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最終話 君のことを、考えている

   

 猫背の男は何かを探しているのか、暫く三人の近くをウロウロしていた。

「ふざけやがって・・」

 やがて探すのを諦めた男は、一言呟くとニヤリと笑った。

「まあ、いいさ。こちらから出向いてやるさ。場所は分かってんだ。」

 彼はキャサリンが消えた建物に入って行く。

 アンジー達は顔を見合わせた。

「ねえ、どう思う?」

「とにかく、つけてみよう。」

 クリスの提案に他の二人も頷いた。

   

 三人は静かに建物に入って行く。幸い、誰かに見咎められることはなかった。人の気配がないのだ。

 建物の中は出入口付近が広いホールになっていた。そのホールの隅に上へと続く螺旋状の階段があり、ホールの奥には廊下を挟んで両側に扉があった。

 既に男の姿はどこにもない。

「どこに行ったんでしょう?」

 クリスが小声でジムに聞くと、彼は二階を指差して二人を手招きした。

「この上に町長の事務所がある。」

 アンジーとクリスは目を合わせて無言でジムの後に続いて行く。

 階段を上がるとそこにも小さなホールがあった。三人は、なるべく音を立てないようにと歩いていたので不審な動きをしていたが、二階のホールにも誰も居らず胸を撫で下ろす。

「静かね。」

 アンジーがキョロキョロしながら囁くと、一番奥の扉が大きな音を立てた。

 彼女は驚いてクリスの肩に隠れるようにしがみつく。

「誰か部屋に入ったみたいだ。」

 クリスがアンジーを見ながら言った。

「ところで、それ、隠れてるつもり?」

「煩いなー。」

 アンジーは顔を赤くすると急いで彼から離れた。

 ジムが呆れたように二人を見て呟く。

「町長の事務所からみたいだぜ。」

「さっきの奴、そこにいると思う?」

「おそらくな、どうするかい?」

 ジムの問い掛けにクリスは強く言い切った。

「勿論、行くに決まってる!何の為にここを見張っていたと思うんですか?何かあると思ったからこそだよ!・・さっ、気を付けて行きましょう。」

    

    

「ここには、来ないでって言ったでしょう?」

 扉を開けるといきなり、キャサリンの落ち着かない声が飛び込んできた。

   

 三人は町長の事務所に様子を窺いながらそろそろと入って行く。事務所内には他に人影はなく、三人は旨い具合に滑り込むことが出来た。

 キャサリンと男は、部屋の隅にある衝立の向こうの椅子に座って話し込んでいる。

 話に夢中で周りに気を配っていない為に、三人が入り込んだことにも気が付かないようだった。

 アンジー達はいつでも逃げれるように扉を少し開けたまま、その近くで息を潜めて話し声を聞く。


「ところが、そういう訳にもいかなくなっちまったんだよ。お嬢さん。」

 男は馬鹿にしたように笑っていた。

「あんたは俺を上手く使った気でいたんだろう?待ち合わせにも姿を見せないんだもんなあ。」

  

「それは、仕方なかったのよ。まずい人に見付かったんだもの。やむなくよ。」

「俺はもっとまずい事態になってるぜ。あんたが簡単な仕事って言うから引き受けたのに、あの時の男共からは偉そうにあしらわれ、おまけに見物人が多かったから顔まで覚えられちまってよぉ。」

 男は大袈裟に溜め息を吐く。

「お陰で俺は表もおちおち歩けないんだよ。当てにしてた金も入って来ないしなあ。」

 キャサリンはフンッと鼻を鳴らすと口を開いた。

「それはあなたが悪いんでしょう?あのお店を休業に持っていけなかったんだから。芝居が下手だし嘘は見破られるし、こっちの望む結果を出せなかったのはご自分のせいよ。」

 男はドスの効いた声を上げた。

「お嬢さん、あんまり大人を見くびっちゃあ、いけないな。俺は出るとこ出てもいいんだぜ?」

「わたしを脅す気なの?」

 キャサリンは無表情になる。

 男は表情を和らげると猫なで声を出した。

「脅すだなんて、違いますよ。俺はお嬢さんに教えてあげたいのさ。約束を守らないと相応のリスクを払わされるということをね。」

  

「・・あなたに、教えて貰うことなど何もないわ。」

 しかし、キャサリンは顔色を変えない。彼女には余裕さえ感じられた。

「なんだと?このガキ!人が下手に出ていりゃいい気になって。」

 男の方が顔色を変えている。いきなり大声を出すと立ち上がった。

「止めなさいよ。わたしに何かあったら父が黙っていないわ。後で困るのはあなたなのよ。」

「なんだと?」

「あなたのことは調べてあるわ。素行が悪くて色々と犯罪まがいのことを繰り返してるわね?あなたを捕まえるなんて簡単よ。一生牢屋から出られなくなってもいいの?」

「くっ!」

 本当はかなりの小心者の男は、何も出来ずに突っ立っている。

 キャサリンはこの男が口だけなのは知っていた。

 だから、自分一人しか居なくてもあまり恐怖を感じていないのだ。目の前で彼女を脅す男は、警察に捕まることを異常に恐れている。

 その為に、大それたことなどする勇気もなかった。例えば、彼女に暴力を振るう、とか・・・。

 こうして、そこのとこを突いておけば、結局この男は諦めて立ち去るより他ない。

 男は顔を赤くして怒りの為に震えていた。

 彼女は、あまり刺激しても得策ではないと思い直す。こんな小者でも、恨みを必要以上に買うのはまずいかもしれない。

「でも、あなたがこの前の失敗を取り返す気があるのなら、考えてもいいのよ?報酬をあげることを。」

「なんだって?」

 男は胡乱な目をしてキャサリンを見た。

「何をすれば、いいんだ?」

 彼女は男に見えないように顔を背けてクッと笑う。男が話に乗ってきたのが可笑しかった。思った通りである。

「今度ね、最後の演説会があるの。その後に、して貰いたいことがあるのよ。それが完璧に出来たら報酬を出すわ。」

「どのくらい?」

 男は座って話を聞く。既に顔からは、怒りは消えているようだ。

「この前、約束していた倍は出してもいいわね。どこにでも好きな所に旅行が出来るわよ。」

 キャサリンはにっこりと笑った。

「・・信用できるのか?」

 男が不安気に聞くと、彼女は笑顔を消した。

「信じてもらえないなら仕方ないわね。この話は、なかったことに。」

「まあ、待てよ!何もやらないとは言ってないだろ?」

 男は慌てて言う。

「で、俺は、何をするんだよ?」

 キャサリンはふっと表情を緩めて再び笑顔を作った。

「ある人を少々黙らせて欲しいの。もう、この事務所に文句など言って来させないようにね。」

「俺の他にもそんな奴が?」

「あなたとは違うわよ。やむなく、わたしの仕事を手伝ってもらうよう仲間に引き入れたんだけど、何か気付いたらしいの。さっきもこの前の通りを、うろついていたわ。」

「もしや、そいつのせいで待ち合わせに居なかったのか?」

「そうよ。」

 キャサリンは目を瞑ると面倒くさそうに溜め息を吐いた。

「元々あの人はアンジーの店の常連よ。いつ、あちらに寝返るか分かったもんじゃないわ。今は何故だか、行ってないみたいだけどね。とにかく、こっちの情報を流されたりしたら厄介なのよ。」

  

 アンジー達三人は、お互いに目を合わせた。

  

「この前のちっぽけな食堂か?」

 男の声がする。

「そうよ、忌々しい目障りな店よ!」

「なっ!」

 アンジーはカッとなって声が出そうになり、慌てたクリスに無理やり顔を塞がれた。

  

 だが衝立の向こうでは、こちらの騒ぎに全く気付いた様子はなかった。

「そいつは、そんなにヤバい奴なのか?」

 猫背の男は、注意深く慎重に聞いている。

「全然!善人な漁師よ。だけど、わたしのついた嘘に気付いたら何をするか分からないわ。面倒なことになる前に黙らせておく必要があるのよ。」

「どう、やって?」

 キャサリンは苛立って大声を上げた。

「もう!そのくらい自分で考えなさいよ!例えば脅して黙らすとか、怪我をさせて暫く表に出れないようにするとか・・・。」

「・・分かった。」

 男は幾分顔色が悪くなった。キャサリンは少し不安になる。だが、男は決心したように彼女に問い掛けた。

「で、そいつの名前は?」

「ジムよ、漁師のジム。」

   

   

 アンジー達はそっと扉を開けて町長の事務所を出る。彼らは建物から出ると大きく息を吐いた。

 アンジーとクリスはジムを気遣って心配気に視線を送っている。


「まんまと騙されたぜ。」

 ジムが笑い声を出した。

「あんな、お嬢さんに口から出任せを言われて、すっかり信じてしまうなんてなあ?俺は馬鹿だよ。」

「ジムさん・・。」

 ジムは二人を見ると頭を下げた。

「すまなかった、アンジー。俺はメアリさんの店だけでなく、ベックや他にも沢山の人から大事な店や住み処を奪う計画に加担してしまって・・・。」

「ジムさん、頭を上げて。」

 だが、ジムは首を振って頭を下げたままだった。そして、力強く言い切った。

「アンジー、俺に出来ることなら何でもする!遅くなったが、協力させてくれ!」

  

  

  

  

  

 猫背の男は朝の市場の前で、思い悩むようにウロウロとしていた。

 そんな彼に、側を通り過ぎる人は胡散臭そうな視線を寄越してくる。その度に男は、市場から背を向け顔を隠し、余計に怪しい態度を取っている、の繰り返しだった。

  

 今日、男はキャサリンから聞いてジムを捜しに来ていた。彼女が、ジムは毎朝漁の後に市場に寄ると言っていたからだ。

 だが、顔も知らないのにどうやって捜す?

 彼女はケロッとした顔で、その辺に居る人に聞けばいいでしょ?と言った。

 男はキャサリンの顔を思い出すとイライラとしてくる。どうも、丸め込まれた気がしてならない。

 それに・・・。

 男は懐に入れたナイフを服の上からそっと押さえた。そして、溜め息を吐く。

  

 彼はキャサリンが睨んだ通り、大したことは出来ない口だけの小心者だった。

 今までも人を傷付けたことはおろか、喧嘩などもしたことがない。しかも、体も小さいときている。

 男は自分の腕っぷしには、全く自信が無かった。

 漁師と言えば、海で鍛えられた逞しい体をしているだろう。普通にやり合えば、男は簡単に負けるに決まっているのである。

 武器がナイフだけなのは心許無いが、相手は仕事を終えたばかりの漁師だ。当然、武器など持っている筈もない。

 男は覚悟を決めると市場の中に入って行った。

 そして、目に付いた魚を売る中年の女に声を掛ける。

「なあ、姉さん。人を捜してるんだが、ジムって漁師を知らないかい?」

 女は男をジロッと睨むと首をクイッと奥へと振った。

「・・え?・・この奥に・・いるのかい?」

 男は人混みで賑わう市場の奥を見ながら女に聞く。

 女はムッとした顔を崩しもせずもう一度首を振った。そして払うように手を振ると、もう何を聞いても無視をした。

「なんだあ、あの女!態度わりぃなあ。」

 男はブツブツ言いながら、市場を奥へと進んで行った。どのくらい歩いただろうか。突然、誰かが彼にぶつかって来た。

「おい!危ないじゃないか!」

 猫背の男は慌ててナイフのある腹を押さえる。何ともなっていない。彼はホッとした。

「すいませんね。わたしをお捜しだと聞いたもんで。」

 ジムが男を見下ろして、のんびりと答える。

「じゃ、お前が・・?」

 男は震えるように服の中のナイフを漁った。ジムはその手を簡単に捩じ伏せて言う。

「はい、わたしが漁師のジムです。」

 それからニヤリと笑った。

「あなたを、お待ちしていましたよ。」

  

  

  

  

  

 選挙の立候補者の最後の演説会は、快晴な祭日の午後に中央広場であった。

 キャサリンは、候補者の為に設けられたテント内の椅子に座る父親のバーク町長の側で、他の候補者の演説を聞いていた。

 今、演説中なのはバークと共に有力な若い候補者で、巧みな話術で場を盛り上げている。バークは苦虫を噛み潰したような顔で聞いていた。

 キャサリンの横には、この前も一緒にビラを配った支援者がいる。だが、その中にジムの姿はなかった。

(あの男、どうしようもなく使えないと思っていたけれど、やってくれたのかしら?)

 キャサリンはニヤリとほくそ笑んだ。

 猫背の男のことや、新しくなった建物に立ち退いた住民が優先的に入居できるという話は、全てキャサリンが勝手にしたことだ。候補者であるバークは何も知らないことだった。

  

 父が知る前に問題が一つ片付いたのだ。後はあの猫背の男だけ。こっちはとても簡単そうだ。

  

 若い候補者の演説が終わった。バークは咳払いを一つすると体を動かして席を立つ。

 キャサリンは父に声を掛けた。

「お父様、頑張って。」

 バークは頷くと壇上へと向かう。途中で候補者同士がすれ違った。

 バークが壇上へ姿を現すと大きな歓声が上がる。彼は気を良くして笑顔で答えた。キャサリンも得意気な顔で父の背中を見詰めている。

「皆さん!」

 バークは力強い声を出した。

  

 その時、

  

「町長にお聞きしたいことがあります!」

  

 突然、話を切るように大声が響いた。

  

 バークの顔が歪む。キャサリンは驚いて声がした方を見た。

「なんだね?」

 町長は不機嫌を隠して穏やかな声で聞く。

 壇上に立つ彼の前に数十名の町民がバラバラと現れた。

「これは、我々が集めた署名です。裏通りの建物を新しく建て直すという計画に反対する物です。沢山の署名を集めました。どうぞ、お受け取り下さい。」

 代表を務めるベックが一歩前へ踏み出して大声で話す。

「なんだって?」

 町長は驚くと狼狽して後ずさった。


「ねえ、何あれ?」

「町長は何故受け取らないんだ?」

 広場に演説を聞きに来ていた町民が騒ぎ始めたので、彼は仕方なく署名を受け取ることにした。バークは署名を受け取りながらベックに小声で囁く。

「君、こういう物は今でなくてもいいだろう?後にしてくれたまえ。」

「今じゃなくては、答えてもらえない!俺達にも生活が掛かっているんです。」

 ベックは町長の顔をキッと見た。

「質問に答えて下さい。今ここで!」

「何を聞きたいんだ?」

 町長は顔に苛立ちを浮かべている。

「計画のことです。わたしはある人から古い建物を明け渡した住民は、新しい建物に優先的に入居出来ると聞いたんです。」

 ベックの後ろから声がして、ジムが町長の前に出て来た。

 キャサリンはジムの姿を見て青冷める。

「誰だ?そんなことを言ったのは!」

 町長は驚いてジムを問い詰めた。ジムは町長の後方で顔色を悪くしているキャサリンを指差した。

「あなたのお嬢さんのキャサリンさんですよ。」

「何?」

 町長は目を剥くと娘を振り返る。

「今の話は、本当か?キャサリン!」

 キャサリンは青い顔をして首を振った。

「し・・知らないわ、わたし。・・そんな話。」

「こっちには、証人もいるんだよ。こいつは何でも話すそうだ。」

 ジムはそう言うと後ろを振り返り合図を送る。

 ジムやベックの後ろから、ヒョコヒョコと小さな男が出て来た。キャサリンは驚いて叫ぶ。彼女達の前に出て来たのは猫背の男だった。

「何故?あなたが!」

「ヘヘッ、スミマセンね、お嬢さん。捕まっちゃいましたよ。」

 男はヘラヘラと笑っていた。キャサリンは周囲の視線にハッとする。彼女は慌てて父親を見た。

「お父様、あの、わたし・・・」

「キャサリン、この男は何だ?知り合いなのか?さっきの話は本当なのか?全部分かるように説明しなさい!」

 バークは険しい顔をしてキャサリンに向かって叫んだ。

 演説会を聞きに来ていた町民は、突如変わった事態に付いていけず困惑して口々に騒ぎ始めていた。

 キャサリンは、彼女を見詰める視線に耐えられなくなっている。

「ごめんなさい、お父様。わたし・・。」

 キャサリンが泣き出すと、バークはやむなく問い詰めるのを止めた。

  

「町長、ではこの話はお嬢さんの作った全くの出鱈目なんですね?計画にそのような物はないと?」

 ベックが町長に詰め寄った。

「ああ、今のところは、そこまで煮詰まっていない。だが、その方向で検討しようじゃないか。約束する。」

 バークは愛想笑いを浮かべてベック達を見た。

「それじゃ、俺達は新居にタダで入れるんだな?」

「えっ?」

「だから、新居に入るのに金はいらないんだよな?」

 バークは慌て出す。彼は汗を大量に掻いて言い訳めいたことを言い出した。

「そういう訳には・・。この計画には沢山の税金と借金がかかる。入居者から家賃を取らなければ町が回らなくなる。」

「冗談じゃねえや!」

 大きな声がした。町長は青い顔をして前を向く。

「今の俺達の店を勝手に取り上げておいて、住むなら金を出せだって?ふざけんじゃねえぞ!あの店は俺のもんだぜ?欲しけりゃ先に俺達に売って下さいと言うのが筋じゃねえのか?」

 町長は力が抜けたように座り込んだ。

「だ、だが、今の町には、そのような莫大な資金は・・・。」

「だったら、こんな計画、最初からしない方がいいな!」

 誰かが大きな声を出した。それと同時に、町民達のあちらこちらから声が上がる。

「そうだ、そうだ。その方がいい!借金なんて・・」

「恐ろしいわ。勝手に住み処を奪われるなんて・・」

「ベックさんやジムさんの言う通りだよ。」

 町民のざわめきは大きくなり過ぎて、町長にはそれを鎮める力も案もなかった。

 彼はガックリと項垂れると、壇上の上に腰が抜けたように座り込んでいた。

  

  

 その日の演説会は後世に残るものになった。

 何故ならこの日の失態で、歴史あるバーク町長の一族が無名の新人に選挙で負けてしまったのだ。

  

 新しい町長はバークと選挙を争った、若い候補者に決まったのである。

  

  

  

  

  

「あら、いらっしゃい。ジムさんっ!リックさん達も来てるわよ。」

 アンジーは店に入って来るジムの姿を見付けて声を掛ける。

「母さん、ジムさんが来たわ。」

「いらっしゃい、ジムさん。来てくれて、ありがとう!」

 メアリがジムを見て嬉しそうに微笑んだ。

 ジムはメアリの笑顔を見てデレッとした顔になる。それからハッとすると、後ろを向いて誰かを引っ張って来た。

「店の前で見掛けたから連れて来た。」

 ジムの後ろから現れたのは、ずっと来店を遠慮していたベンだった。

「ベンおじさん!」

「ベン!」

 アンジーとメアリは同時に驚く。

 ベンは大きい体を小さく曲げてジムを見ると目を潤ませた。

「いいのか?ジム。」

 ジムはベンの顔に怯むとフンッとソッポを向く。

「いいも何も、俺にそんな権利ないだろ?」

 そして、今にも泣き出しそうなベンに睨みを効かせて凄んだ。

「ちゃんと結婚すんだろうな?メアリさんを悲しませるようなことをしたら、俺達ファンが黙っちゃいないぜ!なあ、みんな?」

 それから、店のカウンターを占めるメアリファンクラブの面々に笑顔で声を掛ける。「おうっ!」という大きな声が返ってきた。

  

  

「母さん、わたし、ちょっと出て来る。」

「・・えっ?どこに?」

 男泣きをするベンと一緒に泣いているメアリを置いて、アンジーは店を出る。

 何だか、照れ臭くて同じ空間に居づらくなったのだ。

 店の玄関先で振り返ると皆が笑い合っているのが見えた。

 メアリの必死の説得と、この前の演説会でのジムを見て、常連客は皆戻って来ている。店には以前と同じ活気が出てきていた。

 

 ふと、前を見るとクリスがやって来るのが見えた。「あれ?学校は?」

 アンジーが声を掛けると彼も彼女に気付く。

「ん、なんかさ。授業になんないんだ。前のバーク町長が急に居なくなっただろ?なんか学校と色々あったらしくて、癒着って言うのかな?それで校長が揉めててさ・・。」

 アンジーは意味が分からず聞き返した。

「え?何、どういうこと?」

 クリスは彼女を見ると軽く息を吐いて笑う。

「ま、とにかく学校は今、授業どころじゃないみたいだから帰って来たんだ。新しい町長が慣れる頃学校も落ち着くさ、きっと。」

「そう・・」

「それで、君は?こんな所で何してるの?店は、どうしたのさ?」

 アンジーは気まずい表情になった。

「う・・ん、店は今、ちょっと・・」

 あの、大人達の暑苦しい空気の中に居るのは辛い。

 クリスはキョトンとしていたが、笑顔を見せると提案してきた。

「ね、じゃ、どっか行かない?僕も暇だし。」

「えっ?」

 それから、びっくりしているアンジーの手を取って駆け出す。

「あそこに行こうよ。おじさんの思い出の埠頭に。」

   

   

 クリスと、手を繋いで歩くのは初めてじゃない。

 だけど、どうしてこんなに落ち着かないのだろう。

 慣れたと思えたクリスとの以前とは違う距離に、アンジーはいつまでも敏感に反応していた。

「クリス、あんた。学校どうするの?」

 アンジーはわざと平気な振りをして彼に話し掛けた。クリスのことを意識していると気付かれたくはなかった。

「学校って?」

「航海士になる為に大学に行きたいって言ってたじゃない?・・その夢は、変わってないんでしょ?」

 クリスはニヤニヤしてアンジーを見ている。彼女はムッとして顔を背けた。

「大学には行きたいよ。でも夢は変わったんだ。」

「え?」

 アンジーは驚いて彼を見上げた。

「今は水先人になりたいと思っている。そうしたら船も動かせるし、この港を離れずにいられるし・・。勿論なれるかどうか、分からないけど。」

 水先人とは港に出入港してくる船舶を船長に代わり操って安全に離着岸させる仕事だ。水先案内人とも言われ、港では資格のいるエリートの仕事だった。

 アンジーは知らず知らずに頬が緩んでくるのを感じる。クリスが更に笑みを深くして彼女を見てきた。

 アンジーは慌てて口を曲げる。

「ねえ、アンジー。今何考えてる?」

 突然、クリスが聞いてきた。

「何って、何を?」

 アンジーは胸をドキドキさせて聞き返す。クリスは溜め息を吐くとぼやくように言った。

「答えになってない。僕が聞いてることの。」

「あ、ご免なさい。でも・・・」

(何て答えればいいの?)

 アンジーが困っているのを見てクリスは苦笑を浮かべた。

  

「僕はね・・・君のことを・・考えてた。」


  

「え?」

「・・アンジーは、マックスのことを好きだった筈だよな?僕の従兄弟のマックスに会って、その気持ちはどうなったんだろう?あっちの方が良くなったのかな?」

「ちがっ、そんなことない。」

 アンジーは思わず言い返していた。クリスはまだ言葉を続ける。

「アンジーが好きだったマックスって僕だよな?じゃあ、さ、」

 彼はアンジーと繋いだ手に力を込めると彼女を見た。

「じゃ、(クリス)のことは、どう思っているんだろ?」

  

「クリス・・」

 アンジーは真っ赤になって彼を見る。

 クリスも真っ赤になって彼女を見ていた。

  

「聞かせてくれない?アンジー。」

 彼の掠れた声が彼女の心を揺らしていく。

  

「・・あんたは?どうなのよ・・・」

 彼女の喉はカラカラになっていて、まともに声が出ていない。

 

 クリスがフッと笑ったので、アンジーはビクッと体が固まってしまった。

「また、自分は答えないで聞き返してくるし・・」

 クリスはハアッと息を吐いた。彼はクシャリと髪を掻き上げると、赤い顔に真剣な眼差しを浮かべる。


   

「僕は、・・す・好き・だよ。そんなの見てたら分かるだろ?今更、何言ってんの?」

「好きって誰を?まさか、キャサリン?」

 アンジーはクリスの口にした言葉に動揺した。

  

 今、クリスが、誰かを好きだと言った?

  

「もう!いい加減にしてよ、アンジー!どうしてそこでキャサリンなんか出てくるのさ?」

 彼はそう叫ぶと、いきなり彼女を抱き締めた。強い力で腕の中にアンジーを閉じ込める。

「鈍いのも大概にしろよ!僕が好きなのは、アンジー!君だよ!」

「う・そ・・?」

「嘘じゃない!君、本当に脳ミソ入ってんの?その頭の中!」

 アンジーはカッとしてきた。随分な言い方ではないか。

「何よ?その言い方!酷いじゃない!いつもわたしを馬鹿にして!分かる訳ないでしょ?そんな口の聞き方で、わたしのこと好きだなんて信じられっこないわ!」

 クリスはアンジーの顔から隠れるように、彼女の耳元に頬を寄せる。そして小さく言葉を紡いだ。

「・・だって、君。本当に鈍感なんだもの。年上だってことも、忘れてしまうくらい妙なこと言うし。だけど、そんな、君が・・・」

  

 僕は、可愛いと思うんだ―――

  

 彼は顔を離すとアンジーの顔を覗き込んだ。

 アンジーの表情からは、怒りの感情は消えていた。

 丸くなって驚いている瞳と、彼女の赤毛のように染まった頬、ポカンと開いた唇は薄くピンクに色付いている。何て、可愛く見えるんだろう。

「本当に、ちょろいんだから、アンジーは。」

 クリスは、彼の一言で直ぐに腹立ちを消したアンジーを見て微笑む。

 彼女は、クリスの言葉に驚きのあまり呆然としているようだった。

 彼はぼんやりとして動かないアンジーの頬に、素早くチュッとキスをする。彼女の頬は柔らかかった。

  

 アンジーがハッと目が覚めたように我に返って、彼を見て怒ったように大声を出した。

「ちょっと!クリス、あんた今、何言った?」

「・・そこかよ?」

  

 彼は脱力したようにガックリすると、彼女に耳を貸せと手招きをする。彼女は素直に耳を寄せてきた。  

 クリスはそれから、アンジーの耳に内緒話をするように口を近付ける。

 そして、独り言を話すように小声で呟いた。

  

  

 ・・この次は、頬っぺたじゃなくて、口にするからね―――。

  

  

 



こんにちは。

なんとか、完結しました。終わらすことが出来て、とても嬉しいです。

拙い話でしたが、最後までお付き合い下さりありがとうございました。

また、違う話で会えましたら宜しくお願いします。


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