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ショートショート8月〜3回目

おじいちゃんの宝物

作者: たかさば

 マサキのおじいちゃんには、大切にしている物がありました。

 シミだらけの、百科事典みたいな本です。


「この切手帳はね、すごく価値のあるものなんだよ。さあ、マサキに見せてあげようね」


 おじいちゃんの宝物は、年代物の切手帳でした。

 開くたびにぎしぎしとおかしな音を出す古い切手帳の中には…ずらりと自慢のコレクションが並んでいました。


「おじいちゃんの宝物は、全部貴重なものなんだよ」

「これは1枚10万円もするんだよ、売る気はないけどね」

「切手というのは、使うと価値がなくなってしまうんだよ」

「使えば、ただの20円にしかならないんだ」


 おじいちゃんはピンセットを使って切手を丁寧に挟んで見せては…長々と説明をするので、眠くなってしまう事もありました。


 あまり切手に興味のないマサキでしたが、漫画のキャラクターや面白いデザインのものもあったので、それなりにおじいちゃんの切手を見るのは好きでした。

 一度も切手を触らせてもらえなかったので、いつかカッコいいピンセットを使って挟んでみたい、そんなふうに思っていました。


 マサキが三年生になった時に、おじいちゃんが亡くなりました。


 お葬式が終わったあと、おじいちゃんの家に親戚が集まって、全員で形見分けをしました。おじいちゃんの家は解体するので、がれきになる前に欲しいものを持って行こうということになっていたのです。


「マサキは、何か欲しいものある?」


 高円寺のおばちゃんに聞かれたマサキは、切手の本とピンセットが欲しいと言いました。


「マサキは切手が好きなのか?誰も親父の後は継がないと思ってたけど…これで安泰だな!」

「売った方が良いんじゃない?かなり貴重なものもあるみたいだし」

「おじさん、売りたくないって言ってただろう?欲しい人にあげた方が良いんだよ」

「古いものだから状態もそんなに良くないね」

「本人評価が査定額と等しいとは限らないし、いいんじゃないの」


 少しだけもめたものの、マサキはおじいちゃんの切手帳をもらうことになりました。


「マサキ、ちゃんと大切にできるか?」

「おじいちゃんの歴史なんだからね、ちゃんとしなさいよ?」


 家に帰ったマサキは、改めて…切手帳と向き合いました。


 切手帳をめくるたびに、おじいちゃんと一緒に切手を見た日を思い出しました。

 切手帳をめくるたびに、ずっとやってみたかったことが思い出されました。


 絶対に触らせてもらえなかったピンセットを使って10万円の切手をつまんだ時、手が震えました。

 絶対に手で触ってはいけないと言われていた切手を指でつまんだ時、うれしくなりました。

 絶対に切り離してはいけないと言っていた切手シートをバラバラにした時、達成感がありました。


 マサキは、切手で遊ぶことがやめられなくなりました。


 使ったらもったいないと言われていたのでハガキに貼って投函することはしませんでしたが、好きな順で入れ替えたり、大きさ順に並べ替えたりするようになりました。高い切手を手のひらにのせて、お金持ちになったような気分を楽しむようになりました。


 ピンセットを使って切手をつまみ、友達に見せびらかしながら、素手で触ったらダメだと説明するのがたまりませんでした。友達は触れないのに、自分は触ることができる…優越感に浸ることに夢中になりました。


 友達は、最初はすごいと言っていましたが、だんだん切手に興味を示さなくなりました。

 威張って説明するマサキにはあまり近付きたくない…、そう思う友達は少なくなかったのです。


 マサキは、切手に興味を無くした友達の気をひくために、素手で触らせてあげる事を考えました。

 高い値段の切手を見せてやるだけじゃなく、今までダメだと言い聞かせていたことをいいよと言ってやれば、友達は喜ぶだろうと思ったのです。


 ところが……。


「うーん、切手はいいや!それよりカンタとヤッちゃんも呼んで缶蹴りしに行こーぜ!!」

「早くいかないと場所なくなる!!マサキ、そんなの良いからさ、行こうぜ!!」


 せっかくいい気分になれるチャンスをやったのに、友達たちは喜ぶどころか…全く興味を持ちませんでした。マサキはがっかりしましたが、引き留めたところで戻っては来ないと思い、家から出て行った友達の跡を追いかける事にしました。


「マサキ、アンタって子は!!!」


 さんざん外で遊んで、泥だらけになって家に帰ると、お母さんがものすごい剣幕で玄関に飛んできました。


 どう見ても、怒っています。ちゃんと鍵をかけてから出かけたマサキは何がなんだかわけがわかりませんでしたが、ふと…服が汚れている事に気が付いて、一生懸命謝りました。


「服のことはいいの!!あのねえ、どうして…切手、出しっぱなしにしておいたの?!おじいちゃんからもらった、大切な宝物だったんじゃ、ないの?!」


 お母さんが怒っていたのは、マサキが切手帳を出しっぱなしにして出かけてしまった為でした。


 差し出されたバラバラになった切手帳と、曲がったピンセットを見たマサキは、スゥッと体の温度が下がっていくのを感じました。


 マサキは、友達の後を追うため、切手帳を仕舞わずに家を出てしまったのです。

 リビングのラグの上のミニテーブルの上に置かれたままの切手帳は、お昼寝から目が覚めたムクにイタズラされてしまいました。古いものの匂いが気になったのか、切手帳を噛み、ひっかき、破り、バラバラのぐちゃぐちゃにした挙句、おしっこまでしてありました。おしっこの染みてしまった切手は切手帳に貼りついてしまい、はがすことができません。そもそも…とてもくさい匂いがしているので、触りたくありませんでした。


 お母さんが妹のミユを保育園に迎えに行って一緒に家に帰ってきた時、ラグの上には切手が散らばっていて、とんでもない状況だったのだそうです。大慌てで片づけようと一歩踏み出したらピンセットが転がっていて、踏んで危うく大ケガをするところだったと、ミユが踏んでケガをしていたらどうするつもりだったのかと怒られました。


 お父さんが帰って来てからも、こっぴどく怒られました。

 貰ったからといって、自分のものになったからといって、いい加減な扱いをするくらいなら持ち帰らない方が良かったのだと言われてしまいました。おじいちゃんの宝物を、自分の不注意でゴミにしてしまった事を一生忘れるなと叱られました。


 マサキは、ほんの一瞬の気のゆるみで宝物がゴミになってしまうのだという事を学びました。


 一生懸命集めても、大切にしてきても…、結局最後はゴミになってしまうのだという事を知ったマサキは、何かを集めるのはやめようと心に誓ったのでした。



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