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第十話 許してあげる

今回で最終話を、と思っていましたが、終われませんでした。もしも、期待をされていた方がおられましたら、すみませんでした。

次回では終われると思います。多分。


   

「ねえ、君は?君はどうなの?」

 クリスは眼鏡に手を掛けると、それを外していく。

   

「マックスが誰なのか、・・・本当に、・・分からないの?」

 彼は素顔を晒して真っ直ぐアンジーを見た。

   

 アンジーは息を飲んで、目の前の少年を見る。

   

 彼女の前にはマックスが立っていた。

   

 彼女が会いたいと願った、お祭りの日に出会った男の子。

 月の精かと思った程、人間離れした綺麗な男の子。

 彼女の言ったことを魅力的な表情で笑って、一緒に祭りに行こうと誘ってくれた男の子。

 それから、偶然会った町角で水を浴びて・・・。

   

 クリスは瞼を閉じると、風で煩いように動く髪を掻き上げて押さえる。そうすると、彼の顔がはっきりと見えた。

 アンジーは振るえる手を伸ばして、クリスの顔に触れる。

 彼がハッと目を開けた。

「あんただったの?、クリス、あんたがマックスだったの?」

 アンジーは振るえる声で問い掛けた。

「・・うん」

「どうしてなの?わたしをからかって、陰で笑ってたの?」

「違う!」

 クリスは声を上げた。それから、躊躇ったようにアンジーから視線を外すと小さい声を出した。

「そ、りゃ、最初は・・チラッとからかってやろうと思ったよ。」

「やっぱり!」

 アンジーはショックだった。クリスにまんまと騙されていたなんて。

 彼女は逃げ出そうと、体の向きを変える。

「アンジー、聞いてよ。」

 クリスがアンジーの手首を掴まえて大声を出した。彼女の手は彼の顔に添えられていたので、簡単に捕らえられてしまった。

「痛いじゃない!離してよ。」

 アンジーはムッとする。

 だが、クリスは静かな声でキッパリと言った。

「痛くしてご免。でも、悪いけど、離す気はないよ。」

「なんですって!」

 アンジーが真っ赤な顔をして怒ると、彼は頬を緩めて微笑を浮かべる。

 アンジーはドキンと胸が鳴った。

 クリスの笑顔は心臓に悪い。彼女は何も言えなくなる。ずるいと思った。彼の素顔を見てると、調子が狂ってしまうのだから。

「だって、手を離すとアンジー逃げちゃうだろ?仕方ないじゃないか。」

 クリスは彼女の動揺を知ってか知らずか、笑顔のまま近付いて来る。

「頼むから、最後まで聞いてくれないか。何も初めから、からかうつもりだったわけじゃないよ。それに元はと言えば、」

 クリスは溜め息を吐いて言った。

「元はと言えば、君が勝手に誤解したんだろ?」

「何よ!わたしのせいだって言うの?あんたが本当のこと言えばいいだけでしょ。」

 アンジーは本気で腹が立ってきた。クリスの顔になんか誤魔化されてたまるか。

「それは、そうだけど。まさか君が本気で間違えてるとも思えなくて。直ぐに気付くと思ったんだけど。」

 彼は、顔をポリポリ掻きながら照れたように言う。

「調子に乗って色々言っちゃったから、僕だとバレたらヤバいと思ってさ。君、絶対怒っただろ?」

「当たり前よ!」

 アンジーの正に怒っている顔に、クリスは苦い顔で笑った。

「ねえ、アンジー。」

 彼はフッと下を向いた。

「何よ?」

   

「どうしても、許せない?僕のこと。」

「う・・・。」

 クリスは下からすがるような目でアンジーを見てくる。そんな顔をされると、彼女はどうしたらいいのか分からなくなってしまうのに。

「ずるいわ!クリスは。」

 アンジーは彼に一言、言わずにはいられなかった。クリスは、キョトンとしている。まるで子犬みたいに、澄んだ瞳で彼女を見ていた。

「もう!いいわよ。馬鹿!許してあげるわよ!」

 彼女は結局根負けしてしまった。何となく納得いかないが勝てるはずもなかった。

「・・ちょろいね、アンジーは。」

 クリスが小さい声で何かをボソリと言ったが、彼女には聞き取れない。

「何か言った?」

 彼は眼鏡を掛けながらニヤリと笑った。

「何も。許してくれてありがとう、アンジー。」

   

   

「それにしても、どうしたらいいと思う?」

 アンジーは大きく息を吸うと、横のクリスを仰ぎ見た。 

「町長の計画のこと?」

「そう。」

 二人は同時にがっくりと俯く。少し浮上していた気分がまた沈んだ。

 自分達はまだ子供だ。こんな大きな計画に太刀打ち出来る力など、到底持ち合わせていない。

「取り敢えず、力を合わせるしかないよな。」

 クリスが難しい顔をして呟いた。

「力を合わせるって?」

「町長の演説を聞いた時、メアリ母さんと同じようにショックを受けている人は結構いた。て、ことは対象者は意外に多いんじゃないかな。だから、その人達全員と手を組むことが出来れば大きな力になると思うんだ。町長だって無視は出来ないよ。その中には有権者も含まれているからね。」

   

「そうね、やってみる価値はあるわね。」

 アンジーは自然に笑みが出てくる。こんな事態なのにクリスの言葉に勇気付けられ、不思議なことにワクワクしてきていた。

「僕達子供が言っても、相手にして貰えないこともあるかも知れないな。父さんとメアリ母さんにも話して協力してもらわなきゃ。」

 彼女の胸に、ある人物が浮かぶ。

「他にも協力して貰う適任者がいるわ。」

 クリスがアンジーを見詰めて目を細めた。

「あの、キャサリンと一緒にビラを配ってた人だな?」

「そうよ、漁師のジムさんよ。」

 アンジーは悪戯を思い付いた子供のように、目を輝かせて笑った。

   

   

   

   

   

 ジムは今朝もメアリの店の近くで、彼女の食堂を覗いていた。

 明日は止めよう、もう行かないようにしよう、前日にはいつもそう思うのに自然に足が向いてしまう。

 運がいいと表に出て来て掃除をするメアリの姿が見られる。大抵その仕事はアンジーの受け持ちなので、滅多に無いことだから余計に嬉しい。そんな小さな幸運が、今のジムには癒しになっているのだった。

   

 今朝はメアリの店は珍しく閉まっている。

 本来なら当然オープンしている時間だが、こんなことは初めてではない。

 いつだったか、朝店に来たら開いてないことがあった。あれはそう、あの祭りの次の日だ。店の前で心配した常連客達がワイワイやっていた。

 あの時ジムは、いつものメンバー達と、祭りの時のメアリとベンの話をしていたっけ。

 皆とてもショックを受けて、以降この店に来なくなった者も多いらしい。

「結構、みんなメアリさんに本気だったのかもな。」

 ジムも勿論、凄いショックを受けた。

 しかし、彼はあの後も彼女が気になって仕方なかった。

 客が減って困っていたりしてないか?突然ジム達が来なくなったことを気にしているのではないか?

 面と向かって会う勇気はなかったが、遠くから様子を見るぐらいなら彼女も気付かないだろうし。そんな思いで日課のように店を覗いてしまうのだった。

   

 暫く経ってもメアリの店は開く気配もない。

 昨日のバーク町長の演説のせいで、お店を開ける気になれないのかも知れない。

 町長の計画を知ってメアリは衝撃を受け、今にも倒れてしまいそうだった。彼の顔を裏切られたとでも言うように哀しい目で見詰めていた。

 ジムは長い溜め息を吐く。メアリにあんな目で見られるのは辛い。彼の選択は間違っているのか?

 いや、今は彼女も混乱していて分からないだろう。だが、この計画の全てを知った時、きっと町長に感謝するはずだ。その時には、ジムに対する誤解も解けるに違いない。

 ジムは立ち去ろうと振り返る。

 彼の前に顔馴染みの酒屋の主人が立っていた。

   

「ジムさん、あんた、どういうつもりなんだい?」

 主人は恐い顔をして彼を凝視している。

「どうしたんだ、ベックさん。」

 ジムは怯みながら聞く。ベックには、いつもの愛想の良さはどこにも無かった。

「昨日の町長の計画のことだよ。あんたはうちの店で酒をよく買っていくお得意さんだろ?うちの店が無くなってもいいって言うのかい?」

 ベックは興奮して怒鳴り込んできた。

「ベックさん、落ち着いてくれ。」

 ジムは宥めるように主人に言う。彼はやや怯えていた。

「これが落ち着いていられるかってんだ!俺は真面目に商売をして来たんだぞ。あんた達海や港で働く人達の為に安く商品を提供していく。俺は金持ち相手に店をやっている訳じゃない。そりゃ店はちいとばかし汚いかもしれないが・・」


 ベックは泣きそうになっていた。彼はジムの肩をガシッと掴んで叫ぶ。

「あんたのツケだって待ってやってるだろ?俺は売り上げよりも人情を大事にしてるんだよ。自分の仕事に誇りも持っている。あんたはこっち側の人間じゃないのか?金持ち達の手先になりやがって!俺達から大事な仕事を奪うのかよ!」

 ベックはジムに抱きついて大声で泣いた。彼らの様子を通行人が見て通り過ぎて行く。

 ジムはベックの肩を優しく叩いた。

「・・本当、落ち着いてくれよ、ベックさん。そんな悪い話じゃないんだよ。」

 ベックはピタリと泣くのを止めてジムを見た。彼からは剣呑な雰囲気は消えている。

「・・どういう意味だ?」

 ジムは安心したように苦笑いを浮かべた。

   

   

   

   

   

「・・つまり、ジムさんは悪い話じゃない、と言ったんですね?」

 クリスは眼鏡を外すと、ベックの目を覗き込むように見詰める。彼の少女のように美しく整った顔がむき出しになった。

「ああ、詳しいことはまた町長に確認してくると言っていた。」

 ベックは、クリスの視線に戸惑うように目を泳がせている。クリスは彼の顔に更に近付くと、至近距離からじっと熟視した。ベックの顔は、ほんのり赤くなる。

 ふむと頷くと、クリスは眼鏡を掛けて彼から離れた。

「嘘はついていないようですね。何故目が動くのか分からないけど。」

「お前が直ぐ近くから、その顔でじっと人の顔を見るからだろう!」

 ベックは憤慨している。

 だがクリスは、彼の抗議など聞こえないようで何かをじっと考えていた。


 ベックがクリスから解放されて、アンジーの側にこっそりやって来た。

「ベンの息子があんな顔してたなんて、俺は知らなかったぜ。アンジー、知ってたのか?」

「わたしも最近、知ったとこ。」

 アンジーはヘヘッと笑う。

「何と言うか、恐ろしく迫力があるぜ。あれは大人になったら親父とはまた違った男前になるな。」

 ベックは頭をポリポリ掻くと、アンジーを笑いながら肘で付いた。

「何よ、ベックさん?」

 アンジーは怪訝な顔をする。

 ベックはニヤニヤ笑って彼女を見てた。

「だぁからな!しっかり捕まえとかないと持って行かれるって教えてやってるんだ。好きなんだろ?」

「すっ?!」

 アンジーは驚いて大声が出た。顔は真っ赤に染まっている。

 彼女の方に視線が集中した。

「そこ!何、こそこそ勝手な話をしてるんだよ。今は大事なことを話し合ってるんだろ?」

 クリスの怒った声が飛んできた。アンジーは小さくなる。恥ずかしくて心臓がドキドキしていた。

「また、難しい奴を好きになっちまったな。この中で一番年下の子供のくせに大の大人を仕切ってるんだぜ。アンジー、色々と大変だろうが頑張るんだぞ。」

 ベックが憐れみの視線を浮かべて、彼女の側から離れていく。アンジーの胸の動機はなかなか治まらなかった。

    

 ここはアンジーの食堂のフロアだ。今日は一日お店を臨時休業にして会議を開いている。

 昨日の夕方アンジー達は、メアリとベンに自分達の考えを話した。二人はその足で直ぐ行動に出る。彼らは早速近くの商店主達に声を掛けて、賛同者を集めて回った。

 そして今日、アンジーの店に集まり、今後のことを相談していたのである。

 顔触れは色々だ。商売をしている者だけじゃない。

 この通りに住まいのある者や商店を贔屓にしている客など、皆真剣な顔でこれからのことを心配していた。

 商店の主人は今日は店を休みにして来ている。今は商売よりも皆で団結して、この問題にあたろうというのが全体の一致した考えだった。

 そんな訳でアンジーの小さな食堂は、集まった多くの人々の熱気でとても賑わっている。

   

「悪い話じゃないと言うけど、このビラにはそんなことは何も書かれてないわよ。」

 アンジーの店の三軒隣にある雑貨屋の女主人が、ビラを見ながら不思議そうに話した。

「そうなんだ。それでジムもおかしいって言ってた。何故そのことを言わないんだろうって。」

 ベックが彼女の顔を見て応える。

「それは、どんなことなんですか?」

 クリスがまた彼に近付いて行った。ベックは慌てて大声を出す。

「ああ、何でもジムが聞いたのは、新しい建物に俺達を優先的に入れてくれるってことらしいんだ。」

「ええっ?」

「本当なのか?それは、」

「本当だったら、確かにいいことだわ。」

 部屋にいた者は口々に騒ぎ始めた。その声はどんどん大きくなっていく。

 ベックが聞いたジムの言葉はそれだけ魅力的なものだった。

 アンジーは不安になってフロアの中央に立っているクリスを見た。

 騒ぎはおさまらない。

 クリスのすぐ横に座っていたメアリが騒ぎを鎮めようと立ち上がりかける。

   

「待ってください、皆さん!冷静になってください。」

 突然、クリスの声が響いた。ざわめきの中でも彼の声はよく通った。

 大きな声で話し合っていた商店の主人や住人が一斉に話を止め、クリスを怪訝な顔で見ている。

「皆さんのおっしゃる通り、今の話が本当のことだったら確かに悪い話じゃありません。寧ろ、いい話だと思います。」

 クリスは穏やかな声で言葉を紡いだ。

「ですが、考えてもみてください。どうして町長は、そのことに演説やビラで触れてこないのですか?この通りの人間だって有権者は大勢います。なのに、その人達を切るような話を何故最後までしてたのでしょう。」

 アンジーの店にいた大人達は黙って彼の話を聞いていた。

 まただわ。アンジーは思った。クリスは人を引き付けるような話をする。

 彼の声は耳に心地よく、嫌味でない時の話し方はあくまで静かで心にストンと入って来るのだ。

 あの時とは、少し状況が違うけど。この店の食事を食べて、病気になったと言った男が来た時のことだ。だがあの男達でさえ、クリスの言葉を最後まで聞いていたのだ。

「僕はこの話は、ジムさんを仲間に引き入れようとした人物が、口から出任せを言ったものではないかと思っています。勿論、確証はありませんが話が出来すぎています。とにかくジムさんが確認を取ってくれると言うのなら、それを待ちましょう。」

「でも、そうは言っても、ねえ?」

「町長の計画に下手に反対して、新しくなった所に入居出来なくなったら困るじゃないか。」

 しかし、住民の不安気な声が再びあちらこちらから聞こえ出し、騒ぎはまた大きくなる。

 クリスは困ったように話している人達を見ていた。彼は再び口を開き掛ける。

「皆さん・・」

「おい、お前ら。」

 ベックがいきなり立ち上がった。そして驚いているクリスを指差すと大声で叫んだ。

「俺らの半分も生きてないようなこんな坊主が冷静に判断しようと言っているのに、いい大人の俺達が動揺して訳が分からなくなってどうするんだ?ジムの話を出した俺が言うのもなんだけどさ。」

 彼の言葉を聞いた住民達はお互いの顔を見合せる。それから苦笑を浮かべて笑い合った。

「ああ、全く、お前が言い出したことだぞ。」

「まあ、確かにジムの言うことを鵜呑みにするのも、なあ?」

「そうね、ジムさんの確認を待ちましょう。」

 

 不安を口にしていた住民達も落ち着きを取り戻したようだった。

 ベックはクリスを見てウインクをするとニッと笑う。クリスはホッとしたようにベックを見て微笑んだ。

 アンジーはそんな二人のやり取りに胸を撫で下ろす。メアリも安心したように椅子に深く腰掛けた。

 その後、皆の関心は選挙の日までにどう動くかに変わる。誰かが署名を集めて町長に直接陳情してみては?と提案し、その運動に取り掛かることが決まった。

 この地区のお客さんは主に港で働く人達だ。そちらから集めていくことになり解散となった。

   

「わたしは明日から張り切るわよ。」

 メアリが鼻息荒く言う。

「何を頑張るの?店を?」

 アンジーはキョトンとして聞いた。

「違うわよ!そりゃ店も頑張るけど。明日の朝からはジムさんや、リックさんとか以前よく来てくれたお得意様に、もう一度来店して貰うために頑張って頼みに行くの。」

「母さん・・。」

「だから、アンジーも協力してね。」

「うん!」

 何も言わなかったけど、メアリなりに彼らのことを気にしていたのだ。

 彼らの心を取り戻すのは難しいかもしれないけど、母を助けて頑張ろうとアンジーは思った。

   

   

   

   

   

 ジムは港町最大の表通りにある建物の前にやって来た。この中には町長の事務所がある。以前、町長の娘のキャサリンに連れられて来た所だ。

 その時、ジムは町長の計画を聞いた。

 彼女はどこから聞いたのか彼が以前はメアリのお得意さんで、今は店から離れていることを知っていた。

 開口一番、キャサリンはメアリの食堂のことを聞いてきた。

「あなたもあのお店で嫌な目に合われたんでしょう?色々と噂は聞いてるわ。」

「いや、特に嫌な目には合ってないよ。あの店は安くて旨い定食を出す、いい店だけど・・。」

 彼女はジムの返事に満足出来ないのか、ムッツリとした表情になる。

「じゃあ、どうして今は通ってないのかしら?嫌な目に合ったからじゃなかったの?」

「・・それはね、お嬢さん。店が悪いんではなくて、おじさんの方に原因があってね・・・。」

 ジムがモゴモゴ言うと、キャサリンは苛立ったように小声でぼやいた。

「人選、間違えたわね。」

「え?」

「何でもありませんわ。」

 彼女は打って変わって愛想よい笑顔を見せた。ジムは面食らう。

「実はですね。父は今度の選挙で町長になった暁には素晴らしい事業計画を立てているのです。」

 彼女はスラスラと話し出した。ジムは知らないがそれは営業トークと言われるものだった。彼は彼女に圧倒されて一言も口を挟めない。

 そこで彼女に、この計画がどんなに素晴らしいか、こんこんと説得されたのだ。そして彼が、計画が実行されたらそこに住んでる人や商売をしている人はどうなるのかと聞いたら、彼女は目を閉じて少し考えると言った。

「ご心配なく。新しい建物に優先的に入居できます。」

「じゃあ・・メアリさんも?」

 キャサリンは少し眉を寄せたが、自信たっぷりに頷いた。

「はい、新しい建物で商売を再開することも可能ですわ。」

「本当に?」

「ええ。」

 町長の娘はにっこり微笑んでいる。まるで父親の秘書のようだ。

 だからジムは、この素晴らしい計画のお手伝いをすることを決めたのだ。

 それじゃなかったら、選挙なんて正直どうでもよかった。彼はどちらかと言えば、今の町長のバークには良い印象がない。

  

  

「あれ?キャサリンお嬢さんじゃないですか。」

 ジムは建物に入ろうとして、隅の方でまるで人目を避けるように立つキャサリンの姿を見付けた。

「あ、あら。ジムさん、今日はどうしたの?」

 彼女は彼を見て酷く驚いている。慌てたように入り口に向かって歩き出した。ジムは後を追い掛けて行く。

「いや、ちょっと、聞きたいことがあったんで、・・今から事務所に行かれるんですかね?わたしもご一緒して・・」

 キャサリンは彼がついて来るのに気付くと、驚いたように立ち止まった。そして辺りをキョロキョロ見回している。とにかく落ち着きがない。

「あの、お嬢さん?」

 ジムはキャサリンの不審な動きに思わず声を掛けた。

「ジムさん、今日はちょっと大事な来客があるのよ。またの機会にしてくれないかしら。」

 キャサリンは苛立つように早口で捲し立てる。

「え?あ、はあ・・」

「とにかく、今日はごめんなさいね。では、また。ごきげんよう。」

 彼女は挨拶もそこそこに、建物の中に小走りで消えて行く。その姿はとても狼狽していて不自然だ。

 ジムは呆気に取られて彼女が消えた後を見ていた。

  

「折角、来たのにな。何だってんだ?」

「怪しいね。」

「本当、本当!」

 彼の声に被さるように二人の人物の声がした。

「全くだ・・・えっ?!」

 ジムは目を丸くして横を向く。

 彼の隣には険しい顔のクリスと膨れっ面のアンジーがいた。

「・・お前ら、・いったい・・いつ・から?」

 ジムは気が動転して言葉が出て来ない。アンジーが胸を張って答えた。

「ジムさんが来る少し前からよ。隣の郵便局と建物の間の隙間に隠れていたの。」

「な・な・な・何でだ?」

「それは後でご説明します。それより、早くこっちへ。」

 

 クリスがジムとアンジーを急いで郵便局の方へ引っ張って行く。二人は強引に建物の間に押し込まれた。先程までアンジー達が隠れていた場所のようだ。

「ちょっと、クリス!痛いじゃないの!」

「しっ!」

 クリスはアンジーの口を掌でふさぐ。

 その時、三人の前を一人の男が通り過ぎて行くのが見えた。

「あいつは・・」

 クリスが小声で呟く。

 アンジーも男を見た。背の低い猫背の男だ。男は周囲を睨むように見ながら歩いている。機嫌がとても悪そうだった。

 彼女もあっと思い出す。

(あの時の・・・。)

   

 忘れたくても、忘れられない。

 

 それは、アンジーの食堂で食事をして腹痛を起こしたと、役人を連れて文句を言いに来た男だったのである。


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