第2話 予選
七福神決定戦の地方大会(予選)当日。
肥やしの香り漂う田舎町の畑が決定戦会場である。
赤・青・白。色とりどりのトラクターが、殺風景な土に花を添える。
町の人口よりもはるかに多い見物客が、客席を埋め尽くす。
のどかな田園風景に似つかわしくない巨大スクリーンが聳え立つ。縦30メートル、横50メートルの画面には、出場する女神のプロフィール映像が流れている。自分の“推し女神”が紹介されたのだろう。信者らしき観客から歓喜の声が上がった。
畑を取り囲むように、タコ焼きなどの屋台が立ちならび、お祭り気分が味わえる。
七福神グッズを販売する屋台もある。弁財天の店だ。
現役の弁財天みずから店頭にたち、熱心に呼び込みをかけている。
何を売っているのかと思えば、福神漬けだった。
弁天抱き枕なる品も扱っているようだが、特別なグッズらしい。
福神漬けを100キロ購入すれば、抱き枕を1万円で購入できるとのこと。
抱き合わせ販売ということだ。抱き枕だけに。
誰が買うんだよ……。
耕司の予想に反して、福神という名の100キロの漬物は、飛ぶように売れていた。
“七福神に入ることができれば、自身のグッズ販売でウハウハです!”
ふと、耕司は受付嬢の言葉を思い出していた。
賑わいをみせている会場の傍らに、千代里の対戦相手の姿があった。
髪をだんご状に結わえた女神『小龍』だ。
中国から参戦したらしい。ミニスカートタイプの白いチャイナドレスの背中には、陰陽の刺繍が施されている。
それなりに知名度があるのだろう。客席から彼女の名を呼ぶ声が飛び交っている。だが、彼女の耳には届いていない様子だ。
試合開始時刻が近づくと、スクリーンに『15分前』の文字が映し出される。
シャオロンの瞳に小さな梵字が表出すると、160センチほどの身長が1メートル前後に縮む。
女神は戦闘モードに入ると体に変化が起こる。身体能力が爆発的に向上するため、防具なしでも充分に戦える。
シャオロンに対し、千代里に変わった様子はない。
神々の力をよく知らない耕司にでも理解できた。いまにも消えてしまいそうな弱弱しい千代里には勝ち目がないと。棄権という文字が耕司の脳裏をよぎる。だがしかし、闘志を湛えた真っ直ぐな千代里の瞳をみると、逃げるという選択肢は耕司から消え去った。
覚悟を決めた耕司は、屋根に千代里を乗せたトラクターでスタート位置へと向かう。
エンジン音がざわめきと喝采の混じった歓声のなかに飲み込まれた。
試合開始まで1分を切ったころ。スクリーンに『七福神決定戦 地方大会 弁財天部門 1回戦』の文字が映し出される。
続けて、主催者の場内アナウンスが響いた。
「各勝者には、2人乗りの宝船が贈られま~す!」
七人乗れないのかよ! と、会場のそこかしこからヤジが飛ぶ。
微妙な放送で、耕司は少し落ち着いた様子だ。カウントダウンが始まったことを確認すると、切っていたトラクターのエンジンを始動させる。
スクリーンに『試合開始』の文字が浮かぶと同時、シャオロンが先に動く。
すこし遅れて耕司のトラクターが走り出した。
互いのトラクターの速度は20キロに到達。
両者がすれ違う寸前、シャオロンのヤリが千代里に迫ってくる。
千代里は自身のヤリを放り投げると、シャオロンの繰り出したヤリの穂先にしがみついた。
え? コアラ?
相手のヤリにくっついた千代里の姿を、耕司は思わず2度見する。
千代里とシャオロンを乗せたトラクターは、そのまま走り去ってしまった。
いやいやいや。どうなるのこれ?
トラクターから落ちてないからセーフだよね?
高速で繰り出されたヤリの先っちょに抱きつけるなんてすごいよね?
千代里は駄女神じゃないよね?
耕司は自問自答しながら、トラクターを反対側まで真っ直ぐに走らせる。
どよめきと笑いが渦巻くなか、巨大スクリーンに『審議中』の赤く大きな文字が明滅する。前代未聞の事態に、主催者は審議を余儀なくされた。
――試合中断から5分が経過。
「おもしろかったから、今のはノーカンで!」
主催者らしからぬ軽いノリのアナウンスが響いた。一応は全能の神である。全能とは、全くやる気のない能天気な神の略らしい。
女ストのルールを全く理解していない千代里に説明し、耕司は2走目の準備を始めた。
1走目と同様、開始の合図と共に両者のトラクターが走り出す。
先手を取ったのは、やはりシャオロンだった。
「神技、天部創造!」
2台のトラクターがすれ違う5メートルほど手前で、シャオロンが叫ぶ。面積の小さいトラクターの屋根で高速移動を始めると、偽シャオロンが3柱現れた。
神技と彼女は言うが、ただの高速反復横跳びである。面積の小さな屋根で器用に動き回る。
「だんご四兄弟……」
理屈を理解していない様子の千代里は目を丸くしている。千代里にはシャオロンが4柱に見えているようだ。
「適当でいいから相手をド突いて!」
千代里が動いていないことを察知した耕司が、屋根に向かって声を張る。
シャオロンの微妙な技に見入っていた千代里がヤリで突く。シャオロンの乗るトラクターの横っ腹をド突いたヤリは、木っ端みじんに砕け散った。
シャオロンは好機を逃さない。彼女の繰り出したヤリは、千代里の腹部を捕えた。火薬の爆ぜるような音と共に、ヤリの破片が飛散する。
千代里はトラクターの後ろに大きく吹き飛ばされ、放物線を描きながら宙を舞う。その姿はまるで空飛ぶコアラ。直後、千代里は柔らかい土に顔面からダイブした。この瞬間、千代里の1回戦敗退が決まった……。
両者の奮闘を称える拍手が、会場のそこかしこから沸き起こる。しかし、耕司の意識には届いていない。血相を変え、身動きをしない千代里の許へと駆け寄った。
千代里の様子を見た耕司は、ただ慌てるだけでどうすることもできない。助けを求めようにも、会場に知った顔はひとつもない。
「落ち着け少年!」
白いキツネを模したお面をナナメに被る少女が、5センチの歩幅で耕司に歩み寄る。
炎のような真っ赤な長い髪をリング状に束ねた変則型のツインテール。
羽織った黒い着物の隙間から、胸に巻いたさらしを覗かせる。
少女の周辺にソース臭が漂っているのは、青のりを掛け過ぎてゴルフ場みたいになったお好み焼きを手に持っているからだ。
あわわ、ちわわ……。
泡を吹きそうなチワワと言いたいのか。
言葉にならない声を発する耕司。
「いいから落ち着けってば!」
1メートルという自身の体より遥かに長い三叉槍を地面に突き刺すと、お好み焼き少女は、耕司の額に軽くグーをお見舞いする。
「青のり星人? え? キミはだれ?」
耕司は真っ赤な髪の少女にむけて、マヌケな質問を飛ばす。
「だれだチミはってか? ボクは毘沙門天さ」
「え? びしゃもんの天ぷら?」
いまだ冷静さを取り戻せない耕司は、頭の中で毘沙門を油で揚げてしまったらしい。
「ちっげぇよ! 神さまをエビ天みたいに言わないでおくれよ。でさ、いまこのチビっ子が神? とか思ったでしょ? これでも500歳は軽く超えているんだけどねぇ。おっと、かつて流行ったロリババアじゃないからね! まあ、その話しは今度ってことで」
毘沙門天と名乗る少女が口を開くたび、ソースの臭いがほとばしる。
「千代里が半透明になってるんだけど……」
千代里は1ミリたりとも動かない。呼吸は浅く、間隔も短い。
耕司は不安そうな表情で千代里の小さな体を抱き起す。
「その様子だと、この子から何も聞いてないようだね~」
信仰する者がいない神は消滅するんだ。ひとこと告げると、毘沙門天がさらにつづけた。
頭の中に『?』を浮かべながら、耕司は毘沙門天の言葉に耳を傾ける。
千代里は無名の神。現世に出現して100年あまり経過しているが、信者は皆無だ。
信仰する者のない状態が長く続くと、神は消滅してしまう。
千代里はすでに限界を迎え、この世から消えかけていた。千代里に残された猶予はわずかだったのだ。
「うん、まだ時間があるようだね。チヨリンを救うためにヒントをあげよう。この子が祀られているお社を探して、お供えをするんだ」
「お供え?」
耕司はアゴに指をあて小首をかしげる。
笑みを浮かべる毘沙門天の口から見える歯には、青のりがいっぱい。
信じていいのか? 青のりパラダイスなこの神を。
「これさ。ご利益もテンコ盛りだから持っていきな。神さまはなんでも知っているんだぜ! ウシシ」
含み笑いをする毘沙門天が、『こってり500種の野菜ジュース』を耕司に手渡した。
なんでまた、お供えものが野菜ジュースなんだ?
千代里を毘沙門天に預けた耕司は、頭の中を青のりと野菜で一杯にしながら決定戦会場を後にした。




