①
長い髪の毛を片手で後ろに回すと、ヘアオイルのフルーティーな香りが車内に広がった。
タクシーの窓から見える道は人で溢れていた。店の窓には『ゴールデンウィーク』の文字が大きく掲げられている。
バッグからスマートフォンを取り出し、画面をつけると周囲が明るくなった。新しい通知には何も表示されていない。
息を吐き、スマートフォンをバッグにしまった。
事務所の前で降り、ビルを見上げると、窓が太陽の光を強烈に反射していた。
撮影を終えてメイク室に戻った。
「詩織さん、今日はこれで終わりです」
双葉のペットボトルを差し出す手に力が入っていた。
「ありがとう。お疲れ様」
「長かったですね。大丈夫ですか?」
双葉が顔を近づけた。
「大丈夫よ。心配かけてごめんなさい。もう大丈夫」
「そうは言いますけど。詩織さん頑張り過ぎちゃうから」
吹き出した。
「先生からも同じことを言われた」
「先生ですか?」
双葉は首を傾げた。
「あ、病院にかかってるんですか?」
「いえ、違う先生。安心して」
双葉は首を傾げたまま、口を尖らせた。
事務所を出てタクシーに乗り込む。行き先を伝え、メッセージアプリを開いた。画面には二十六日の日付と「中森照彦です。よろしくお願いします」と表示されている。
信号が赤になり、タクシーの前をたくさんの人々が移動していた。
スマートフォンには白い棒線が文末に留まり点滅している。手が膝に落ちた。
ホーム画面には「18:00」と表示された。短いメロディが鳴り、スマートフォンに「中森照彦」の文字が表示された。
「うわっ」
「どうしましたー?」
タクシーの運転手が低い声で聞いた。
「あ、いえ、大丈夫です」
シートから軽く腰を浮かせ、また座った。
『お忙しいところごめんなさい! 報告したくて』
写真が数枚添付されていた。子どもたちと一緒に写る照彦と、粘土の作品の数々。追加のメッセージが届く。
『例の授業の作品が完成しました! みんなとても気に入っています。詩織さんのおかげで大成功です』
指で唇を押さえた。前の座席に取り付けられたモニターには広告の映像が流れていた。
指が画面をスライドする。
『ご報告ありがとうございます。みんなとても素晴らしい作品ばかりで感動しました。少しでもお役に立てたなら嬉しいです』
送信ボタンをタップすると、すぐにメッセージが送られてきた。
『またシーグラスを拾うときにはお願いします!』
口から笑い声が漏れた。
『もちろんです。その時はあのTシャツを着て伺います』
今度は画像が送られてきた。メモ用紙に鉛筆で描かれたクラゲのTシャツ。その下には手書きで「クラゲ愛好会」と書かれていた。
「うれしい」
「どうしましたー」
ルームミラーにはタクシーの運転手の目が映っていた。
「いえ、大丈夫です」
素早くスマートフォンの画面を下に向けた。窓の景色は線となって通り過ぎていった。




