第弐話 始まり
「そう言えばさ。」
「何?」
「佳織は言霊師をしてるっていったじゃない?具体的にはどんな仕事なの?」
そうねえ、とその細い人差し指を口元に当てながら佳織は言葉を組み立てている。しかし両眼は前を見つめたままだった。
「日本人は言霊を信仰している民族なの。少なくともこの帝国では。言霊っていうのは人が発した言葉に宿る感情のない精霊みたいなもので、人によっては自由にそれを使える。その中には生まれつきだったり、訓練で使えるようになったりするのもいるけどね。言霊師はその言霊を使ってこの世の森羅万象を操作して仕事をするの。基本的にこれと言った内容はないわ。殆どが政府からの命令なんだけどたまには一般の人からも仕事がくるの。例えば――――」
「例えば?」
「お祓いとか幽霊退治みたいなのとかかな。特に四番街や一番街は鬼やら神様やら向こうの日本では眼に見えないものがたくさんいるからね。――――――あ、もうすぐ私の家よ。」
飛鳥は佳織が指差した方向を見た。そこには高層マンションが建っていて、やはりそれもレトロな雰囲気を醸しだしていた。内側からは明かりが暖かく漏れていて見ているだけで冬の寒さが消えていきそうだった。
吹雪が少しずつ高度を下げる。先程とは反対に街とういう『箱』に詰め込まれた建物が段々近くに見えてきた。次第に佳織のすむマンションの看板に書かれた文字が鮮明になってくる。
「はい。ご到着〜♪」
吹雪は『四番街マンション 華陽』と書かれた看板の前に降り立った。その際には4本の脚の周りに小さなつむじ風が巻き起こり降り立つ様は鳥の羽のようだった。
「ご苦労様。」
微笑みながらそう言うと、佳織は吹雪の頭を優しく撫でる。吹雪は気持ち良さそうに眼を閉じるや否や、自らを風と一体化させて再び月に照らされている夜空へ飛び立った。
「あっという間に夜になっちゃったね。」
緋色の両眼で飛鳥は空を見上げた。月明かりに照らされて普段の混じりっ気の無い黒髪は銀色に輝いている。
「明日は学校あるの?」
軽く伸びをしながら佳織は尋ねた。
「ううん。だって今日中学の卒業式だったし。まあ高校に上がってもおんなじ学校だけどさ。それはどーでもいいとして―――――」
早く春になんないかなあ、と飛鳥もまた伸びをした。
「じゃ、部屋行こうか。」
今日は早く寝よ、と言いながら歩き出す佳織に飛鳥は着いていった。
「ああやっぱりお風呂って最高〜♪」
ドライヤーで乾かした髪を自慢げにブラシで梳かしながら飛鳥は言った。
元来彼女はお風呂に入ることが好きだった。風呂上りのさっぱり感は自分の悪いものが全て流れていったような感があるからだ。
その時飛鳥はふと髪を梳かすのをやめ、
「ねえ佳織。」
「何かしら?」
「この国で太平洋戦争ってあったの?」
「あったわよ。だけど日本が負けたわけじゃないの。簡単に言うと最初は日本が優勢だったんだけどアメリカが段々盛り返してきたわ。当の日本も負けるわけには行かないからそりゃあもう頑張ったわね。向こうの日本と近代からは似たり寄ったりでも根本は違うからね。神風特攻隊はあっても南京大虐殺はなかったり――――――。それでいろいろしているうちに戦争が膠着状態になって結局は講和したわ。今となっては持ちつ持たれついい関係ってところね。」
「じゃあ日米安全保障条約もないってこと?」
「そういうことね。」
じゃあ、在日米軍もないのかなあ、と飛鳥は思ったが聞くのをやめた。
「明日は仕事あるの・?」
代わりにそう尋ねた。
「え〜と二つぐらいあったような・・。」
記憶を掘り出すように佳織が答えた。
「ホントッ!?あたしも行きたーい!ねえっ、良いでしょ?」
幼児のように無邪気に飛鳥はおねだりをする。彼女にとっておねだりは久しぶりだった。本当に欲しいものは自分で何とかしたし、いつもおねだりをする相手――――――例えば自分の両親―――がいなかったからだ。
そんな飛鳥の心境を知ってか知らずか佳織は苦笑しながら
「じゃあ明日は早起きね。服は・・・・今着てるみたいな私ので良いかしら?」
「うんっ!」




