〔落語〕ポリコレ忠臣蔵
昨今は、原作を軽視した脚本家の問題とか、ニュースでいろいろ言われてますねぇ。原作者や監督、俳優やスポンサーの希望をお話に盛り込んだうえで、放映時間内に納まるようにしなきゃいけない。落語家と違って、脚本家ってのは大変な仕事なのかもしれません。
名うての老映画監督が新しい映画を撮るってんで、若手ながらも実力のある脚本家を呼んだ。
脚本「監督、アコーローシですか?」
監督「そう、『忠臣蔵』。次は時代劇を撮りたいんだよ。」
脚本「それ知ってます。『デンチューでござる』ですよね。」
監督「そうそう。他にも『各々がた、討ち入りでござる』とか『狙うは怨敵、吉良上野介ただ一人』とか、良い文句が沢山あるんだ。」
脚本「雪の中で老人を囲んで集団リンチするやつですよね。」
監督「いや、言い方! 確かに終盤盛り上がるところではあるけれど。」
脚本「無防備な老人を大勢でリンチするなんてダメですよ。ラスボスは強くないと盛り上がりません。」
監督「ゲームじゃないんだから。そもそも『忠臣蔵』ってのを簡単に説明するとだな。吉良の意地悪に我慢のできなくなった殿様が自害に追い込まれ、その殿様の無念を晴らすために四十七人の男たちが吉良の仇討に立ち上がるっていう……」
脚本「ダメですよ。主要人物の半分は女性じゃないと。」
監督「は? 半分、女の人?」
脚本「そうです。あと、登場人物は人種・宗教・障がい・病気、全てにバランスよくないとダメです。」
監督「な。これさ、時代劇なの。江戸時代だよ。全部日本人に決まってるじゃん。なんで様々な人種を入れなきゃなんねぇんだ。」
脚本「じゃあ、冒頭にテロップですね。『当時の世相風俗を尊重し…』」
監督「やめてくれよぉ。」
脚本「おっさん四十七人でしょ。男性アイドル事務所が迷走した揚げ句、OB集めて作ったリバイバルグループにしか見えないですよ。」
監督「いや、言い方!」
脚本「いろいろな肌の色や服装の侍がいたら、四十七人それぞれのキャラが立ちますよ。ターバン巻いてシャムシールを構えたり、車いすから弓矢でひょうふっと射貫いたり…」
監督「浪士一人ひとりを目立たせたいわけじゃねぇんだ。今、日本人が忘れかけている忠義の心を思い出させたい。こんな時代だからこそ、忠臣蔵は注目される映画になるはずだ。」
脚本「チューギって何ですか?」
監督「まさにそれだよ。キミみたいな侍の心を知らない世代に、忠義という一つの愛のカタチを伝えたいんだ。殿様と家臣の絆。義理。仁義。人情。そして武士の誇り。」
脚本「良いですね。男性同士の愛ですか。性的指向のバランスもとれてて非常に良い。」
監督「違う違う、恋愛要素なんてないよ。復讐劇なんだぜ。」
脚本「違うんですか。じゃあ入れちゃいましょ、男同士の恋愛要素。江戸時代は衆道も盛んだったんでしょ。」
監督「やめてくれよぉ。」
脚本「侍の半分を女性にすれば、普通の恋愛も描けますし。殿様が吉良を斬った理由が、二人の愛情のもつれだった…とか。」
監督「松の廊下がただの痴話げんかになるじゃん…。忠臣蔵で恋愛モノをやりたいわけじゃない! とりあえず、主要キャスト半分女性にしろは無理だよぉ。かわりにモブを女の人ばっかりにするしかねぇのか。」
脚本「でも、男女コヨーなんたらキントー法が強化されたから、今は、女性に限定してエキストラ募集かけられないんですよ。」
監督「どうあがいてもダメか…。江戸は、男の方が多かったのに。」
脚本「史実どおりの再現映画作るんじゃないんですから。多少の嘘は入れるでしょ。」
監督「いや、言い方! 演出、演出だよ。」
脚本「程度の問題ですよ。」
監督「じゃあ、ファンタジー撮れってのか!」
脚本「売れる映画撮ってください。」
監督「なあ、お前の言う事全部を採用したら売れる映画ができると思うか?」
脚本「それは監督の腕次第です。少なくとも各団体からクレームがくることはありません。あ、タバコも禁止ですよ。あの日本を代表するアニメ監督の作品ですらクレーム入りましたからね。」
監督「やめてくれよぉ。なあ、どこからもクレームのない映画って、面白いのかね。」
脚本「文句のつけようがない映画になります。」
おあとがよろしいようで。
ポリコレに配慮した映画作りって大変なんだと思います。だって、賛同派も反対派も映画観る前に批判しちゃうんだもん。文句言うなら、せめて観ようよ。