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事後

扉を開けた時、意外にも眩しさは感じなかった。

部屋の中はそれなりに明るかったし、第一、五感への刺激に目くじらを立てる様な精神状況ではない。


「……出られましたね」

「……はい」


共に部屋を出た彼女は、俺のすぐ横で小さく頷く。顔を見る事は出来なかったが、それはきっと彼女も同じだろう。流れる沈黙は、気まずさを通り越した緊張感を孕んでいた。


緩やかに目を瞑る。

艶やかな黒髪、紅潮した白い肌、小刻みな吐息。そして、押し殺した嬌声。

思い返すのはあまりに不埒で失礼極まりないと分かっていても、つい先刻の数時間が止めどなく脳内を駆け巡る。

激しく頭を振り、俺は意を決して彼女に向き直った。


「あのっ……さ、向原(さきはら)さん」

「うぇっ!? なっ、何でしょう……?」


中空の窓から差し込む陽光に照らされた彼女の頬は、未だ微かに紅い。思わず息を呑んだ後、深々と頭を下げる。


「学校を出たら、そのまま最寄りの交番に駆け込んで下さい」

「……はい?」

「そこで、あの部屋での事を克明に伝えて下さい。そこの壁に記憶が飛ぶまで頭を打ち付けたら、俺も遅れて行きます」

「ちょっ、ちょっと待って下さい。何の話ですか!?」


壁に両手を突き、思い切り仰け反る俺に向原さんは駆け寄る。


「来ないでください向原さん!今から海馬を破壊するんです!」

「つまり即死じゃないですか!命を粗末にしないで!」

「俺は、貴方を汚した只の性犯罪者です。早急に記憶と生殖機能をぶち壊して、法に則り焼き払われなければならない!」

「そこまで物騒な国に生まれた覚えは無いですよ!いいから落ち着いて……っ」


向原さんは俺の腰を掴み、全霊をもって体を引き剥がす。勢い余って二人同時に尻餅をついてしまう。再び壁に伸びた俺の手を、彼女は力強く握り込んだ。


「……聞いて下さい、桐峰きりみね君」


そのまま、彼女は握った手を自分の胸元に当てる。


「初めは、手が触れただけで怯えていました。初対面でしたし、私は異性が苦手でしたから」

「さ、向原さん?」

「あの不思議な部屋で、どれだけの時間が過ぎたかは分かりません。とても永い間、話をしていた気がする。お陰で、随分とあなたの事を知れました」


視線は下げたまま。虚空に揺蕩う様な吐息混じりの声が、色素の薄い唇から溢れる。


「……手が触れただけで、安堵してしまう程度には」


指先から鼓動を感じる。その速さを、皮膚から伝わる温度を、微かに乱れた衣服の理由を、いくら己を咎めても忘れられない。


頭上でチャイムが鳴る。グラウンドに面した扉の向こうから、俺たちを呼ぶ体育教師の声がする。


漸く気付いた。この空間は、俺達が通っていた高校の体育館だ。


俺達は、まだ高校生だ。


一体、俺達は何日……いや、何年間……


「なげーーーーーよ、お前ら」


主観と客観の齟齬に気付いた矢先、背後から幼い声がする。


振り返ると、小さな女の子が立っていた。彼女は金色の長髪を靡かせて、呆れた様な声色で言う。


「どうだい?百年ぶりの三次元空間は」

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