当て馬俺様系男子に望みを聞かれたので昔大好きだったお姉ちゃんと言ってみた
「誰ですか」
「西園寺猛だ!忘れるな!」
少女漫画や乙女ゲームに必ず存在する当て馬的な男。
今私の目の前に居る男は、やり口的に多分そういう男だ。
漫画に出てくるキラキラ俺様系金持ちって感じのイケメンらしい男。イケメンらしいというのは、タイプじゃないからイケメンかどうか判断つかないかららしいとしか言えない。男前な気はするけど記憶に残らない程度というか。興味無いから覚えられないというか。
私は下校途中に突然高そうな車に押し込まれそうになり、押し込もうとして来た男のスネを思い切り蹴飛ばしていたら車内に居た隣のクラスの男子・西園寺猛に腕を引かれ車内に引きずり込まれていた。
よく私みたいなぽっちゃり体型を力ずくで車内に引き込んだものだと感心する。
「俺のモノになれ。そうすればお前が望むものを何でもやろう。地位や名声も俺は与えられるぞ?何が望みか言ってみろ、鈴木」
広い座席、私に覆いかぶさりながら言うクソ野郎は確かゲーム会社の御曹司。ゲーム会社の御曹司が地位や名声とか与えられる訳ないでしょ何言ってんだコイツ。ろくに話した事も無いのに何言ってんだコイツ。
そしてこういう場面で私の苗字、鈴木と呼ばれると何かシュール。現実ってこんなもんだよね。ちなみにフルネームだと「鈴木良子」……すずきよしこ、うん、映えない。私以外の鈴木良子さん、映えないとか思ってごめんなさいでもこういう場面ではシュール。第一私はそういうヒロインみたいな見た目ですらない。地味とかならまだしも痩せる気の無いぽっちゃりだ。まだ子豚さんと言い張りたいお年頃。
そんな事を考えながら私が睨み付けていると「ククッ、やはり面白い」とか漫画でよくありそうな事を言い出した。
頭大丈夫かコイツ。
「物で無くとも良い。望みは何でも叶えるぞ」
「なら、再放送のドラマリアタイしたいから今すぐ解放してください。あと30分で始まっちゃうから」
「無理だな、今からお前はとりあえず3日間、俺が予約したホテルで軟禁だ」
「3日間…」
今が金曜日の放課後だ。
つまり金土日、学校が無い間だけという常識のある軟禁期間。いや、そもそも今誘拐されてるようなものだから常識も何も無いんだけど。
「ホテルまで10分も掛からない。再放送のドラマとやらはそこでゆっくり寛いで観るといい……ただ1つ聞きたいんだが、『再放送のドラマリアタイ』というのはリアタイになるのか?」
「……どうだろ…?」
再放送だからリアタイじゃないような気もしてきた。
再放送は果たしてリアタイなのか問題の勃発だ。
そうこうしているうちにホテルに着いてしまい、至れり尽くせりの環境の中再放送のドラマを観る事になったのだけど。
私は疑問を西園寺に告げる。
「私のワガママ聞いてくれてハンバーガーとか用意してくれたのは有難いんだけどさ」
「何だ」
「何で私の隣でドラマ観てるの?8話だけ観て話分かる?」
「お前の望みをまともに聞いていないからここに居る、話は全く分からん。それと鈴木、お前の家には連絡をしておいたから安心しろ。ついでに俺の執事が『坊ちゃんがご迷惑をお掛けしたお詫びに…』と夕食の準備をしたそうだ」
「家族にまで至れり尽くせり!」
シェイクを飲みながらやたら大きなソファーに座ってドラマを観つつ、西園寺を見る。隣ではあるけれど、ソファーの端の方に座って距離を空けている西園寺はドラマを観ながら私に言う。
「で、お前の望みは」
「今良い所だから後にしてくれる?」
「……分かった」
渋々ながらも黙る西園寺。黙る辺りまだ人の話が分かる人間だ。
でも悪いけど、イケメンって言われてる西園寺より、ドラマに出てる平々凡々なサラリーマン役のおじさんの方が好感度高い。だって誘拐しなそうだし。あと男前な気がする。
ドラマが終わってから西園寺はまた私に聞く。
「で、お前の望みは」
「それ、西園寺のモノになる前に言ったらダメじゃない?」
「………前払いという概念が世の中にはあるだろう」
私は西園寺の顔を見ながら、「コイツまつ毛長ぇな、分けてくれよその長さ」とか思っていた。
で、何だっけ?望みだっけ……西園寺のまつ毛分けてって言ったらまつ毛引っこ抜くのかな。でも引っこ抜かれてもそのまつ毛自分の目元にくっつける趣味は無いわやめとこ。
望み……欲しいもの……欲しい……そういえば、昔どうしても欲しいと思ったけどどうにもならない事があったな。
ダメ元で言うだけ言ってみる。ダメだろうけど、それならそれで断る理由にもなるから。
「お姉ちゃん」
「お姉ちゃん?」
「昔近所に住んでたお姉ちゃんの『てっちゃん』、多分10歳くらい年上で、凄く綺麗で優しかったの。凄く凄く好きだった。つるぺただったけど」
「つるぺた…?」
「胸が今の私より無かった」
「お前は胸あるだろ」
「これは太ってる故の脂肪だから。てっちゃんはまな板だったけど、それを凌駕する女神のような優しさを持った綺麗なお姉ちゃんだったてっちゃんが欲しい」
好きで好きでしょうがなかったてっちゃんは昔、突然引っ越してしまってそれから会えていない。
私はどうしてもてっちゃんみたいなお姉ちゃんが欲しくて、てっちゃんの家の子になると泣き喚いて両親どころかてっちゃんのご家族まで困らせた経験がある。
てっちゃんが、大好きだった。
きっともう会えないだろうなとは思うけど。
「そのてっちゃんとやらの情報をもう少し寄越せ」
「え、あげたらてっちゃんをお姉ちゃんにしてくれるの?」
「…………本人が鈴木の姉になってくれるか次第じゃないか?」
「『俺のモノになれ』って言ってた人間の言葉とは思えない言葉」
「それはそれこれはこれというだろう」
西園寺は自分の事を棚に上げつつも、一応てっちゃんを探してくれるらしい。
私は普段から持ち歩いてるてっちゃんの写真を西園寺に見せた。
「写真持ち歩いてるのか」
「てっちゃん大好きフォーエバーだから」
「妬くぞ」
「燃やすな」
「字が違う!」
西園寺はてっちゃんの写真を見ながら一言、「確かに綺麗だな」と言った。
「惚れないでよ私のお嫁さんなんだから」
「姉にしたいんじゃないのか」
「……西園寺誕生日いつ?春?夏?」
「夏だが」
「なら、西園寺がうちに養子縁組した上でてっちゃんと結婚すればてっちゃんはお姉ちゃんになるからまあそれなら……私冬生まれだし西園寺が兄になる…」
「いいのかそれで」
そう言いながら西園寺はてっちゃんの写真をスマホで撮っていた。
「何すんの」
「写っている場所はこれはお前の家の近所か?」
「うん、3軒隣……隣?だったから」
「隣ではないがまあ分かった。出来るだけ調べるし、この写真の顔からも当たってみよう」
西園寺はそう言うと夕食のリクエストを聞いてきたので、「ファーストフードテリヤキバーガー食べ比べがしてみたい」と言っておいた。
「太るぞ」とか言われたけど何を今更、私は元々ぽっちゃり体型だ。
メニューのリクエストを聞き入れたようで西園寺は誰かに色んな店のテリヤキバーガーを買ってくるように告げた後、「俺も家庭教師の時間が近いから帰る」と帰って行った。
家庭教師の時間をすっぽかさない俺様御曹司、何だか律儀だ。
私はそれから日曜日の夕方まで至れり尽くせりな暮らしをしてから、家に帰された。菓子折り付きで。
西園寺はその間ホテルには来なかった。
「鈴木」
月曜日の放課後になって、西園寺は私に声を掛けてきた。
「再放送のドラマリアタイしたいんだけど何?」
「だからそれはリアタイでは……ってそうじゃない。てっちゃんの事だ」
私を車に押し込みながら、西園寺は言った。
「安心しろ車内にテレビを設置したからドラマは観れるぞ」
「え、ああうん何でそんな無駄金を…」
「鈴木が再放送観たがっていたからだろうが……9話を観ながら話せばいいだろう。内容が頭に入って来ないのなら最新のDVD再生機器と全巻セットを買ってやるから聞け」
「至れり尽くせり……そんなに私に惚れてるの?」
「惚れてるから好きな女の為に会う時間すらほっぽり出して駆けずり回ったんだろうが!」
「おおう…」
最初から普通に告白されてたらときめいた可能性があるかもしれない。
でも、私そんなに惚れられるような事したっけ?同じクラスになった事も無いし何かの行事で一緒に何かした記憶も無い。何で?
「お前の探してたてっちゃんなんだが」
「……うん」
何となく、続く言葉は分かってた。
けれどそれを認めたくなくて、無理難題を吹っ掛けたようなもので。
「てっちゃん、お姉ちゃんじゃなくてお兄ちゃんだったぞ」
「……は?嘘はやめて?」
「てっちゃんの本名、『鉄男』だったぞ。徹子とかかと思っていたが、鉄男だ。男らしい名前だな羨ましい」
「や、名前なら西園寺も男らしい名前だと思うんだけど」
「褒めるな照れるだろう」
別に褒めてはいない、猛が男らしい名前じゃなかったら何だと言うんだ。
そんな事より、私はてっちゃんが男の子だった事に驚きを隠せなかった。
「てっちゃん、男…?」
「男だな、女装していたそうだが引っ越した後は女装は辞めたそうだ。かなりの男前だが写真見るか?」
西園寺は「惚れるなよ?俺の方が男前だが」とか言いながら写真を見せてくれた。
うっっっわ美形!!!!そりゃあ女装も似合っちゃうよ綺麗系な男前って強い!!!!
「てっちゃん…」
「お前との約束を果たせなくて申し訳ない。この時点でお姉ちゃんとやらを用意するのは無理だった」
わざわざ深々と頭を下げてくる西園寺のつむじを、何となくツンツンツンツンしてみた。
「……何をする」
「いや、何となく。それよりも、本当は他にもあるんでしょ?」
「………再放送は、観なくても良いか」
「いいよ。DVDセット買ってくれるんでしょ」
貢がせてる悪女みたい。
だけど、今はこう言わないときっと。
「なら、行くぞ」
「うん」
きっと西園寺も、分かってたんだと思う。
車内は無言のまま、ただ僅かなエンジン音が聞こえるだけだった。
途中で少し寄り道して、しばらくしてから辿り着いたのは
「てっちゃん、久しぶりだね」
私は久しぶりに会うてっちゃんに話し掛けた。
「ねえてっちゃん、私ね、てっちゃんの事、大好きだよ」
返って来ない返事に、私は泣きそうになりながらも笑う。
「てっちゃん、子供の私と沢山遊んでくれてありがとう。てっちゃん、ずっとずっと、大好き」
私は墓前にてっちゃんが好きだった百合の花を備えた。
白い百合と、黄色い百合。
しばらくてっちゃんの墓前に手を合わせていたら、私のお腹の虫が騒ぎ出した。
「鈴木、お前…」
「西園寺、寄り道しよ!ハンバーガー食べたい!」
「お前好きだな、ハンバーガー……まあいいが」
西園寺と寄ったハンバーガーショップで、一緒にハンバーガーを食べながらお礼を言う。
「ありがと、西園寺」
「……結局会えてはいない」
「うん。でもね、本当はてっちゃん、死んじゃってるかもってちょっと思ってたの。体が強くなかったの、知ってたし」
それでも、私と遊んでくれるてっちゃんが好きだった。
「てっちゃんね、本当に優しくて……凄く綺麗で、将来てっちゃんをお嫁さんにする!結婚する!って私言ってたの」
きっとてっちゃんの花嫁姿はとても綺麗だったろうな。
「でも、引っ越し先も知らなくて、家族に聞いても近所のおばちゃんに聞いても知らなくて」
会えないまま、好きだよって言えないまま、お別れしちゃったから。
「声が聞けなくても、好きって言えて、よかった…ッ…!」
てっちゃんの前では泣かなかったのにな。
無理だった。涙腺弱過ぎるな、私。
「鈴木は、やっぱり良い女だと思う。強くて、とても良い女だ。こんな女から好かれてたてっちゃんとやらに俺も会ってみたかった」
私のぐしゃぐしゃになり始めた顔をハンカチで拭きながら、西園寺は私に「ほら、ポテトもやるから泣き止め」とポテトをくれた。それは素直に嬉しい。でも泣くのは止めない。ポテトごときで初恋の失恋の涙が止まると思うなよ。
「好きな女の泣き顔は俺も泣きたくなる。どうしたら泣き止んでくれる」
当て馬とか思ってたのはごめんね西園寺、オロオロしてるのは当て馬俺様御曹司らしくなくて、困らせてしまってるのが自分だと思うと複雑な気持ちになる。
私は泣きながら西園寺に聞く。
「なん、で……私なの…?こんな、デブで……可愛くない女……接点も無いのに…!」
別に虐められてるとかそういう事は無い。仲間外れにされたりも無い。でも、仲の良い子が居る訳でも無い。そんな人間を好きだとか言う西園寺は変人だと思う。
「お前……覚えてないのか」
「え、何その、テンプレの言葉…」
大きな溜め息を吐きながら西園寺は言った。
「食堂だ。俺が他の生徒から遠巻きに見られてて1人でうちのシェフが作った弁当を昼食で食べている時に、お前は俺と同じテーブルに座った」
「……そうだっけ?」
「ああ。それで、お前はこう言ったんだ。『そのお弁当、1人で食べ切れるの?』と」
「うん…?」
「俺はつい、『欲しけりゃくれてやるぞ愚民』とか心にも無い言葉を投げ付けた」
「愚民て」
想像してみてもなんか嫌な空間が出来上がってる気がする。
「そしたらお前は『いいの?それじゃあその海老フライ欲しい!』と言って、あげたら喜んだ」
「海老フライ……ああ、なんか食堂で知らない男子から貰った気がしてきた…」
確か、混んでる食堂で1人しか座ってない席があって、ラッキーって思いながらそこの席に座って。
「その……新鮮だった。人と食べる食事が」
「あれ、一緒に食べてる判定なの?」
「それに…」
「それに?」
顔を赤らめながら西園寺は言った。
「美味そうに食べてる顔を見て、コイツとなら、美味い食事を食べる事が出来ると思った。幸せそうな顔で食べているのが、可愛いと思った」
「………え、ベタ過ぎて恥ずかしい気もしてくる」
「ずっと頭から離れないくらいには、気になって、調べて、隣のクラスだと分かって。だけど行動出来なくて」
俺様系御曹司は、意外と初心だったらしい。
「鈴木、好きだ。俺のモノになれは上から目線過ぎたと、反省している。それに、今言うのはズルい気がするから、せめて、友達からでも、仲良くしてもらえないだろうか…!」
真っ赤な、泣きそうな顔をしている西園寺は今までとは違って、「記憶に残らない程度の男前」ではなかった。
ちゃんと男前に興味が無い私の記憶に残るくらいに、惹かれる顔をしていた。
「友達なら、帰りにハンバーガーショップ巡り、これからも付き合ってよ」
私の言葉にへにゃりと笑う西園寺の顔を、多分私はずっと忘れないだろうなと思った。
少女漫画の冒頭に出てくる俺様系男子は大体主人公とくっつく現象と、途中で出てくる俺様系男子の恋は叶わない現象に名前を付けたい。