15 初日説明
「では、こちらの書類に氏名とご住所を書いて捺印をお願いします」
「はい!」
雇用条件通知書と書かれた書類に名前を書いて、買ったばかりの三文判を押す。
「こちらがシフト表です。1か月分のシフトを前月の25日前後で作成しますのでもし翌月予定がある場合はその時相談してください。」
「わかりました!」
歓喜の採用電話から数日後の放課後、書店の初勤務に来た私は店長さんから入社に関するいろいろな説明を受けていた。
「うちは今、書籍部門に私含めて20名のスタッフがいます。カフェとステーショナリーは別の部門なのですが、そちらは追々ご説明しますね。」
その後もロッカーの場所や、タイムカードの打ち方、店長さんが左利きなどなどいくつか教えてもらってから実際に売場へ出ていく。
「本の売場については一応紹介しますが…1日じゃ覚えきれないのでゆくゆく覚えてもらえれば大丈夫です。」
お店の入口入ってすぐに雑誌売場。
ファッション誌やスポーツ誌、ビジネス誌、芸能関連の雑誌がある。
その隣に大きく売場を占めているのが漫画が連載されている週刊誌、月刊誌だ。
「雑誌売場は商品の入れ替えが頻繁にあるので、さっそく次回の出勤からお仕事をしてもらうと思います。」
「はい!頑張ります…!」
漫画誌に続いて店内で大きく売場を占めているのがコミック。
私でも知っているタイトルがいくつかった。あ、刃の炎治郎だ。妹救うために鬼退治する話なんだけど、主人公の炎治郎が義理堅くてまっすぐでかっこいいんだよねー。
「こちらが学生向けの参考書や資格取得の問題集の売場です。豊平さんももしかしたら来たことあるかもしれませんね。」
…ごめんなさいてんちょ。私参考書も古本屋で買っちゃっています。
「この機械はシュリンカーと言って、本に保護フィルムを巻くためのものです。これも次回の出勤時には触ってもらうと思いますよ。」
そう説明されたのは腰の高さぐらいの四角い機械だ。
本の投入口みたいのがあるけど、中はどうなっているんだろう…?
しばらく売場を見回って歩いていると、優しいなお母さんのような従業員さんに店長が声をかけた。
「あ、桑園さん。こちら新しく採用したアルバイトの豊平さん。次は木曜日が出勤なので桑園さんと一緒にお仕事してもらうと思います。どうぞよろしくお願いします。」
そういって私を紹介してくれる。
私もしっかりとご挨拶しなくては…!
「はじめまして!豊平といいます。アルバイト未経験ですが…1日でも早く仕事を覚えられるよう頑張るのでよろしくお願いします…!!」
「あらあら、可愛い子が入ってきたのねぇ。どうもどうも桑園です。勤務歴だけは長いから何でも聞いて頂戴ね。」
「ありがとうございます!」
本当にお母さんかと思ったよ。
なんだろう、この安心感。私、桑園さんとならどんな仕事でもやっていけそう。
そんな感じで売場を一通り案内してもらうと時刻は17時を回っていた。
店内にも学校の学生や、スーツを着たサラリーマンの姿があり、昼間よりも多くのお客さんが思い思いに売場を眺めていた。
「さっきよりもお客さんが増えましたね。」
「そうですね、平日はこの時間が一番お客様が多いと思います。」
「雑誌売場が一番人気…?なんでしょうか…?」
その中でも最初に案内してもらった入口近くの雑誌売場にたくさんのお客さんがいた。
「あぁ、今日は月曜日なので。週刊少年ヤンプの発売日ですからね。」
「ヤンプ!毎週月曜日発売なんですね…すみません、私知らなかったです」
当然私も漫画は読んだことあるし単行本を買ったこともあるんだけれど、週刊誌を買ったことがなかったので発売曜日が月曜だというのは初めて知った。
「週刊誌は発売曜日が決まってますので、ありがたいことに常連さんがお求めに来てくださるんですよ。」
ファッション誌を買ったことはあるけれど、週刊誌の雑誌を買う習慣がない私にとってはこれも勉強だ。
続いて案内してくれたのはレジカウンター。
4台のレジがあり、うち2つはお客さん側に画面が向いている。
「うちのレジは、2台が有人で、2台がセルフレジになっているんです」
ぽけーっとレジを見ていると何名かのお客さんがレジへ来た。
自分で本をレジのスキャナーに通し、現金と投入して会計する。
「時々、お買い上げいただいた本にノベルティ…いわゆる特典ですね。それをお渡しすることがあるので有人レジの対応も必要なんです」
「が、頑張ってレジ…覚えます!」
うぅ…レジだけは本当に不安だよ…。
その後、文庫分のコーナーや幼児向けコーナーなど売り場を案内してもらいバックヤードに戻ってきた。
「…と、うちの売場はこんな感じです。最初にも言いましたが、すぐに覚えるのは難しいので、ゆっくり覚えていきましょう」
「…はい!頑張ります!」
「では、初日説明はこんなところですかね…あ、最後に1つ」
そういって店長はスマホを取り出した。
「えーと、差し支えなければ私の連絡先をお教えしたいのですが良いですか?」
!?
て、店長の連絡先!
「は、はい…!ありがとうございます!!」
私はあわてて鞄からスマホを取り出す。
「お、お願いします!」
店長がメッセージアプリのQRコード画面を開いてくれる。
「問題なければ、メッセージアプリで友達追加していただけると」
「だ、大丈夫です!…失礼します…!」
カメラを起動しQRコードを読み取る。
けい、というニックネームと犬のアイコンが表示された。
「あ、ワンちゃんだ…かわいい」
「いい大人がすみません。実家で飼っている犬の写真なんです」
「ワンちゃん、お好きなんですか?」
「そうですね、動物全般好きですが、特に犬は好きです」
1つ、店長情報ゲットだ。
犬好きに悪い人はいない。
「ふふ、私もワンちゃん大好きです。あ、友達追加しますね」
「ありがとうございます。何か相談や、急な体調不良等があれば連絡してください」
「わかりました!」
そうしているとバックヤードに二人の若い女性スタッフさんが入ってきた。
店長はそれぞれに挨拶をしていく。私もとりあえず挨拶。
「お疲れ様です。白石さん、名寄さん、今日もよろしくね」
「お、お疲れ様です!」
「お疲れ様です。」
「お疲れ様です、あら、可愛い子」
そういって二人目の…そう、たしか名寄さんだ。私を見て流し目で微笑む。
なんか…カッコいいよこの人!
「ちょうどこの時間から出勤の学生スタッフさんだよ。大学生だけど、豊平さんと同じく放課後にシフトに入ってくれているんだ」
今日出勤ってことはこれから毎週一緒の時間にお仕事するってことだよね。
年上のお姉さんがいるのは心強いかも。
「さて、それじゃ今日のところはこの辺にしようか。改めて、豊平さん、これからよろしくね」
「ありがとうございます!こちらこそよろしくお願いします!」
そんなこんなで私のアルバイト初日は終了した。
って言っても具体的なお仕事は次回からだけれどね。
家に帰り、自分の部屋に入るとスマホのメッセージアプリを開く。
店長に何か送ろうかな。
いや…でも仕事の延長線上だし…。
なんて迷っているとアプリの通知が鳴る。
あ、夏奈だ。
かりーにん 《初日どーだった?あたしは今部活終わって帰ったところだよ~》
なんとか無事に終えられたよ!
しかも店長の連絡先ゲットしちゃったもんねー。
ゆー 《無事終了!大学生のイケメンお姉さんがいた》
かりーにん 《お?店長取られちゃうんじゃない?笑》
そ…それはダメ!!!
ゆー 《(泣いてる顔文字)》
かりーにん 《泣いてるし笑 まぁ慣れない環境は最初疲れるから、あんま無理しないよーにねー》
そういって気遣ってくれる夏奈。
心配してメッセージくれたんだ。ありがとね。
ゆー 《ありがと!初給料でたら今度は私がアイスおごるから!》
かりーにん 《お!楽しみじゃーん 期待してまーす!》
夏奈への報告も完了し。
再び店長へ何か送るか迷う私。
えぇい!お礼を言うだけだ!
これは礼儀として必要なコミュニケーションなんだよ。うん。そうだそうだ。
そう自分に言い聞かせて文字を打つ。
ゆー 《本日は初日説明ありがとうございました!1日でも早くお仕事を覚えてお役に立てるよう頑張りますので引き続きよろしくお願いします。》
……硬い。
けど、まぁ無難にね。
こんな感じで人生初アルバイトの日は終わりを迎えたのだった。
ちなみに店長からは夜にちゃんと返信があった。
こちらこそよろしくお願いします、という文字と一緒に可愛い犬のスタンプ付きだ。
店長、ほんとにワンちゃん好きなんだなぁ…。




