雨の駅で
ホームに立つと、小雨が傘の上で弾け、灰色の駅は静かに震えている。
「……もう行くのか」
俺の隣に立つ幼馴染の颯は、濡れた髪を指で払い、俯いたまま答えない。雨音だけが、二人の間の沈黙を満たしていた。
子どもの頃、この駅の片隅で秘密基地を作ると約束した。廃材で屋根を組み、落ち葉で床を敷いた。雨が降ると屋根は漏れ、土の匂いが混じった。あの日、俺たちは笑いながら「大人になってもここに戻ろう」と誓った。
「覚えてるか?基地のこと」
「もちろん。でも、あの頃の俺たちじゃ、もう作れないな」
颯の声には、少しの笑いと、ほんの少しの切なさが混ざっていた。俺も同じ気持ちだ。
電車が遠くでゴォッと唸る。進学のため、俺は東京へ行く。颯はこの町に残る。距離は友情を試すには十分すぎるほど長い。
「行く前に、ひとつ約束してくれ」
颯は真っ直ぐに俺の目を見つめる。
「何だ?」
「大人になっても、友情は終わらせないって」
簡単な言葉なのに、胸が熱くなる。俺たちは何度もけんかをし、何度も笑い合った。でも、友情はこうして確かめ合わなければ、不安になる。
列車のベルが鳴った。車両が滑り込む。
「じゃあ……また、基地を作ろう」
「うん。必ず」
電車のドアが閉まり、俺は颯から少しずつ遠ざかる。その背中が小さくなるにつれて、幼い日の誓いが色濃く蘇った。
車窓越しに、颯は手を振っていた。俺も全力で返す。
雨はやみ、灰色の駅に光が差し込む。友情は、形を変えてここに残ったまま――俺たちの未来を、そっと見守るかのように。
電車が視界から消えた後も、駅のベンチには颯の笑顔が残っていた。あの日の約束と、未来の約束を抱えたまま。