あなたの執念、私の地獄
『今度は絶対に失敗しない……』
生まれ落ちた時、そんな声を聞いた。
確かに。
思えばそれが私の不幸の始まりだった。
一番初めに違和感を覚えたのは七歳の頃だった。
私は同い年の女の子から遊びに誘われた。
しかし、私は家で新しく買ったゲームで遊びたくて仕方なくて、それを断った。
確かに。
しかし、気づくと私はまた全く同じ状況で女の子に尋ねられていた。
「今日、遊びに来ない?」
私は動揺したまま答えた。
「ごめん。今日はちょっと……」
そう言って背を向けてその場を去った。
直後、また私は少女に問われていた。
「今日、遊びに来ない?」
その奇妙な体験は私が少女の誘いを受けるまで続いた。
後に私はそれを白昼夢のようなものだと自己解釈していた。
何せ、幼い頃の記憶なんてそんなものだと思っていたから。
しかし、その後もその子と共にいるたびに同じようなことは起こり続け、そしてある時に決定的な体験をすることになった。
それは十歳の頃。
その子が虐められている光景に出くわしたときのことだ。
「あっ……」
虐められて泣いていた少女の目が私のものと重なる。
仲の良い少女だったけれど、面倒事を避けたかった私はそれを無視して立ち去ろうとした。
確かに。
直後。
「あっ……」
少女の目が私と重なる。
心臓の内に恐ろしい想いが湧き、私はすぐに走り去ろうとした。
確かに。
しかし……。
「あっ……」
少女の声と視線。
私は諦めて彼女を救うために拳を振り上げていじめっ子達に突進していた。
ボロボロになりながらも少女を守りきった私に対して、彼女は泣きながらお礼を言うと共に子供じみた告白を私にしてきた。
嬉しさよりも先に彼女にまつわる恐ろしい体験ばかりが思い出された私は思わず断ってしまった。
確かに。
しかし、気づけばまた私はその光景に戻っていた。
つまり、ループしているのだ。
どういうわけか、彼女に関することで何か誤った選択をすると私はその瞬間に戻ってしまう。
故に私は恐ろしい気分になりながらも、正解の選択……つまり、彼女と恋人になることを選ぶしかなかった。
そして、それは十数年以上経過した今に至るまで続いている。
隣にいる少女は……つまり、私の妻は幸福そうな顔で僕との間に出来た赤子を抱いている。
幸福の真っ只中にある妻は赤子を抱きしめながら私に言う。
「ねぇ、あなた。私さ、今とても幸せなの」
私はありとあらゆる罵詈雑言や暴力を彼女に試みたが、そのいずれもが結果に変わる前にループして戻ってしまう。
そう、つまり私は正解を選ばなければ前に進めないのだ。
あらゆる可能性を試しても戻ってしまうことに絶望しながら、私は妻へ言った。
「同じ気持ちだよ」
最愛であるはずの妻とそんな彼女と私から生まれた我が子さえも私にとっては恐ろしく不気味なものでしかなかった。
一体、何が私をこうも縛っているのか分からないまま、今日も私は用意された正解を無理矢理選び続ける日々を送っていた。
・
・
・
「よし……! 上手く行っているぞ!」
暗い部屋の中でゴミと虫にまみれながらも、どうにか生き続けている男が思わず歓喜の声をあげていた。
彼は自分が今、こうして死にゆく中で何の因果か自分自身の過去を操作できる能力を手に入れたのだ。
男の人生は失敗続きだった。
特に最愛の女性と一緒になれなかったことはあまりにも悔やまれるもので、彼はこうして過去の自分を操作して理想の未来を創っているのだ。
「せめて、せめて一つくらいは最高の世界を創ってやる!」
男の叫びを知ってか知らずか、正解を選ばなければ操作され続けられる在りし日の『私』は発狂しそうになりながら、男が望み続けながらも遂に手にする事が出来なかった理想の世界を生き続けていた。