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05.熊皮のベルセルク

 北欧の戦士ベルセルクは、語源として熊berの衣sarkを意味することから、熊と結びつけられる。ただ実際に戦士たちが纏っていた狼の毛皮とは違って、実際に熊の毛皮を纏っていたわけではないようだ。

 しかし兜飾りに熊の意匠を持たせたり、たびたび熊を意味するビョルンという名前が与えられたり、戦いの際に熊のように咆哮をあげるなど、戦士と熊との関わりは深い。

 また守護霊的なポジションとして、熊の霊魂を連れていたり、熊の姿を幻視することもあるが、このとき熊の守護霊は、王族の血統と結びつけられる。

 ほかに北欧神話の中で、フェンリルを拘束したグレイプニルの素材として熊の腱が使われている。これは他の素材──猫の足音や女の髭などから見て、熊の足には腱が無いと考えられていたことを示している筈だが、意味は明瞭でない。



 こうした聖性を持つ一方で、熊は狩猟の対象でもあった。熊が家畜や農民を襲うためである。北欧では頻繁に起きた出来事のようで、フィンボガ・サガやエギルのサガにあるように懸賞金がかけられることもあった。

 熊には火や騒音を嫌う性質があると思われていたので、熊を見かけた羊飼いたちは熊がいなくなるまで角笛を吹き続けたが、犠牲になることもあった。


 平時の熊狩りは主に秋口から冬場に行われる。狩人たちは犬を連れていき、その挙動から熊の居場所を推し量った。

 巣穴まで追跡するか、起きていれば巣穴まで追い込んだり網で囲い込んだ。白熊であれば冬であっても起きていることはあった。


 狩猟には槍や斧、剣が使われた。例えばヘイムスリングラのオーラヴ・トリュッグヴァソンのサガでは、シグル・エイリークソンが木こり用の斧を両手で振って熊の脳天をかち割っている。またグレティルのサガでは、グレティルが剣で熊の足を切り払い、格闘の末に熊の心臓に剣を突き立てている。

 16世紀の作家オラウス・マグヌスは、石弓による熊狩りに触れる。また釘のついた棍棒を蜂の巣の上に設置して、蜂蜜を獲ろうとする熊を罠にかけて殺すという。

 生かして捕らえるときには網を使うが、秋の熊狩りでも熊を取り囲んで狩るときに使った。


 討ち取った熊は、そのまま運んで持ち帰ることもあったし、その場で携帯している熊用のナイフを使い、足を切り取って毛皮を剥ぎ取ることもあった。


 北欧の北の果てでサーミ人は冬に巣穴から炙り出して熊を狩った。彼らは熊肉を食用にしたし、熊の毛皮を纏うこともあった。またサーミの族長はノルウェーの君主に熊の毛皮を税として納める決まりがあった。



 捕らえられた熊はペットにされた。また熊踊りを披露するのに使ったり、車輪を回して井戸水をくみ上げるために使われた。熊踊りには子熊が必要なので、まず母子熊を狩り、母熊を殺して子熊を獲得する必要がある。そして子熊を熱した鉄板の上で跳ね回らせ、そのときに調教師が音楽を奏でることによって、やがて音楽を聴くやいなや条件反射的に踊るようになるという。調教師は熊の毛皮を着ていた。

 また熊は貢物でもあり、生きた白熊はローマ皇帝フリードリヒ2世やイングランド王ヘンリー3世、デンマーク王スヴェン1世らへ献上されている。


 北欧では熊肉を食べることもあったようだ。煮たり焼いたりする様子が、古エッダのヴェルンドの詩やガウトレクのサガに見られるほか、熊肉を食べる描写はサガにいくつも見られる。塩漬けにして保存することもあったし、人間を襲った熊さえも食べた。

 毛皮はうまく切り取って利用していたが、骨は残して埋葬された。

 毛皮はスヴェアランドの湖沿いにある交易町で加工されて海外に輸出されるほか、床に敷いたりもするが、冬場の狩人などは身に纏うこともあった。イーゴリ軍記によればキエフ大公スヴャトスラフ1世は眠るとき、いつも熊の毛皮に包まっていたという。


 白熊の毛皮は最高の贈り物とされ、ノルウェーの国王たちから王侯や修道院へ贈られた。例えばクロイランド・クロニクルなどによれぱクヌート王は白熊の毛皮12枚をイングランドの修道院から受け取ると、様々な聖堂の祭壇に提供しているし、エギルのサガでもハーラル1世に熊の毛皮が献上されている。


 ピエトロ・クエリーニの旅行報告書では、トロンハイム大聖堂で白熊の毛皮を見たと書く。北欧の修道院では、熊の毛皮は慣習的に教会の祭壇の敷物に使われていて、ミサを行う司祭が(※冬の寒さを凌ぐためとして)熊の毛皮の上に立ったり、悔恨した罪人たちが熊の毛皮を着せられて教会に連れて来られたりした。クヌートが白熊の毛皮を修道院に提供したのもその慣習によるものだろう。

 そしてその慣習のために戦士たちは毎年誓いを立てて冬の熊狩りを行った。戦士たちは教会で熊皮(※あるいはそのほかの獣の毛皮)と蠟燭を交換してミサに参加した。

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