十七話 白煙
十七話 白煙
同刻、日は暮れ辺りは暗がりを帯びる中、工房からは鉄を叩く音が聞こえる。大槌を手に規則的に叩き上げられた鉄は鋭利で骨をも断ち切る名剣へと姿を変えていく。
「親方できました。」
焼ける様に暑い工房にて煤まみれのフィンはか細い声でティアブルを呼びつける。その工房の中は幾千もの武具が並び商品を受注までの期間へと備えている。
「できたか、」
ティアブルはフィンが作った剣を眺める。
「まあまあな出来だ。」
ティアブルは自分の白い顎髭を触り、フィンが作った剣を品定めする。
「はい、」
フィンは煤まみれの手で頬をかく。
「これから飯だ。その煤まみれの体を綺麗に洗い流せ。」
ティアブルは布切れをフィンに投げつける。
「分かりました。」
フィンは工房を出てすぐそばにある井戸から水を汲み上げ、煤まみれの体を丁寧に洗う。
ひとしきり体を洗い終えたフィンは日の暮れた町を空虚な目で見る。
街を薄らと照らす不思議な星々の中には月の様なものがある。
フィンは少しの間想いにふける。
すると工房からティアブルの声が響き渡る。
「おいフィン!早く来い!飯が冷める!」
「はい。」
ティアブルの言葉はフィンの意識を超えた首輪の力を引き出し、強制的に工房へと足を動かさせる。
今日の夜ご飯はディアーシンクと言う鹿のシチューだ。朝から晩まで働きっぱなしのフィンはお腹が空いていたのかシチューを大きく口に頬張り、貪るように平らげる。
「フィン、お前、俺の後を継ぐか?」
ティアブルはポツリと言い放つ。
「それは命令ですか?」
「いいや、気まぐれだ。」
「考えておきます。」
「そうか、、」
ティアブルはフィンの前に置かれている空の器を目にする。
「食ったんなら早く寝ろ。明日も忙しい。」
「はい。」
フィンは寝床につき、工房を後する。
「フィンか、、」
俺がこの見知らぬ世界に生まれ落ちて今日で18年になる。出生は知らない。俺は生まれてすぐに奴隷商へ売られ、鍛冶屋であるティアブルに買われた。初めは身の回りの世話をする小姓として買われたが、今では身の回りの世話どころか家業の手伝いをしている。その家業の出来からかティアブルに「俺の後を継がないか?」と話が出ているほどだ。しかし俺が奴隷と言う事実は変わらない。ティアブルが一つものを言うと僕の首にある紋様が光を帯び始め、強制的に俺を操る。僕の意思など無いのだ。しかしティアブルのおっさんは奴隷の俺に良くしてくれている。本来奴隷の扱いは酷いものだ。ティアブルのおかげでそんな世とは反対に良くも悪くもない普通の日常を送っている。このままティアブルの後を継ぎ、一生奴隷として生きていくのも悪くないだろう。でも俺は世界を知りたい。前は道半ばで折れて全てを投げ出してしまった。
「俺は次は負けない...いや負けたくないんだ。この先何があろうとも這いつくばってでも自由に生きてやる。もう何にも縛られない。」
その時初めてフィンの空虚な目に光が宿った。
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デムナ・フィン・マックルール
魔力特性「魔造形」
効果 目で見た魔力の全てを再現する。
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日が落ち、月夜が世界を照らす中、空から見下ろした魔物領には煌めく緑光が映り込む。
「耀煌腕(ラディアエリディブス!!!」
緑の光を纏ったローバの拳は僕へと放たれる。
ヴィタは両腕でその拳を防ごうとするがそれは悪手だった。ローバの規格外のパワーによってガードが意味を成さないのだ。防御を崩された無防備の体にそれは打ち込まれる。
「ぐっっあ、、」
鳩尾にめり込むローバの拳によって僕はその場でへたり込む。その後は地をなめることしかできない。
「ヴィタ言っただろ?私の魔力特性は「光力」身体能力を上げる特性だ。強化された身体能力にお前のそのちんけな防御で防げるわけないだろ。」
「じゃあ、、どうやって、防げっていうのさ、」
ヴィタ胃から口へ流れ込む胃液を飲み込み、事を尋ねる。
「この言葉を知らないか?攻撃が最大の防御って言葉だ。」
「まぁ聞いたことあるけど、、」
「分かっているならすぐに立て、このままで終わりじゃないぞ。あとこれを20セットはやらないとな。」
「えっ!そんなんされたら死んじゃうよ!!」
「大丈夫、私が治してやる。」
「良かったな。これで一日中訓練ができるぞ。」
そう言うローバは綺麗なその顔で悪魔的な笑みを浮かべた。
「おっとその前にヴィタ、一つ助言だ。」
「何だよ。」
「戦闘中、どんなに状況が逼迫していたとしても思考を止めるな。」
「まぁ一応考えてはいるよ。」
ローバは僕のことを考え無しの馬鹿だとでも思っているのか?
「それじゃ足りない。お前の能力は考え無しで戦える能力じゃない。得意分野であるデバフや状態異常を付与するにしてもそれには全て技術が伴う。お前の能力は技術のあとにくる付属の効果に過ぎない。だからこそ人よりも数倍の思考を駆け巡らせろ。考えるのを辞めるなよ。」
ローバの言う通りだ。僕の能力は万能ではない。ローバのように状態異常に対して強い耐性を持つ相手と対峙した際、今の僕にはそれを乗り越えられる能力も技術もない。これはこの先も永遠に苦労するであろう課題だ。駆け巡らせる思考は生き抜くにはために必要な戦闘技術だ。
ヴィタは大きく息を吸い、邪念を捨てる。
僕は目の前に対峙するローバ以外の無駄な思考を捨て、ローバとの戦闘に没頭する。
するとその場の空気は一変した。ヴィタの周囲に黒い靄が漂い、体にまとわりつく。
「そうだヴィタ!」
「それを待ってたんだ!!」
ローバはヴィタの中にある能力の片鱗を見て、昂る感情をむき出しにする。
「さぁ!!やろうか!!」
不敵に笑うローバはヴィタへと突き進む。
「耀煌腕!!!」
「蒙塵」
殴りかかるローバだったが突如ヴィタの体から大量の黒い粉塵が生成される。ローバは危機を察知して、粉塵の効果範囲から脱出した。
「20mか、、」
ローバは足で地面に線を引き、間合いを測る。
この粉塵の効果範囲はヴィタを中心に全長20mってところか、でもただの目眩しだとしたら虚仮威しだな。
「当たり。」
「!!!」
ヴィタの声と共に黒い粉塵は再び進行を始める。その場に佇んでいたローバは一瞬で黒い粉塵に包み込まれた。
「これで一本取ったつもりか?」
ローバは大きく振りかぶり大気ごと粉塵を殴る。すると突風が起き、足元にある砂が巻き上がる。
「これでこの妙な塵も、、!!」
しかし突風が起きたにも関わらずローバの視界は一向に晴れる気配がない。この粉塵は大きな風が吹こうとも以前ローバを包み込んだままだ。
「ハズレ。」
「やってくれたな。でも何となくだが分かったぞ。この黒い粉塵はお前の周囲にまとわりついてんだろ?お前が動けばこの粉塵も効果範囲を保ちながら移動する。」
「正解。」
「でもヴィタ、お前も気づいてんだろ?この能力には弱点がある。」
「うん。」
「それはどう足掻こうがお前自身が20m以内に存在すると言う弱点が。」
「じゃあ私としてはやる事は一つだよな。」
「うん。」
「付与蒙塵」
ヴィタは右腕に魔力を流し込む。
「耀煌腕!!!」
ローバは僕の動きに気づいたのか瞬時に魔力を左腕へと流し込む。
今の所は僕が描いた通りの流れだ。最後にこの蒙塵を付与した右手で触れることが出来ればローバを効果範囲に閉じ込めることが出来る。つまりこの黒い粉塵を操る主導権を付与し永遠に暗闇の中へと閉じ込める。
僕の勝ちだ。
「甘いぞヴィタ!」
次の瞬間大きな地響きが起き、砂利が巻き上がる。僕は地面が割れたことにより大きくバランスを崩す。
ローバはそれを見逃すような女じゃない。
「見つけた!!!」
砂埃の微妙な揺れからヴィタを見つけだしローバは会心の一撃を振るう。
「我慢しろよ!耀煌腕!!!」
ローバは大きく振りかぶり非情にも僕の顔面へと拳を放った。ローバの拳を受けた僕は後方へと吹き飛ばされ、黒い粉塵から飛び出した。
「なっ、!!」
ローバここで初めてヴィタにしてやられた事に気づいた。
ヴィタは鼻から血を流しながらもゆっくりと体を起こし、ニヤリと笑う。
「タッチ。」
ヴィタはローバに殴られる瞬間、蒙塵が付与された右手でローバを触れていた。ヴィタはローバがこの機を打開する事を読んでいたのだ。
「ヴィタ、やってくれたな。」
「うん僕の読み勝ち。」
「じゃああと19回だな。」
「へ?」
「解鳳」
ローバの緑色の光が黒い粉塵を跡形もなく解除する。
「なっ!何だよそれ!!」
「だから言ったろ?私はいい特訓相手になるって、」
「そんな、」
ローバにはヴィタの苦肉の策も無駄だった。
「よし次だ、次。」
「次からは解鳳を使っていくからな、もっと頭を使っていけよー。」
ローバは一段とギアを上げ、訓練を再開する。
「じゃあいくぞ!!! 耀煌腕!!!」
「ぎゃあーーーー」
「耀煌腕!!!」
「ぎゃあーーーーーー」
「耀煌腕!!!」
「ぎゃああああああああああ」
夜明けまで続いたこの地獄の訓練によってヴィタは少し打たれ強くなった。
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耀煌腕...緑色の光を纏った聖なる拳。本来光属性が持つことのない攻撃の能力。
蒙塵...自身を中心に全長20mに黒い粉塵を発生させる。黒い粉塵は発動者が動くとそれに合わせて効果範囲を保ちながら移動する。黒い粉塵の中に入った場合、外見同様ヴィタの姿が見えず視認できない。そして方向感覚を狂わせる。
デメリット...蒙塵の発動中は術者は効果範囲の中心からは外れることができ無い。
付与蒙塵...触れた相手に蒙塵を付与する。黒い粉塵を操る主導権を渡し、閉じ込める。