物語は始まらないし、始めない
初投稿になります。
「はァ?! これ、どういうこと?! もうアクヤクオウジョがギャクハーレムルート完成してるじゃない‼ 私がつけ入る隙がないじゃないッ‼」
金切り声な上に早口だったこともあるけれど、兄が挨拶の口上をしている最中に叫び出したリリア・リスドゥナ第一公女の言葉の中で幾つかの聴き取れない箇所があった。単語かどうかも怪しい、呪文が混じったかと思ったぐらい理解不能な音だった。
大陸諸国の言語すべてをマスターしている言語学の天才と言われている俺が判らない言葉なんて、そうあることじゃない。
けれど、隣の玉座にいる人が鸚鵡返しのように呟いた音は『悪役王女』、『逆ハーレム』とちゃんと単語としては理解できているらしい。それは何も珍しいことじゃなく、同じ師について同じものを学んだのに、僕が知らない物事を知っていることがある。流石俺の姉上。
それにしても、仮にも国を代表する使節団の旗頭になった者が、他国で『つけ入る』と大っぴらに叫ぶのはどうだろうか。まして、友誼を結ぶために来ていながら、口上も終わらないうちに姉上を指さしながらなんて。絶許。
謁見の間の至る所からゆらりと殺意が立ち上ったが、顕著だったのは姉上の左にいる俺、右に侍る王女宮筆頭補佐官のルカス、玉座の背後にいる魔術師団長のイヴィドと文官のフリした暗殺部隊「黒」の副長・グレイ。それから広間の左右には整然と並ぶ近衛師団と王国師団の騎士団長たち。
それらを代表して、公子・公女を迎えるため一番近くにいた宰相のレグナル・ヴァーリが抗議した。
「王の子という意味では対等の立場かもしれんが、我が王女殿下は国王代理だ。……その不敬な物言いは、我が国への侮辱として受け取ってよろしいな?」
「お、お待ちください宰相閣下! 妹はこういった公式の場に出るのは初めてでして」
「いやぁあああ、好感度センサーガバガバなレグナル様が私を叱るなんて嘘よ、嘘ッ‼ こんな展開なんてリセットよ! リロードよ‼ ね、ね? 嘘と言って下さいッ‼」
宰相は、自分に向かってイノシシのような勢いで突進し縋りついてきたリリア公女を不本意ながら受け止めるしかなかった。うっかり避けてしまえば彼女は無様に床に転がる未来しかなく、どれほど無礼な言動であっても相手は王族。紳士として恥をかかせるわけにはいかない、そう思ったのだろう。めちゃくちゃ顔が引きつってたけど。心底嫌そうだったけど。
そして、パリンと割れる音が謁見の間に響いた。
◇◇◇
リスドゥナ公国から使者の謁見申請があったのは、三日前のことだった。病床に伏す国王陛下にお見舞い申し上げたいというのが主な目的としているが、ついでながら貴国の文化を学ぶため二週間ほど滞在を許可して頂きたいというふざけた内容。
しかも、使節団はこの手紙と同時に出発しているという。
何が申請だ。何が許可だ。
移動手段と日数から勘案すれば、明日には使節団がもう都に着くことになる。
既に国内に入っている使者を門前払いしたとなれば、どれほど相手の方が非常識な行動であっても、我が国が非難される可能性がある。次代の王は狭量だ、同盟国のちょっとした使節団さえ受け入れる余裕がないのだと。
何が腹立たしいといって、奴らの行動は、そういった悪評を回避したい俺達が拒否できないと見越したものだからだ。
王宮筆頭補佐官という立場上、誰よりも先に文書を読んだ俺は、内容を理解すると姉上に閣僚達を招集するよう進言した。
姉上一人に決めさせたら、自分一人泥を被れば済むならと使者を追い返すという選択をするに違いない。
追い払いたいのは山々だが、そうすると今度は国内が荒れる。厳密に言えば、宮中の主流となった王女の閣僚である俺達が荒れる。
「対応を決めるというのが今日の本題だろうが、まず言わせて貰うなら『ふざけるな』だ‼」
議題進行をぶった切ってまずルカスが暴発した。俺の予想通りの切れっぷりに、ライバルながら心で拍手を送る。
青氷の貴公子、王女宮の隠し刀といった異名を持つ奴だが、敬愛して止まない王女への侮辱に怒りで顔を真っ赤に染め上げている。
「ルカス殿の感情は、我々皆同じだろう。王女殿下、兵を挙げるのであればいつなりと」
「手っ取り早く僕がさくっと行って殺してくるのがいいんじゃないかな? うん、それがイイ。はい決定」
王国騎士団長のヴァリオスも暗殺部隊「黒」のグレイも淡々とした台詞だが、どちらも確固とした信念があるタイプだから口にしたことは必ずやる。この場合の「やる」は勿論「殺る」である。
「呪詛を送るにしては、少し遠方ですしね」
「やられるのを待つだけなのは性に合わないね。こちらの方でもリスドゥナ公国を表敬訪問して、公子達を呼び戻さなければならないくらいにあちらの宮廷を引っ搔き回してしまおうか」
閣僚の中では比較的穏健な魔術師団長のイヴィドと近衛師団長のヴィクトルも、一つしかない瞳に剣呑で昏い光を湛えながら言う。
ああ良かった。
姉上が愛しすぎて、姉上に関することは些細な事でもキレやすくなってるのではないかと実は疑心暗鬼になってたのだが、この二人でさえ怒るのだからやはり向こうが悪いのだと俺は再認識した。絶許確定。
「お前さん達……。呆れるくらいに殺意を隠そうともしないな。王女殿下を怯えさせてどうする。ちっとは落ち着け」
「そ、そうよ! 落ち着いて‼ そりゃ、こんな非常時に何故って……ッ」
姉上は、父のことを思い出したのだろう。嗚咽が漏れるのを恥じたのか、ぎゅっと唇を結んでうつむいた。
国王陛下、つまりは姉上の実父で俺の義父である人の病名を番喪失症という。我が国の直系男性にのみ起こるもので、本能で選び結ばれた伴侶に先立たれると、喪失感のあまりに生命力を全て枯らしてしまう。完全に不治の病で、例外なくザナルド王家の男はこの病で死んでいっている。
長くて保っても半年だということも周知されているから、リスドゥナ公国より親密な間柄の近隣国でさえ手紙や品を送ってくる程度だった。
死ぬとわかっている人間に、お見舞いをと言い出す者がいるだろうか。父がもうすぐ死ぬというのに、その娘に国賓の相手をしろというだろうか。
今回のリスドゥナ公国の訪問や言動が、どれだけ非常識か分かろうものだ。
侮られた口惜しさと、実の父がもうすぐ亡くなるのだということを思い出した寂しさとで小さくなった姉上の肩に手を置いて、レグナルが宥めている。……って、おい! いつ姉上の背後に移動したんだ、手つきがやらしいぞエロ宰相!
俺がレグナルの足を蹴っ飛ばせば、姉上の左隣の席に座っていたルカスも同時に反対側から蹴っ飛ばしたので、奴は痛みのあまりに姉から手を離して蹲った。ザマアミロ。
というか、だ。
ぶっちゃけ、国王陛下や国への不敬な態度は目を瞑ることだってできた。姉上が、そうしろというのなら。
ただ、これはどうやっても無理なやつだ。
何故なら、使者の旗頭が第二公子と第一公女だったから。
国王の崩御と女王の即位が間近に迫った国で、他国の王族が長逗留したいという。
どう考えても母国を継ぐ必要がないアロイス公子の方は姉上の夫になるのが狙いだし、リリア公女の方は我が国の権力者──突き詰めれば、この場にいる俺達の中の誰かの婚約者におさまるのが目的だろう。ゆくゆくは、王配になった兄と国内に根付いた妹とが示し合わせて、国家転覆。最終はリスドゥナ公国への属国化…というシナリオだ。
ザナルド王国は西大陸で特に富み栄えた国だから、腹の底で同じように考えている国がないわけではないだろうが、だからといってこんなザルな方法で接触してくる国はリスドゥナ公国くらいだ。ハニトラ任せという下世話な下策すぎて、笑ってしまう。
そもそもこういう事になったのは、父王が娘可愛さのあまりに婚約者を決めたくないと駄々をこねたからだった。
そもそもこんな状況に追い込まれたのは、美形ばかりを閣僚にして侍らせていると噂された姉上が、羞恥心から誰か一人を選べなくなったからだ。
そもそも。──俺達がお互い牽制し合って、姉上に平等を強いてしまったからだ。
銀髪碧眼の彫刻のような美貌の上に氷点下の微笑を浮かべる「青の貴公子」ルカス・ブラーガ侯爵子息。
絶世の美女にも靡かない「孤高の隻眼将軍」ヴィクトル・エルバラート伯爵子息。
微笑むだけで老若男女が倒れてしまうという「杖要らずの魔術師」イヴィド・ファエンツァ。
軍神のごとき雄姿と清廉実直な人柄で男ですらも惚れると謳われる「英雄」ヴァリオス・サラーデ公爵。
その美貌と不愛想な人間も手懐けるほどの口達者さで否か貴族の三男から臣下の頂きにまで上り詰めた「宰相」レグナル・ヴァーリ侯爵。
姉上の傍仕えに擬態しているグレイ・ナーニエだって、元は「黒」のハニトラ要員だった美青年。
かくいう俺も、希少能力を買われて王家に迎え入れられ、姉を一心に慕いつつ馬車馬のように国家に尽くす「ザナルドの良心」と呼ばれている。ちなみに義弟だから婚姻するのに何も問題はない。
俺達『王女殿下の閣僚』と呼ばれる七人は、一人を除いて全員二十代ではあるが実質国の主要部署のトップだ。
国内外誰もがこの中から王女殿下が王配を選ぶと信じていて、自分達も選ばれたいと思っている。(尤も、一人やもめでジジイな宰相が紛れ込んでいるが、これは論外なので捨てておく)
己の閣僚がこと恋愛面においては牽制し合っている気配を、生まれた時から王宮で暮らす姉上が察しない筈はない。
一人を選ぶということは、他の六人の気持ちを受け入れないということだ。
振られたからといって『王女殿下の閣僚』を辞めるような腑抜けはこの中にはいないが、姉上は確実に気まずい思いをするし気に病む。だから、彼女は選べない。
そういう優しくて残酷なところでさえ、俺たちは愛しいと思うし、この状況を全員が理解している。
選ばれないが、捨てられないだけいいのだと。
なのに、姉上を横から搔っ攫うつもりの使者を迎えろだと?
己の容貌だけで姉上の心が掴めると思ってる莫迦王子達を持成せだと?
はぁあああああ?!
だからこそ、ルカスが言ったように『ふざけるな』だ!
思わずぐっと拳を握りしめてしまったら、姉上が俺の手に自分のそれを重ねてきた。まるで私もいるからと気遣うような温かみは、荒れ狂う俺の脳内とはそぐわない。
ああそうか、そうだった。
話の流れは、義父が死にかけているということを口惜しく思っている……という場面だった。仮にも俺は、王の子だから。
うっかり思考を別方向に飛ばしていたことなどおくびも出さず、姉上の手にわが手を重ねて微笑めば、他の六人分の殺気が飛んできた。知るか、義弟が姉と触れ合って何が悪い。
「姉上、リスドゥナ公国の真の目的はお判りですね?」
「ええ」
「ねぇねぇ、僕らで目の肥えた姫さん堕とすつもりなんて、どれだけ自分の顔面に自信があるんだと思う? 閣下たちを見たら絶対自信喪失するだろうけど、顔面蒼白になった自称イケメンって超面白うそうだよね?」
「グレイ・ナーニエ……。お前が混じると真面目な話じゃなくなるから、少し黙ってくれ。──それで、ですね。仮に、アロイス公子に求婚されたとして」
「や、やめてよアルベール! 私、他国の方を伴侶として迎えるつもりはないわよ⁈」
「それを聞いて安心しました。ですが、もう一声」
「もう一声?」
「お考えの中にいるのは、この場にいる者だけですか? ほかに姉上が気に留めている者がおりますか? 私的に接触しようとした侯・伯爵の次男以下は全て排除しましたが、俺の目の届かないところで誰か──」
「ストップ! 冷静になってよ、アルベール殿下。貴方だけじゃなく、僕の近衛や城内警護の王国騎士団のヴァリオスさんの目を掻い潜れる者なんてまずいないよ。いたらとっくにこの会議の席に座ってる」
「ああ、ヴィクトルの言うとおりだ。それだけの技量と頭脳がある人間を我々が取り零しているとは考えられん」
両騎士団長に窘められて、ぐっと詰まった。
確かにその通りだった。
姉上に目をかけて貰っているだけじゃ、この場には加われない。俺達と比肩するほどの実力があり、俺達と負けず劣らず王女殿下への絶対的な忠誠心と愛がなければ。
今までどれだけ水を向けても避けてきた結婚について、姉上が言及してくれたのがチャンスとばかりに畳み込みすぎた。この流れであれば聞けそうだったし、言質をとれそうだったからだが、姉上が微苦笑している所をみるとやり過ぎたかもしれない。
コホンと空咳をして気まずさをやり過ごしたら、議長席を挟んで向こうのルカスがニヤリと笑っていた。
「がっつき過ぎだよ、アルベール。みっともない」
「何だと⁈」
「俺達は選ばれるのを待てばいい。心配なら、自らを磨くだけだ」
「……ねぇ、私なにもこの中からだとは」
「それ以外はいますか?! いるなら、具体的に! どんな奴かを!」
「もう、アルベールったら……。他国の人ではないのは間違いないの! 女王だからって足元掬われるようなことは、絶対したくないの!」
「姉上……」
「私は大丈夫。リスドゥナの公子様なんかに心動かされたりしないわ。でも貴方たちはどうかしら? 公女を得れば権威も増すでしょう。そうでなくともリリア公女は妖精のように可愛らしく、誰からも愛される人だと聞いてるわ。国政の為に、彼女に惹かれるななんて命令は出来ないし……」
「いいえ、命令してくれて構いません。王女殿下、貴女になら、我々は闇魔法で心を縛られることも厭わない」
そうでしょう、とイヴィドは一同を見渡した。
それに頷く他の六人を見て取ると、姉上は溜息をつき、壁の小棚から両手で抱えるほどの大きさの宝石箱を出してきた。
蓋をあければ、指輪がずらりと十ほど並んでいる。
意匠は少しずつ違っているが、地金に使われている淡いイエローゴールドは姉上に髪に似ていて、中央に配された翡翠石は姉上の瞳に酷似している。
女性用とするなら少々無骨に過ぎるが、男の手に華やかさを与えるような、美しい指輪だった。
姉上はその一つを取り出して、皆に見せた。
「そこまで言うのなら。貴方たちを守るために、この魔道具を使って欲しいの。私の魔力から練り上げたものだから、あの謁見の間でも発動します」
「姉上、これは……?」
「魅了除けの指輪よ。私もそういうのを向けられることが多かったから、こんな魔道具を作るのが上手になっちゃったわ」
そう言って姉上は俺達一人一人の手を取って、指輪をつけていく。
一国の王女の魔力で創られたものというだけでも貴重だが、魔力を通して指にはめられた途端に収縮してそれぞれの指の大きさになった。つまり、この指輪は俺だけのもの。最高。
ただ、小指につけられたのを少し残念に思った。
未婚の男性が装身具として指輪をつけるなら、親指か小指だ。人差し指に付ける指輪は紋章印と決まっているから、台座の上に印章がない魔道具の指輪は嵌めれない。中指には普通指輪を付けない。反抗、反対の意思表示だからだ。
また、武器や杖を使う人も多いので親指も候補から外れることが多い。だから、小指しかないとはわかっているけれど。
「……願わくば、次に殿下から頂ける時はその隣の指でありたいものだ」
レグナルが気障ったらしく下賜された指輪に口づけながら、恍惚とした表情で言った。
それは全員の願いではあるが、バツイチのあんたが一番候補の中じゃ「あり得ない」に近いだろ。
姉上の閣僚の中に割って入るため必死に若作りしてる三十路男を、俺は白々しく睨む。
「本当に万が一のためのものよ。本当にお見舞いと自己研鑽の為に来た使者なら、謁見最中に魔法なんて使われることはないでしょうし。挨拶の後は彼らと顔を合わせる機会を作らなければ、魅了される心配もないわ」
──だから、使わなかったらこれは私からの贈り物として取っておいてね。貴方たちの日頃の働きに比べたら、少なすぎる物だけど。
と、姉上はいうけれど。
いいえ。これは俺達にとって宝物です。
何故なら、これはもう「王配候補」として認められた印なのだから。
◇◇◇
そういう指輪が割れた。リリア公女を抱きとめたレグナル・ヴァーリのものが。
「……アルベール殿下」
「何だ、ルカス・ブラーガ」
同い年で同級生だったこともあり、普段呼び捨てにしてくるルカスが俺に敬称を付けてくるのは、こういった公式の場だけだ。俺も王族らしく尊大な態度にしているが、この状況を把握しきれてない姉上の耳には聞こえてないだろう、と踏んでのものだった。
「謁見の応対は貴方でも出来た筈です。王族で、文官の最高位なのだから」
「それが? それでいえば、姉上の正式な副官であるお前でも良かった筈だ」
「まさか! あり得ないでしょう? 王女殿下の傍より他の場所なんて」
「同じことだ。別に王族でないといけない理由がないなら、俺が姉上の傍を離れることはないな」
「というか、ああなるのは目に見えてたからなあ……」
魅了は強い魔法ではあるが、広範囲に影響を与えることが出来ないもので、接触を条件として発動する。桁外れの魔力を持っていたとしても、この場全員に同時に掛けることはできない。だから、──まあ有り体に言えば、こういった犠牲は必要だった。その方が、この無礼で非常識な使者を追い払う口実になるから。
他国の王族に謁見を願う立場でありながら、魔法を使って害そうとしたというのは明らかに国際外交上ルール違反。
まず王宮内各所で魔道具を所持してないか検閲をされた上で通されているというのに、それでも魔法を使おうとしたという重罪。
無自覚発動か自発的な発動かは、この際問題ではない。
突進してきたリリア公女を受け止め、その効力範囲に入ってしまったレグナル・ヴァーリの魅了防止の指輪が割れた。
その時点で彼らリスドゥナ公国はザナルド王国の敵だ。
だから、賓客や淑女への対応でなくなるのは分かる。
が、咄嗟に受け止めたリリア公女の体を雑な扱いで大理石の床に投げ出し、床にしゃがみこんで役目を終えて砕け散った指輪を拾い集めながらレグナルは叫んだ。
「お前達、公子か公女か分からんが許さんぞ‼」
「なッ⁉ どうして……レグナル様っ?!」
「僕がこの指輪を貰うような立場になるのにどれだけ努力をしてきたと思うんだ‼ バツイチの僕が、若い者に混じって同じように王配候補に見なして貰えるところまで来たんだぞ?! それをよくも……王女殿下からの下賜品を‼」
俺とルカスが冷静に会話をしている中、普段は『それでもこの国の重鎮か⁉』と言われるくらい飄々としてへらへら笑ってる宰相が激昂していた。
その怒りで膨張した魔力でこの部屋にかけられた制約──魔法が一切使えないという固有結界をぶち破ろうとしているらしく、禍々しい表情で呪文を唱えている。
慌ててこの中で一番体格のいいヴァリオス・サラーデが羽交い絞めにし、それでも詠唱をやめない宰相に対しイヴィドが反対呪文で対抗している。
「莫迦、止めろ‼ ここで魔法が使えるようになってしまったら王女殿下にまで魔法が届くということになってしまうぞ!」
「まあ! アルベール様‼ 私の事をかばって下さるなんて…っ!」
「公女とも思えん態度だな。姉上の身が危険だから俺達は止めてるだけで、貴女なんてどうでもいい。──すっこんでろ!」
慌てて仲裁に入ったが、何故この馬鹿女は俺が自分の味方に付いてくれると思うのだろうか。脳内はお花畑しかないのか? 初対面だぞ、もう敵なんだぞ?
怒鳴られてもまだ胸のあたりで手を組んで恍惚としてる妹姫とは対照的に、まだ状況が理解できているらしい兄の公子の方はすっかり青ざめている。
「レグナル、それはただの魔道具よ。だから──」
まだ残っているから、別の物をあげるわと言おうとしたのか。それとも、たかだか魔道具一つくらい、そこまで大事にしなくていいのよと言おうとしたのか。
やっと気を持ち直した姉上が言いかけた言葉はああいう状態のレグナルには届いてないだろうが、それでも続きを言わさない為に俺はその唇の上に人差し指を置いた。
「俺はレグナル殿のことは大嫌いだけどね、流石にそれはないと思うよ王女殿下」
「え? ちょ、ルカス?」
「貴女自ら嵌めてあげたものなんだ。単なる魔道具、単なる消耗品なんかじゃない。俺たちにとって、これはすでに何物にも代えがたい宝物だ」
「そうです、姉上。破壊する奴なんて、万死に値します」
「いつもは殿下の左右や前に立てる立場を羨ましく思うけど、今日ばかりは警護側で良かったと思うよ。閣下のように、先頭きって応対しなければならなかった立場だったらと思うと……ぞっとする」
「だーかーらァ、来る前からさくっと殺っておこうって言ったんですよお姫さん」
ヴィクトルは盛大に顔を顰め、グレイはスローイングタガーをもう出している。殺すにしても指輪が壊れたら洒落にならないから投擲一択らしい。
そうこうしている間に、七層あるはずの固有結界の五層までが破れ、反対呪文で抵抗していたイヴィド・ファエンツァとレグナルを全身で止めていたヴァリオスが溜まらず声を上げた。
「ヴィクトル・エルバラート! 見てないで、この人を失神させて下さい」
「私が止めてられる間に‼」
国一番の魔術師と騎士団長が全力で止めているというのに、それでも上回る三十路の力ってどうなんだ。
それだけキレてるという証拠でもあるのだが、……あ、アロイス公子が魔力に充てられて気絶した。
なのに、なんで同じ状況下にいるリリア公女は気絶するどころかイヴィド・ヴァリオス・レグナルの一団に話かけられるんだ? なんだ、そのオリハルコンメンタル。
私はどんな貴方たちでも受け入れます?
恐れないで、貴方は一人じゃない私がいます?
はぁ?そんなことは知っている。俺たちはみな姉上に救われた者だから。
唖然とした姉上の桜色の唇から、『……肉食女子』なんて言葉がこぼれた。ああ、流石です。確かにこれは肉食女子と表現するのに相応しい。
俺達に口説いても全く靡かないことに焦れたリリア公女は、王座に向かって叫んだ。
「ちょっと王女! 貴女、1ルートぐらいは残しておきなさいよ‼」
だからルートってなんだ? 残しておくって何を?
まずは、この状況をどうしようか。
ハニトラが不発に終わって敵認定されたアロイス公子とリリア公女の後始末、およびリスドゥナ公国への対応。
宰相の暴走で損傷を受けた謁見の間の修繕。
何より、訳の分からない展開で呆然とする姉上の心のケア。
近衛隊長の会心の一撃を鳩尾に受けレグナル・ヴァーリが床に倒れた音を聞きながら、俺はこめかみをさすりつつ思案に暮れるのだった。
お読み下さり有難うございました。