01 本屋の店長
―――書店員。
やってみたい職業ランキング7位ぐらいに入ってそうな職業。
文字通り本屋の店員さん。それが俺の仕事。
なんとなく知的で、穏やかに時間が流れ、スタイリッシュに仕事をこなす。
そんなイメージがあるかもしれないけれど、
実際に働いてみると結構多忙で、トラブルもあったりして、
何より一緒に働く従業員には一癖も二癖もある人が多いのだ。
でも、みんなそこそこ一生懸命で
そこそこ、この職場を気に入っているのだろうと思う。
――私の勤務先って最高!
――この環境が大好きです!
――毎日充実してます!
――宝くじも当たっちゃいました!
…そんな職場なんて世界中のほんの一握り。
それでも、「何夢見てんだよ」とも思うけれど俺は店長なわけで。
「よし、今日も仕事頑張ろう」
とみんなに思ってもらえる程度の職場にならどうにかできるんじゃないかな、
なんて時々考えながら今日も書店の1日が過ぎていく―――
兼平啓介。
28歳独身、平均的な身長にやや痩せ型の体系。
運動は結構得意だが社会人になってからはご無沙汰で、
最近急に「野菜を食べろ」という幻聴が聞こえているかの如く100円のサラダを買っては不思議な満足感に浸っている。
1DKのアパートに一人暮らし。こう見えて性別は男。
そう、そこは笑うところだ。
就職活動中に、地元に昔からある複合型書店の新卒採用に応募してみたところ内定をもらいそのまま入社。
都会のオフィス勤務に多少のあこがれはあったたものの、勝手知ったる地元でよかったのかどうなのか。後になって全国チェーンの企業と知り転勤という名の全国修行の旅に出ることになった。
本は好きだが、比較的という副詞がつく程度でここで働く連中のそれと比べたら“ままごと”みたいなもの。
どちらかといえば、動画を見たりゲームをしたりとデジタルな娯楽のほうが好みでコツコツと練習しながら上達していくタイプのFPSとか結構好きなんだなぁこれが。
現在入社6年目。
何度かの転勤を経て今は地元の店舗で店長として働いている。
国道沿いのロードサイド店舗が密集する地域に構えるそこそこの規模の書店で、本以外にも文房具や雑貨、カフェなんかも併設されているので休日はかなりの賑わいを見せる。
そんな店が今の俺の職場である。
◇◆◇
―――水曜日。
学校の授業が終わり、学生客がだんだんと増えてくる時間帯になってきた。
今日の俺のシフトは午後からの出勤で、閉店まで勤務する。
「てんちょ!てんちょーっ!」
倉庫の入り口で、ついさっき届いたばかりの本を荷下ろしをしていると
通りがかったアルバイトの女の子が声をかけてきた。
豊平有希
3か月前にアルバイトで採用した近所の高校に通う女子高生。
少し幼さはあるものの、くっきりした目鼻立ちに加えてほんのりとメイクを施し朗らかに働くその姿は来店するお客様の間でもちょっと話題になっているとか。
今日は平日なので放課後に直接出勤してきたらしい。
制服のスカートは黒いチノパンに履き替えているが、上は学校指定のブラウスを着ていた。
容姿には幼さがあると形容したが、スタイルに関しては一転して健康的そのもので同級生の男子は決して彼女を放ってはおかないだろう。
肩よりも少し長い黒髪をリボンつきのヘアゴムで高めの位置にまとめ、ポニーテールの髪を揺らしながら軽やかな足取りで近づいてきた。
「先月の月刊誌の返本、終わりましたよー!!」
返本というのは、売れ残ったり余剰在庫となる本を返品する作業のことで、雑誌やコミックを種別ごとにダンボールに詰めて発送する。
「あぁ、豊平さんありがとう。早かったね。」
いつもなら1時間ぐらいかかる作業だが、今日は30分もかかっていない。
豊平さん、ふしぎなアメでも食べたか?
「今月号から『テイキュー!!』が月刊誌で連載になってめっちゃ売れましたからね。
倉庫の在庫がいつもの半分ぐらいだったので早く終わりました。」
ふむ。そういうことか。
アメを食べてもレベルはあがらないのが現実である。
「そういえば豊平さん『テイキュー!!』好きだったよね。」
「はい!大好きです!満島蛍くんLOVEですよぉっ!
あの黒ぶち眼鏡と気だるそうな眼差し…はぁ…」
豊平さんは『テイキュー!!』というテニスを題材にした少年漫画が好きで、
その中でも特定の人物を溺愛しているのだそう。
「そ、そうなんだ…ははは」
書店で働く人には本に興味がない人も当然いるのだが逆に特定のジャンルや作品に熱い情熱を持った人も多い。
一昔前なら「ヲタク」なんて言われて揶揄されていたが今は芸能人やアスリートでも漫画やアニメ好きを公言する人も多く、もはやサブカルチャーとは言えないだろう。
「そういえばてんちょ、今日は眼鏡じゃないんですね?」
「え、あぁ実は昨日フレームが歪んでレンズが取れてしまってね。
修理に出してて今日はコンタクト。」
落としたり踏んだりしたわけではないのだが、
ポロっと取れてしまった。
「それは災難でしたね。
でも、普段とは違うレアてんちょもカッコいいです!」
こういう人懐っこさは彼女の魅力だろう。
「はは、ありがとう。
豊平さんも新しいヘアゴム可愛いね」
(っと…彼女の人柄につられて“可愛い”とか言ってしまった。言動には注意しないとな…)
「か、かわいいですか…!?!?
あ、いやあの…ありがとう…ござい…ます。
っていうかてんちょ、よく気づいてくれましたね…///」
マズったかなと少し反省。
このご時世、容姿やそれに付随する言動を職場で放つのはそれ相応のリスクが伴う。
「…ん?いやまぁ豊平さん昨日も出勤だったしね。
変わったところがあれば見れば気づくよ。」
責任者である以上、店内の異変や変化には敏感になる。
従業員の様子だって何か変わったことがあれば当然意識するものだ。
「そ、そうだ!わたし桑園さんに呼ばれてるんだった!…て、てんちょ、荷下ろしお疲れ様です!!」
「うん、お疲れ様。ありがとうね。」
豊平さんは来た時よりもいささか慌てた足取りで店内にいるであろう桑園さんのもとへ向かって行った。
「さて、そろそろ飯でも食いに行くかな」
そう独り言ちて事務所へと戻った。
少しずつ更新していきますので、温かい目で見ていただけますと幸いです。




