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ダークサイトのならず者 ~西部劇風味~

作者: ヒヤ

 熱く乾いた風が砂や埃を舞いあげながら吹き抜けて行く。じりじりと照りつける太陽が地上に晒された水分をすべて奪ってしまうこの土地では、大地はカラカラに乾き切って痩せ細り、辺りに見える緑はサボテンを初めとする僅かな樹木ぐらいだ。

 そんな荒野に人知れず存在するならず者たちの町、『カウレゾン』。この町から出ていこうとする者は少なくないが、訪れるものは若く愚かな賞金稼ぎばかりだった。

 彼方に浮かび上がる陽炎の中に揺らめく影が一つ。熱い一陣の風が吹き抜ける。その風とともに町に現れた一人の若き男の姿がそこにはあった。


 『バー・ドロップアウト』。そこでは『カウレゾン』のならず者たちが昼夜を問わずたむろし、酒を酌み交していた。その名の通り、人生の落伍者たちの吹き溜まりである。また情報交換のための社交の場でもある。今日も『バー・ドロップアウト』では賞金稼ぎの男たちがこそこそ囁き合う、あるいは見るからに屈強な男たちが自らの冒険譚を針小棒大に自慢し合いながら豪快な笑い声を響かせる、そんないつもの光景が繰り広げられていた。

 黒光りするトゲトゲの肩パットを着けた筋肉隆々とした男がいつものように過去に狩った賞金首との激しい闘争の顛末を手振り身振りに語っていた。彼がここからサイコーだぜぃと声を張り上げようとした瞬間、バーの入り口のウエスタンドアをキィと押して入ってくる者があった。なんだよと不満を隠そうともせずに肩パットの男が振り返るとそこには若い男の姿があった。バー・カウンターからは逆光で男の姿は見えず、ウエスタンハットを被ったやや華奢で小柄なシルエットのみがカウンターの男たちの目に映った。誰だテメェ、どこからかそんな声が聞こえた。カウンターの男たちは誰もが似たようなことを考えていた。こんな華奢な男など誰も見覚えがなかったのだ。

「よぅ、お邪魔するよ」

 飄々とした口調でそう言い放った若い男にカウンターの男たちの敵意のこもった視線が一気に集まった。

 肩パットの男が怒りに肩を震わせながら立ち上がった。

「おいテメェ、見ねぇ顔だな。新人か? このギルンペンツァー様の話の邪魔をしようたぁいい度胸じゃねえか、あぁん?」

 凄みを利かせながら威圧する肩パット。しかし若い男は動じた様子もなくなおも飄々とした様子で余裕たっぷりに答えた。

「あぁ、ほんとに邪魔しちまったかこりゃ失礼」

 男たちの視線を集めながらもまるで気にした様子もなく、若い男はそのまま空いていたカウンター席に腰をついた。

「よぅ、譲ちゃん。なんか邪魔しちまったらしいからな、こいつにラム酒でも飲ましてやってくんねえか? ほれお代はこれで頼む」

 ポケットから無造作に出した一枚のコインを若い男はキザったらしく指で弾いてカウンターの中にいる若い娘に渡す。娘は慌てながらもなんとかコインをキャッチする。それを見た娘は目を丸くした。それはこんな小汚い酒場では滅多にお目にかかれない綺麗な金貨だった。

「は、はい。すぐお持ちしますっ」

 そう言ってあたふたと動き始める娘に若い男は頼むぜと軽口を叩いた。

 と、そのとき激しい音をたててカウンターが鳴った。怒りに身を震わせた肩パットがその巨大なかいなでカウンターを打ちつけたのであった。つまみを盛った皿はひび割れ、倒れたジョッキのラム酒はカウンターの端からゆっくりと零れ落ちていった。

 静寂が支配する。

 先に口を開いたのは若い男の方だった。

「世紀末だねぇ……」

 やれやれと肩を竦ませるその姿に場内の男たちが唖然とした。肩パットの男はこめかみに青筋を立てて怒り狂っていた。

「……おい、あんまりスカした態度取ってんじゃねぇぞ。……死ぬぞ?」

 そのとき場内の男たちは若い男の死を確信していた。こうなってしまった肩パットことギルンペンツァーを止めることなどできないことは誰もが知っていたからだ。場内の三割の男がギルンペンツァーとともに怒りに震え、二割がこの場で若い男が死ぬと予想し、残り五割が数日後に惨死体が町の広場に晒されるだろうと予想した。しかしその中にも冷静に状況を静観する者の姿もあった。酒場の奥で一人ラム酒を傾けたその男は、目深にかぶったウエスタンハットの奥の鋭い眼光で静かに場内を見渡していた。

 ギルンペンツァーが腕を振り上げたそのとき、若い男は音もなく立ち上がった。否、立ち上がっていた、というべきか。場内の二十近くの男たちが見ていたにも関わらず、その誰もがその若い男が立ち上がる瞬間というのを見ていなかったのだ。それはまるで瞬間移動したかのようで、誰もが自らの目を疑った。

 と同時に男たちが目を見張ったのは若い男の奇妙なポーズだった。内股の両足は両膝をくっつけていて『X』を描くような形で、腰は斜め後ろに尻を突き出すような形にくねらせ、胸を突き出すようにして反った上半身と真上に向けた顔の口当たりに添えたピンと伸ばしきった右手は、まるで朝を告げるニワトリの咆哮を模しているようにも見えた。左手はギルンペンツァーに向けて真っ直ぐに伸びており、その指はラッパーが「YOー」とでもしているかのように三本指を使った歪な形を象っていた。

 場内の男たちはそれがこの若い男の見栄を張ったつまらない挑発の類だろうと思い、振り上げたギルンペンツァーの剛腕によってこのふざけた男は叩きつぶされるだろうと思った。ある者はそれを嘲笑し、ある者は囃したてようとした。しかし彼らは気付いた。自分がそうはできないことに。彼らは若い男の奇妙なポーズに魅入られるように目を向けたまま背けることも、動くこともできなくなってしまったのだった。ギルンペンツァーも腕を振り上げた格好のまま固まっていて、その豪腕が振り下ろされることはなかった。

「ダークサイト、舞踏……」

 奥に座った男が一人そう呟いたが、それを耳にしたものは誰もいなかった。

「よぅ、どうだい気分は」

 若い男は相変わらずの軽口でギルンペンツァーに話しかけた。

「……ま、返事なんて期待してないけどな」

 とそこで若い男はその奇妙なポーズを解いた。その途端に場内の男たちが我に返ったように動きを取り戻し、動揺した声を上げる。彼らを無視して若い男はカウンターの娘を急かす。

「ほら、旦那がお待ちかねだよ。ラム酒」

 茫然としていた娘は少し遅れて自分に言われたのだと気付き、はい、と小さく叫ぶように言ったかと思うと慌ててジョッキを手にした。

「オレの奢りだよ。飲みな」

 若い男がそう椅子を指すと、一人固まったままのギルンペンツァーがぎこちなく椅子に腰かけ、出されたジョッキを左手で受け取るが、右手は今だに振り上げたままの状態で硬直していた。

 場内の男たちが見守る中、ギルンペンツァーがラム酒を飲み干すと、若い男がパチンと指を鳴らした。それを合図にギルンペンツァーが身体の自由を取り戻したのか、猛然とした勢いで若い男に掴みかかった。

「何をしやがった、テメェ!」

 若い男はやれやれと首を竦める。

「なんだ、酒じゃ足りねえのか? ……しゃあなしだ。喧嘩なら受けて立つぜ?」

 その細腕で驚くほどあっさりとギルンペンツァーの手を振り払ったと思うと、若い男はまたもや瞬間移動のように唐突に酒場の真ん中に躍り出た。

「ほれ、ついでだ。まとめてかかってきな」

 若い男が場内に目を遣ると、いきりたった男たちが次々に立ち上がった。ヒューと若い男の口笛が鳴った。


 勝負は圧倒的だった。ギルンペンツァーをはじめ場内の半数ほどの男たちが若い男に立ち向かっていったが、そのいずれもがその身体に触れることも叶わなかった。若い男はただ奇妙に腰をひねらせ、あるいは奇妙な顔で周囲を見渡し、あるいは両足を驚異的な速度で動かした。自らの足を『X』や『◇』、『Z』の形に、ときに『§』や『@』の形などに自在にしかも超高速で変化させるという意味のわからない離れ業を彼は平然としてのけた。その周りで、ある者は腕を抑えつけられるように床に伏し、ある者は奇妙な形に縛り上げられるように宙に浮き、ある者は「ひでぶ」とか「あべし」とか断末魔をあげて吹っ飛ばされた。その奇声をあげた者たちは揃いもそろってギルンペンツァーとお揃いのトゲトゲ肩パットを装着していた。たぶん仲間だったのだろう。

 足が『X』だと身体の自由が奪われ、『◇』だと床に組伏せられ、『Z』だと宙に舞った。若い男がときにあげる奇妙な鳴き声らしき音は聞く者に絶望的な気分をもたらし、彼の首が鳥類を思わせる不自然さで動いた先ではトゲトゲ肩パットの男が世紀末的断末魔とともに吹き飛んでいった。

 その他にも若い男は奇妙な動きをその流れるような全身の動きの中に組み込んでいたが、それぞれにどんな意味や効果があるのかは誰にもわからなかった。作者にもわからなかった。

 呻き声をあげて床に転がる男たちの中心で気持ち悪い音をたてながらあり得ない身体の動きを惜しげもなく披露する若い男の姿がそこにはあった。そこはまるで彼のためだけに用意されたステージのようでもあり、地獄絵図とはこのような光景を言うのではないかとカウンターの中の娘は一人驚愕していた。

 やがて倒れ伏し呻き声をあげる男たちの中で、そこに立っているのは若い男とギルンペンツァーの二人きりとなった。

「テメェ、なんだその奇妙な術は」

 セリフの内容に反し、ギルンペンツァーの顔はにへらにへらと無邪気な子どものように微笑んでいて、娘や周囲の男たちは吹き出しそうになるのを堪えるのに必死だった。

「知りてえのか? まァ、教えてやらないこともねぇぜ」

 そうキザにもったいつけて言う若い男の尻は一定の場所に止まることを知らず、まるで魔法陣を描くかのように複雑にかつ繊細に動き続けていた。

「もと遠い東の島国で発達したダンスだったものが他国に広まり、某国で戦闘用に利用されることを目的に開発された秘儀中の秘儀だ。その秘伝を知る者はもうこの世界にも数えるほどしかいないという指定絶滅危惧ダンシングぅ。対戦闘用と称される唯一にして最強の舞。それがこの……」

 若い男の腰がさらにそのスピードを増しもはや常人には見えないほどに激しく揺れた。それは繊細にかつ情熱的であり、その熱情の中にも冷静なハートや明日に向かう勇気も忘れてはいない。と同時に過去から目を逸らさない強い心と意志を持ち続けることを心に誓った若くして成熟しきったような青春の瞬間の輝きを濃縮したようなきらめきをも惜しむことなく発散していた。

 まさにそれは奇跡のような光景だった。このような光景が現世に現れることは一つの奇跡であるとその場の誰もが感じざるを得ないほどに悪魔的で悪夢的だった。それを目にした周囲の者たちの心の中には一人の例外もなくこんな言葉が浮かんでいたという。

 …………これは酷い。

 そして男の尻がついっと高く吊り上がったかと思うと、最高の高さを維持してついに停止した。

 そして若い男がおもむろに口を開く。

「……ダークサイト舞踊だ」

 最高点を維持した若い男の尻からぷっと音が漏れた。

 ならず者の町『カウレゾン』において後世まで語り継がれるヒーロー誕生の瞬間であった。

まず謝罪をしようと思います。

あらすじ読んでまともな冒険物かと思って読まれた方、本当にすみませんでした。騙されて読んでみて欲しいという作者の勝手な希望からあまり前書きで警告とかしたくなかったのでこういう形にしました。でもジャンルやタグを見ればきっとわかったはず……。

なにはともあれ最後まで読んで下さってありがとうございました。


是非是非気軽に感想など残して行って下さると嬉しいです。

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[良い点] こんにちは。 作品の方拝読させて頂きましたので感想です。申し訳ありませんが酷評です; 作品の良さ…を見付けようとしたのですが、文章が目茶苦茶でいまいち分かりませんでした; >と同時に過…
2011/05/30 01:37 退会済み
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