡をしている。アンジーは眼鏡を取ろうとして手を止めた。
(そうだわ、確か壊れてたんだわ。)
もし無理に外して更に壊れでもしたら、クリスがどんなに怒るか分からない。彼女は眼鏡を外すのは諦めることにした。
そして何気なくクリスの寝顔を見つめる。
茶色の髪が彼の顔を隠すように覆っている。見えるのは整った鼻筋と口元だけだ。肌は相変わらず白くてベンとは似てない。
だけど・・・。
何故か、アンジーは見とれていた。
起こすのも忘れてじっと見入ってしまってる。
(クリスって、こんな顔してたっけ?まあ、今も目が隠れてちゃんと見えないけど・・)
アンジーがクリスの顔をまともに見てたのは一緒に暮らしてた九年前だ。
彼はベンと暮らしだして学校へ通うようになると、目を悪くし眼鏡を掛け出した。
その頃から髪の毛も無精するようになり、ボサボサなことが多い。あまり長くならないように、見かねたメアリが時々切っている程度だ。
いつの間にかクリスの顔は、眼鏡と髪の毛で半分位隠れてしまっている。
だから、こんなにじっくり最近の彼の顔を見たことはない。
「・・・ん・・」
その時クリスの唇が動いた。
アンジーは思わず吸い寄せられる。
彼の形のよい唇から、
「・・アン・・ジー・」
と声が漏れた。
(えっ?)
アンジーの心臓が大きな音をたてる。今聞いた言葉が信じられない。
(今、わたしの名前言ったの?)
彼女の心臓は早鐘のように動き出した。
彼がまた何かを囁く。彼女は耳を澄ませた。
「・・・うる・さい ・・だま・れ・」
アンジーは思い切りクリスの頭を叩いていた。
「いってぇ〜なぁ。」
「煩い!早く起きて!席空けてよ。」
「何だよ、乱暴者。」
クリスは頭を撫でながら机の上を片付ける。口ではアンジーに対する罵詈雑言が出ている。
「早くしてよ!」
(何なのよ?全く。)
アンジーの心臓は、中々治まらない。彼女は意味不明の動悸にイライラが募るばかりだった。
星空の下、アンジーとクリスは一緒にアパートまでの道を歩いていた。
本来ならクリスはアンジーから起こされた時に、アンジーは店を片付けた後に帰るはずだったのだが、メアリがクリスを呼び止め、アンジーと帰るように言ったのだ。
「もうすぐしたらベンが来るのよ。だから片付けは二人でするわ。それでね、悪いんだけどクリス、アンジーと一緒に帰ってやってくれない?」
にっこりしながら言うメアリに、クリスは頷くしかない。
アンジーは拗ねていたがクリスは仕方ないと思っている。
(メアリ母さんと父さんも、たまには『コブ』なしで一緒にいたいだろうさ。)
二人は黙って歩いていた。
月明かりに照らされた夜道がまるで祭りの夜のようだ。今夜もあの日と同じ月の綺麗な夜である。
あの時は手を繋いでいたが、勿論今はそんなことはしていない。
(アンジーと手を繋ぐなんて、よくやったよ。)
クリスは祭りの日のアンジーを思い出す。
あの日の彼女は別人のようだった。
白い膝丈のドレスは、アンジーの健康的な肌によく似合っていた。
髪の毛に刺した白い花が彼女の赤毛を引き立てている。いつもは下ろしている髪は緩くアップにしてあり、うなじの解れ毛が夜風に揺れていた。
唇がほんのり赤く艶めき、その口が明るく笑い声を立てて・・。
あの夜のアンジーは、
ちょっと可愛いかったっけ。
「ねえ、クリス。」
アンジーに突然声を掛けられ、彼はドキッとした。
「な、何だよ。」
(訂正!アンジーはちっとも可愛くない!)
クリスは心の中で、今考えてたことを否定する。
アンジーは憂いを帯びた表情をしていた。彼は訳もなく顔が赤くなり狼狽える。
「マックスは、もう来ないのかしら?」
彼女は小さい声で寂しげに呟いた。
「来るわけないだろ?そんな度々。」
クリスはアンジーの言葉にムッとなる。彼は何故この話になるのか分からない。
だが、彼女はクリスの態度は気にならないらしい。彼だけじゃなく、彼女も祭りの日を思い出していたのだ。
「こうしているとお祭りの日を思い出すな。凄〜く楽しかった。」
アンジーは目を閉じて自分の世界に浸っている。
クリスは彼女の話にうんざりしてきた。とてもじゃないが耐えられない。
クリスはアンジーに向き合った。
「ねえ、アンジー。いい加減にしてよ。」
「どうして?クリスだけなのよ。話せるの。聞いてくれてもいいじゃない。」
「何で僕だけなんだよ。メアリ母さんでもいいじゃないか。」
彼女は驚いた顔をして彼を見ている。その表情に彼は怯む。
「・・何だよ?」
アンジーはまじまじと目の前のクリスを見た。
彼は彼女の顔を怪訝そうに見ている。
「あんた、背が伸びたのね。」
彼女は突然クリスの身長の変化に気が付いた。今までなんで気が付かなかったのだろう。不思議だった。 アンジーはクリスの頭に手を置いてみた。彼女が背伸びをしないと届かなかった。
「止めてよ。恥ずかしい。」
クリスは手を払う。顔が迷惑そうに歪んでいる。
アンジーは彼の手を思わず掴まえた。他はどうなのか知りたかった。
「手はどうなのよ?大きくなったの?」
そう言って強引に手を重ねる。彼は何も言わない。黙ってアンジーに手を貸している。
素直な彼を不思議に思いながら、アンジーは二人の手を見比べた。
クリスの手はアンジーより大きくなっていた。
チビの弟だと思っていたのに、いつの間に追い越されてたんだろう。
アンジーは感心して彼の手を見る。
「すごいね、チビってもう言えないね。」
それから、笑顔で彼を見上げた。
そして、驚いて息を飲んだ。
クリスの顔は彼女の髪の毛のように真っ赤だった。
彼は赤い自分の顔を隠そうと必死で片手で覆っていたが、それは無駄な足掻きで終わっている。
その上、声も出せないようで、体を固くして彼女を見ていた。
そんな彼の表情にアンジーは言葉に詰まる。
彼女は暫く視線を泳がしながら彼を見ていたが、次第に彼女の頬も赤く染まっていった。
月明かりの下、二人は互いの赤い顔を見詰め合って、立ち尽くしていた。
そんな彼らを月がいつまでも照らし続けていた。




