プロローグ
どうして?
涙は既に枯れ果てているはずなのに、瞳からは止めどなく涙が零れる。
幸せだと、思っていた。
愛する人に出会えたことも、その人の子どもを授かったことも。
身寄りのない私が、ようやく持てた家族。
そして、あと数週間で生まれてくる命。
寂しさと隣り合わせだった私を、愛で包んでくれた人。
数時間前に落とされた唇の感触も、はにかむように「いってきます」と言ったその声も。
何もかもが私の幸せの象徴だった。
それなのに。
神様は残酷です。
呼び出された私の目の前に広がる光景は、なんなのでしょう?
「・・・間違いありませんか?」
遠慮がちにかけられた言葉に、私はすべての感情が壊れる音が聞こえた。
「・・・どうしても手が離れなかったのです。奥様にはお辛いでしょうが・・・」
誰よりも、何よりも、私を大切にしてくれた夫の隣には、美しい女性。
まるで二人で天国に旅立つことに、この上ない幸せを感じているかのような・・・穏やかな微笑み。
二度と開くことのない瞳でも、きっとそれが夫と同じ色をしているだろうということがわかる。
美しいひと。
「原因不明の爆発に、お二人は巻き込まれて・・・救急隊が駆け付けた時には、すでに二人ともお亡くなりでした。即死だったと思われます。」
「公園で、一緒に歩いていらっしゃったようです。立ち止まられて、抱き合われた瞬間、白い光に包まれ・・・爆発が起きたと・・・」
二人の警察官の方の声が、遠くなる。
私は、赤く染まる彼の手を見ていた。
私と対になっているはずの指輪が、そこにはなく。
ただしっかりと、見知らぬひとの手を握りしめていた。
愛されていると、思っていた。
けれど、それは、嘘だったの?
ガクガクと震えだす体を支え切れず、私は壁に寄りかかる。
ひんやりと冷たく硬い壁が、私を突き放す様に押し返す。
「奥さん?」
「うっ・・・・っ・・・・あ・・・・」
確認を、と言われ、私は口を押さえて首を振る。
これは現実の出来事なの?
誰か、お願い。
嘘だと言って!
『愛しているよ。どんな時も、僕はツキノと一緒だよ』
彼の言葉が、私を満たしていたのに。
他には何もいらないと、彼と、私に宿る命と、それだけで私は幸福だと思っていたのに。
嘘だったの? と訊ねることも、嘘つき! と罵ることも。
私にはできない。
それでも、あなたが他の誰かを愛していたとしても、生きていて欲しかった。
そう叫ぶ私の心は、もう壊れてしまうのだろう。
私は、愛する人と、私の信じていたすべてを――― 一瞬で失った。