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第1話 歩幅3センチの少女

 恵比寿・大黒天などの七福神は、100年に一度開催される『七福神決定戦』により選抜される。


 まずは、47都道府県で行われる地方大会《予選》を勝ち抜かねばならない。

 ご当地七福神(予選の勝者)が決勝へとコマを進めることができるのだ。


 地方大会の舞台となる田舎町では、ちょっとした盛り上がりをみせている。


 世界各地から名高い神々が集結しつつあるなか、七福神決定戦に挑もうとする少女がいた――。


                   卍


 花粉の混ざった春の風が吹く田舎町を、和服姿の少女が歩幅3センチでゆったりと歩く。

 肩まで届く艶々の黒髪をパールピンクの髪留めで結わいている。

 小振りのツインテールを左右に揺らしながら、少女は公民館に臨時で設置された受付へと向かった。


 人の気配を察知した様子の受付嬢。音はすれども姿は見えず。

 受付カウンターよりも背が小さい少女の姿は、事務作業に没頭する受付嬢の視界に入っていないようだ。怪訝そうな表情を一瞬だけ浮かべると、すぐに仕事を再開した。


 少女の身長は1メートル。小さな体を一心に伸ばす。

 普段は引っ込んでいる頭頂部のアホ毛(20センチ)を発現させた。

 身の丈120センチとなった少女は、自身の存在をアピールする。


 受付嬢の視界にチラチラと入り込む少女の頭頂部(アホ毛)

 少女に気づいた様子の受付嬢は、内側からカウンターの下あたりを覗き込む。


「あら、神さまでしたか。七福神決定戦のお申し込みですか?」


 受付嬢の問いかけに、神と呼ばれた少女がコクリとうなずく。

 木製の真新しいカウンターに泥まみれの草履でよじ登る。


「こちらに記入をお願いします」


 受付嬢は、決定戦参加申し込み用紙を少女に手渡した。


 少女はカウンターの上で正座をすると、自身よりも遥かに大きいすずりを、着物の袖から取り出した。

 墨汁をたらし、筆に墨をつける。

 少女は自分の顔に黒い丸を描こうとするが、受付嬢に全力で阻止された。

 アホ毛は、勢いよく頭に引っ込んでしまった。テンションが著しく下がったらしい。


 しばし、少女は考え込む。

 再度、自分の顔に黒い丸を描こうとするが、やはり受付嬢に止められた。


 思考すること5分あまり。筆を使って文字を書いたことがない少女は、受付嬢に渡されたボールペンで記入するのだった。


「これでいい」


 少女が満足げにつぶやく。

 気分が高揚しているのか、少女の頭頂部からアホ毛が顔を出した。


「希望する部門は、お間違いないですか?」


 七福神決定戦は、恵比寿・大黒天・毘沙門天など計七部門に分かれている。

 参加者(女神)は出場する部門を事前に申請する必要があった。部門に偏りがでた場合、人数調整を行うためだ。また、誤記入する(ボンクラ)がいるため、受付嬢は確認をとったのだ。


「寿老人。地味。これでいい」


 少女は、人気のなさそうな部門(寿老人)を希望したようだ。

 だが、受付嬢の表情は冴えない。


「今回は寿老人部門への申し込み者の数が多いようで……」


 なで肩をさらに落とす少女を不憫に思ったのか、受付嬢は少女の先回りをして言葉をつけ加える。


「福禄寿部門も難しそうです。今回は特別にお教えしますね!」


 受付嬢は少女に向かって片目をまばたいた。

 女性からウィンクを貰うのが初めてらしい少女は、頬を赤くした顔を俯かせる。


「恵比寿、毘沙門天、大黒天は人気のようです。比較的、空きがあるのは弁財天、布袋尊部門ですね。神さまなら弁財天がお似合いかと思いますよ?」

「それでいい」


 千代里は、出場できれば部門にこだわりはないようだ。


「弁財天部門への申し込みに変更しておきますね」

「感謝」

「確認のため、神様のお名前を頂戴できますか?」

千代里ちより。116歳。特技はハシビロコウのマネ」

「動かないことで有名な、あの鳥のことですか?」


 受付嬢は、例の鳥を想像しているようだ。顔を引きつらせながら、千代里を見やる。


「動かない鳥。マネしてみる」

「ハシビロコウのマネは結構ですので。お願いですから瞬きをしてください……」


 千代里は、ある意味男前な面相で受付嬢をガン見する。

 最高のモノマネを披露すべく、呼吸と瞬きをガマンしている。


「アホ毛を出したり引っ込めたりする芸のほうがウケると思いますよ。名付けて『アホ芸』というのはどうです?」


 笑っちゃダメ……。

 受付嬢は後ろを向いて肩を小刻みに揺らす。

 軽く咳払いをすると、千代里に向き直る。


「七福神決定戦(地方大会)は初めてのご参加ですね?」

「はじめて。ガンバル」


 千年前から始まった七福神決定戦は、100年に一度行われ、何かしらの競技で勝敗を決める。

 第1回は大食い大会。

 直近の大会である第9回は、のど自慢大会だった。今で言うカラオケバトルだ。


 千代里は前回(100年前)の大会は不参加だった。

 自身の歌声は、ちょっとヤバイという自覚があるらしい。

 信者の何人かが逃げたという噂がある。


「決定戦で行う競技などはご存じですか?」

「しらない」


 チラシの見出しだけを見て参加を決意した千代里は、開催日時・大会規定など全く把握していない。


「今大会の予選で行う競技は、(ジョ)ストです」


 七福神決定戦は時代に合わせて変化している。

 節目を迎える10回目は『ジョスト(馬上槍試合)』なる西洋発祥の競技で争うことになった。初めて横文字カタカナが導入された記念の大会である。


 ジョストとは、欧州で広く行われた騎士による一騎討ちである。馬に乗ってお互い突進しヤリなどで戦う。

 中央に壁が設けられ、競技者はそれぞれ左右から走り、すれ違いざま、手にした武器で相手をたたき落とす。


 此度こたびの決定戦の参加資格は“女神のみ”ということから『女スト』と呼ばれる。女のストーカーではない。


「お馬さん持ってない」

「いえ、馬には乗りません。女ストではトラクターを使います」


 ルールは元となったジョストと同様だ。

 人間が操縦するトラクターの屋根に女神が乗る。

 互いが向い合ってトラクターで走り、壊れやすいヤリを用いて敵を地に沈めるのだ。


「ところで、神様。パートナーはいらっしゃいますか?」

「いない」


 競技には女神と人、二人一組で参戦する必要がある。

 信者など皆無の千代里にパートナーはいない。

 大会規定に全く目を通していない千代里に、イヤな顔ひとつしない受付嬢。

 表情ひとつ変えない千代里。もはや、どちらが女神か分からない。


「トラクターが準備できないようでしたら、こちらで用意します。大会の参加費と、トラクターのレンタル料が必要ですけど、今日はお持ちですか?」


 お供えもので飢えをしのぐ千代里にとって、5千円+レンタル料の出費はかなり痛い。だが、無理をしてでも参加したい理由が千代里にはあった。

 

「ある」


 千代里は首から提げた巨大なガマ口財布を受付嬢に手渡した。

 自信あり気な千代里とは裏腹に、財布は申し訳なさそうに大口を開けた。


「だいぶ足りないようですが……」


 500円玉しか入っていない財布を見た受付嬢が苦笑する。


「正式登録は保留にしておきますね。パートナーが見つかったら、またおいでください。できれば、トラクターを用意できる方を探してくださいね」

「また来る」


 仮登録を済ませた千代里は、(はや)る気持ちを抑えつつ、歩幅3センチで外に出る。


 1回戦で敗退してもいい。せめて顔と名前だけでも知らしめようと考えていた。

 千代里の名は、世間にまったく知られていない。名声をたかめ、信者を獲得しようと七福神決定戦への出場を決意したのだ。


 一部の著名な神を除いて、ほとんどの神はド貧乏である。信者からのお布施、お供え物などに頼るという、おんぶに抱っこ状態だ。

 無名の女神である千代里も例外ではない。マイホームという名のやしろを持つことや、自身のグッズ販売でウハウハ状態など、夢のまた夢。

 生活費? は自力で稼ぐ必要がある。


 なにはともあれ、共に参加してくれる人物を探さねば。

 神技(モノマネ)を披露して参加費を稼ごうと、千代里は4センチの歩幅で公園へと向かった。


                  卍


 世間は休日とあって、公園には多くの人が訪れている。

 ジョギングをする人。

 犬に引きずられ、どちらの散歩か分からない人。

 鉄球をぶつけて股間の鍛錬をしている禿頭の老人。

 鍛える箇所は頭皮だろ! と、中学生がツッコんでいる、そんな面白い光景に目もくれない千代里は、ひとりの少年に照準をあわせた。

 

 千代里は歩幅3センチで歩いてくると、ぼんやりと蒼穹を眺める16歳くらいの少年の前に立つ。

 先ほど購入した缶飲料『こってり500種の野菜ジュース』をあおると、話しかけてほしそうに、千代里は少年をじっと見つめる。


 アホ毛を出したり戻したり。ちょこまかと動く千代里の姿は愛らしい。ジャンル的にはロリッ子美少女部門に入るだろうか。


 そんな千代里(少女)を見た少年の警戒心は、すぐに吹き飛んだ。


「どうしたの?」


 変態と勘違いされないよう、少年は極上の笑顔を作った。


「これに出たい。おカネない。神技みせる。おカネかせぐ」


 ぎこちない口調で千代里が返す。この間、千代里はアホ毛を伸縮させている。

 そそくさと、七福神決定戦の開催告知チラシを少年に手渡した。


「そっか。なにか芸をして稼いでるんだね」

「ハシビロコウのマネ。さっき300円もらった」


 少年に会う前に千代里が神技というモノマネを披露して得たお金だ。実際は30円である。握った手を開き、3枚の10円玉を見せつけた。


「他に何か芸はできるの?」

「私のあたま」


 千代里は己の頭頂部を指さし、得意のアホ芸(アホ毛の出し入れ)を披露する。


「わかった! 筆記用具のマネでしょ!」


 アホ毛が頭頂部に勢いよく吸い込まれる様子に、少年は自信に満ちた表情で叫んだ。ノック式ボールペンを思い浮かべたのだろう。


「掃除機のコード」


 千代里は、コードが掃除機本体に吸い込まれる様を再現したのだ。

 眦に涙をためた千代里は、顔面をシワくちゃにしてみせる。別の神技(モノマネ)に切り替えたようだ。


「それはなんのマネ? いや、怒ってるワケじゃないよ……。わかった! おじいさんのマネ?」

「おじいさんのタマ袋」

「そっちかいっ!」


 大人しそうな少年と少女のやり取りを見て、近くを通りかかった人がクスクスと笑う。

 ロリ美少女が下ネタを繰り出すこの状況は、マニア垂涎のプレイかもしれない。だが、少年は恥ずかしさのあまり、顔から火を噴き、頭頂部がバクハツしそうだった。 


「いますぐやめなさい! 女の子がそんなこと言っちゃいけません!」

「ダメ? おじいさん。タマ袋。シワない」


 千代里は、タマからシワシワを取ったらしい。千代里の顔からも数本シワが取れている。


「シワを伸ばしてもダメだから! お願いだから瞬きして! というか、そのアホ毛を引っ込めて!」


 相も変わらず、千代里は瞬きをしていないし、息もしていない。出入りするのは頭頂部のアホ毛だけ。千代里のアホ毛は、すでに1メートルを超えている。

 千代里の顔に寄ったシワが一層強化され、ウメボシ顔へと変貌した。


「ウメボシを食べたパグみたいな顔はヤメなさい。マユゲが繋がってるじゃん!」


 小学生くらいにしか見えないウメボシ顔の少女を放っておく訳にはいかない。本当の変態に誘拐されでもしたら一大事だ。

 少年はチラシに一瞥くれると、中高校生御用達『ナイロン製のサイフ』をズボンのポケットから取り出した。マジックテープをビリっと剥がし、サイフの中身をあらためる。


 ゲームソフトを買おうと思ったけど……。

 少年は一瞬思いとどまり、目の前に佇む少女の顔へと視線を移す。

 千代里は眦に涙を溜めて、少年をジっと見つめている。


「ごめんね。わるいけど、お金は貸せないや」


 悪い大人にオカネを集めてこいとか命令されてるのかな。

 いやいや、いまどきそんなマッチ売りの少女的な話しなんてないよね。

 でも、さすがに放っておけないよな……。


「5千円は僕が貸してあげるから」

「のろしを付ける。たたき返す!」

ケムリ(のろし)はいらないって。できれば熨斗(のし)をつけて。あと、叩き返さないで普通に返して……」


 少年の言葉が耳に届いていない千代里は、興奮気味で「ふんす!」と鼻から息を吐く。

 恩人ともいうべき少年の手を引っ張り、千代里は嬉々とした面相で受付会場である町内会館へと向かうのだった。


                   卍


「あら、神さま!」


 受付嬢は、巨大ヒマワリのような笑顔で千代里たちを迎え入れる。千代里の横にいる少年の姿を確認した受付嬢は、どこか嬉しそうだ。


「え? キミは神さまなの?」


 少年の問いかけに千代里が黙ってうなずく。

 まさかと思いながら、少年が受付嬢を見やると、全力で首を縦に振っている。


「証明する。口を動かさないでおはなしできる」


 自信があるらしい。千代里は得意気な表情だ。


「もしかして、直接心に訴えかけてくるテレパシー的なやつ?」


 期待値の上がった様子の少年が千代里に視線を当てるも、自称神さまは無言。神技(かくし芸)は、すでに始まっていたようだ。

 なぜか苦笑いをしている受付嬢。

 少年もまた同様の顔をしている。


「試しに神様キミの自己紹介をしてみてよ」


 少年の言葉に、千代里は無言でコクリとうなずく。


「アナタのなまえ、『畑田耕司はただ こうじ』。16歳。高校2年生のドーテー男子」


 千代里が眠そうな目を少年に向ける。

 口を全力で動かしたかと思えば、少年(耕司)にむけて爆弾を放り投げた。


「なんで僕の名前を知ってるの?」

「神さま。こってり野菜ジュースくれたドーテー男子。何でも知ってる」


 千代里の発言に、受付嬢は赤らめた顔を後ろに向ける。やがて肩を大きく揺らし始めた。


「野菜ジュースなんてあげた覚えはないな……。そんなことより、お姉さんにメッチャ笑われてるんだけど……。あのね、キミの自己紹介をして欲しいんだよね」

「なまえは千代里。ちよがみ・ちりがみ・ハシビロコウ。ドーテー。すきに呼んでいい」

「無難な“ちより”にしておくよ」


 あれ? 受付のお姉さんが目を合わせてくれないんですけど……。


「で、では、決定戦の説明をしますね」


 受付嬢のひと声で、微妙な空気が一変する。


「予選はゆるいですが、決勝は厳しいです」


 笑顔だった受付嬢の表情が険しくなる。

 肝心の千代里は遠くを見つめ、出場できることに喜びを噛みしめている様子。受付嬢の話しは上の空だ。


「大事な話しなのでシッカリ聞いてくださいね。言うこと聞かないと、このアホ毛を引きちぎりますよ?」


 受付嬢は、たゆたう千代里のアホ毛を力いっぱい鷲づかむ。その光景は雑草を引っこ抜く鬼のごとし。目が笑っていない受付嬢の笑顔は、かなり怖い。

 あまりの迫力に、千代里は「あう」と一言だけ発した。

 とめどなく出てくる艶やかなアホ毛を手で巻き取りながら、受付嬢は強めの口調で続ける。


「もう一度いいます。予選はゆるいですが、決勝は厳しいです」

「勝ち抜くのが大変ってことですよね?」


 全世界から名だたる猛者(女神)が集まる決勝大会。やすやすと突破できないことは耕司でも分かっているつもりだった。


「決勝では死人がでるかもしれません。競技は、まだ公表されていませんが、厳しい戦いになると思います」


 え? ひとことだけ発すると、耕司は石像と化した。

 一方、千代里の表情は変わらない。


「死人が出るというのは冗談です。なんにせよ、神さまたちの力の根源は、信者の信仰心です。大会までに、ひとりでも多くの信者を獲得してくださいね」


 決勝は、予選とは別の競技とのこと。ひとつ言えるのは、地方大会(予選)を勝ち抜いた七柱の女神でチームを作り、全国の猛者たちと激しいバトルが繰り広げられるということだ。


 受付嬢から七福神決定戦の注意事項などの説明を受けた耕司と千代里。正式な申し込みを済ませた二人は、一週間後に迫る予選の準備に取り掛かるのだった。


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