十六話 嘘。
十六話 嘘。
最悪だ、よくない日がが続いている。これが続く様なら気でも滅入ってしまう。
ヴィタは沈む感情を押し殺す。
こんな時こそ良いことを思い浮かべなければ、、、
そういえば今朝聞いた話だとキリアンは昨日のことを何も覚えていなかったらしい。そう考えると悪いことばかりじゃ無い、僕にだっていい風が吹いている筈だ。
ヴィタは拳をあげ、無理やり自分を鼓舞する。
「何やってんだろ僕、、」
冷静になったヴィタは高らかに挙げた拳を下ろし、しばし虚無の時間に入る。
そうして村への帰路を辿る中、ヴィタは大きな岩壁に差し掛かる。
しまった…忘れてた。
どうやってこの壁を越えよう。
散々苦労をしたこの岩壁のことを忘れてしまうなんて僕は疲れている様だ。今日はすぐに帰ろう。ヴィタは大きなため息をつくと、遠回りになる村の前門へ足を動かした。
諦めていたその時、ヴィタの足に不自然にも風が絡みつく。
「何だ?」
足に纒う風は次第に大きくなり僕を浮かび上がらせるていく。
「おおおおお、!!」
僕は身に覚えのある風に包まれながら岩壁の上へと運ばれた。
しかし岩壁の上に立つ人影を見て僕は苦い顔をした。そこにいたのは薄緑色の毛色の狼人、グリエルだった。
「よう、クソガキ!」
「よりにもよってお前かよ。」
足を包み込み押し上げる風、合点がいった。キリアンはグリエルの弟子なんだ。グリエルに教えをこいたのだろう。
「何だ文句でもあんのか?」
それに何だってこんな時に会っちゃうんだ、、
「いやべつに、」
「お前、俺の愛弟子のキリアンをぶっ飛ばしたんだってな。」
厄介なことになりそうだ、、
「それは僕じゃなくてカーブだよ。」
「そんな事はどうでも良い、その場に居たんならお前も同罪だ。」
「じゃあ僕と戦うの?」
そう言うとグリエルはニヤリと笑った。
「そうだな、ここなら前みたいにアルナの邪魔がはいらねぇからな良いかもな。」
「前はアルナに捻り殺されそうになって無様だったからな。」
グリエルを煽ると周囲の風が激しく吹き、切り裂く風が僕の頬をなぞる。
「俺を煽るのはいいが死ぬのが早まるだけだぞ?」
ヴィタの頬からは血が伝う。
「僕が暴猪を倒したことを知らないの?」
「お前なんて1秒もかからないぞ?」
「・・・」
僕は魔力の込めた手をグリエルの顔に翳す。
「あまり調子に乗るなよ?俺が本気で殺そうと思ってるんなら不意打ちで首を切り落とすことだって出来たんだ。」
確かに僕を殺したいのであれば今のグリエルの行動は少し妙だ。
「じゃあ何が目的だよ。」
「明後日開催される狼人祭に参加しろ。」
「なんでお前と戦うために参加しないといけないんだ。」
そのグリエルの言う狼人祭とは伝統ある狼人の祭で代々開催されている祭で祖先の魂を祝う場である。それは毎年開催されている由緒ある祭りだ。しかしその醍醐味はとある称号をかけて戦う。勝ち抜きのトーナメント戦。それは年齢や男女に問わず参加可能で腕自慢の狼人が参加する。
怪しすぎる。
グリエルのその面持ちには僕には読み取れない企みがある様に伺える。参加していいことなどあるわけが無い。
「断る、勝手にやってろ。」
「これでも俺なりに配慮方なんだぜ?」
背を向けた僕にグリエルはそう言い放つ。
「本当は今ぶっ殺したいところを我慢してやってんだ。」
「なにをいって、」
「俺はここにくる前、トーナメントの抽選箱にルーナとダイスの名前を入れてきた。」
「、、、」
「この場合、トーナメント戦でルーナとダイスが俺と当たったらどうなるだろうな。」
グリエルのやつ悪知恵を使ったらしいな。万が一トーナメントでルーナとダイスがグリエルに当たった場合、ただでは済まないだろう。
「目的は僕だろう?今僕とやれば済む話だ。」
「それは俺とって都合が悪い、村で殺しは出来ねぇ、前にお前を殺しかけた時に酷い目にあった。あくまで俺がやりたいのは試合だ。」
交渉の余地もないな、やられた。
「それで僕が仮にトーナメントに参加するとして、僕と当たるよりも先にお前がルーナ達にあった場合はどうなる。トーナメントの組み分けはランダムだ。その場合僕がトーナメントに出る意味がない様に感じるが?」
「お前が参加するっていうなら、その時はもちろん手を向いてやる。」
「でも覚えておけ?俺と当たる前にお前が負けた場合、お前を不参加とみなすからな。」
どうしよう?僕がこのトーナメント戦に参加するメリットが一ミリもない、でも参加しないとルーナとダイスがやられてしまう。
「まぁここまで言ったわいいものの、別に参加しなくてもいいぞ?」
「は?」
「憂さ晴らしはルーナやダイスで我慢してやる。」グリエルは僕の心意を知ってか心を揺さぶる。
「じゃあな俺はもう行く、懸命な判断をしろよ?」
そう言うとグリエルは岩壁を飛び降り、外の森へと消えていった。
「何でまた僕にばっかり、こんな時に母さんがいれば、、」
頭を悩ませるヴィタだったが一つの考えを閃いた。
いや待て、そのトーナメントに父さんに出場して貰えば何もせずとも助かるのでは?
このトーナメントは年齢関係なく参加可能だ。グリエルは父さんがいるところでは好き勝手にはできない筈...その作戦で行こう。
「いや無理だぞ?」
「え?」
「そうね、大事な時期だから。」
家に帰って早々、そのプランは打ち砕かれた。椅子に腰掛けた妊娠中の母さんに寄り添いながら父さんが続けて言い放つ。
「母さんの件もあるが父さんは昔にあの祭で優勝してるからな、出場できないんだよ。」
「そうよ?ヴィタむちゃいっちゃいけません。」
アルナに軽く怒られる。
「マジか、」
頭の中で崩れ去る完璧なビジョン。今にも膝から崩れ落ちそうだ。
「こっちきて。」
アルナはヴィタへ手招きをする。近寄るとヴィタの頬を優しくさする。
「これどうしたの?」
僕はアルナの手を避けるように視線を逸らした。
僕は「カーブにやられた。」と答えた。確かにカーブに受けた傷はある。けれど母さんがさするその傷はグリエルによって受けた傷だ。今グリエルの話でもしたら嫌でも心配をかけてしまうだろう。だから嘘をついた。僕がもっとも危惧していることは自分のことではなく新生児のことだ。妊娠しているアルナに負担をかけるわけにはいけない。
「また暴走しちゃった?」
「うん、あいつ僕を狙ってきたんだ。」
「暴走しているよ?狙って攻撃なんか出来ないわ。」
「ほら痛いの苦手でしょ?」
「無理をしないで明るいうちにローバのところに行って来なさい。」
今の時刻は夕暮れに入りかけている。
「うん。」
頼みの綱が切れた僕は診療所へと向かう。
診療所へと辿り着いた僕は戸を叩く。
「ローバ怪我治して。」
しばらくして診療所に入る。そこには普段通りのローバがいた。普段通りとは薄手の軽装で身を包み、際どいラインを露出している姿のことだ。奥から出て来たローバは寝ていたのか大きく背伸びをする。
「あぁヴィタか、お前また怪我したのか。」
「カーブにやられたんだよ。」
「ふーん」
頬にある切り傷を触り、ローバは怪しんでいる。
「それはグリエル、カーブの口の中、」
「あ〜」とヴィタは口の中をローバに見せる。そこにはパックリとキレた傷口をあった。
「お前またグリエルに絡まれてんのか?」
ローバは呆れ口調で言った。
「まあそうだね。」
ローバは治療を開始する。ローバの体には次第に光が宿る。
「ん?何で前にグリエルに絡まれたこと知ってるの?」
「それは私が直したからな。知っていて同然だ。」
「えっ!そうだったの?」
ローバは治療を早々に終わらし、両頬をつねりあげる。
「あの時死にかけたお前を私が助けてやったんだよ?」
「マジでごめん、知らなかったです。」
両頬がローバによって吊り上げられる。
「まぁ、あの時は意識はなかったからな仕方がないと言ったらそうか、、」
「はい、勘弁してください。」
ローバは手を離す。
「で、何でまたグリエルに目をつけられたのさ。」
「カクカクシカジカ」
僕は一から丁寧に説明した。
「なるほどな、また面倒だな。」
「はい、勘弁してほしいです。」
「でヴィタ、お前はどうするんだ。」
「このままの状態で行くつもりか?負けるぞ?」
ローバは当然の様に呟く。
「それは、、」
僕は口籠ってしまう。何故なら今の僕は何の策も持ち合わせていない。
「ヴィタ、変に頭を使わずお前自身で解決してみろ。」
「それが無理だから苦労してるんだ。」
「お前が自分で解決するっていうなら協力してやる。」
「本当?!」
「様はグリエルより強くなればいいんだよな?」
「まぁそうだけど一番無理だよ。前にグリエルにやられたからわかるけど何もかも足りないよ。技術も経験も何もかもが1日でどうこうできる差じゃない。」
グリエルには高い戦闘技術がある、勝てるわけが無いんだ。
「私なら協力できる。グリエルと戦うなら属性での戦闘を身につけないといけない。闇属性の訓練する上では私の右出るものはいない筈だ。」
「なんでさ」
「それは闇属性の状態異常は私には効かない。食らったところで光属性で治癒できる。
「んな無茶苦茶な、、」
「狼人祭は明後日だよ?」
「なら今から始めればばいいだろう?」
「はい?」
僕はローバに手を引かれ診療所の外へと連れられる。
「だから無理だって、それに僕ローバに攻撃なんかしたくないし。」
「それは嫌でもしたくなる。でないと死ぬぞ?」
「え?」
「私の魔力特性は「光力」光属性を自身の身体能力へと変換する。」
夕暮れが始まり辺りが暗くなる中、ローバの体は緑の光が放たれ、周囲を照らしあげる。
「えっちょっと待って!!!」
慌てふためく僕を他所にその光は両腕へと流し込まれてゆく。
「死ぬなよ?」
そう言うとローバは地面を蹴り上げた。
「耀煌腕!!!」
緑光を纏うその光は僕の鳩尾へ打ち込まれる。
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ローバ
魔力特性「光力」
自身の光属性を身体能力へと変換する。