表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

不完全な物語 :旧版

もくもく

作者: 惨敗兵

灰色の煙が街を覆った。

街の近くの山が噴火したわけでもなく、

どこかのマンションでの大火事でもなかった。

どこからか煙は湧き出した。

そして、煙は空に行かなかった。


息はできた。

咳も出なかった。

苦しくなかった。

視界が悪くなるだっけだった。


初めはそんな異変に多くの人間が動揺して恐怖していたが、

多くの人間はすぐに慣れ、元の生活にもどっていった。


俺のような臆病者を除いて。

俺はこんな煙どうって事ないと思ってた。

だが怖かった。

お前の顔が見えなかった。

声すらなぜか聞こえなかった。

ただ、お前をしっかりと認識できないだけでこんなにも恐怖するとは思わなかった。


それでも俺はどうにか立て直して生活していた。

お前に話しかければ身振り手振りで反応してくれたから。


しばらくして、お前からの反応が無くなった。

「気のせいだろう。」

「お前も疲れてるだけだよな。」

そう思うようにして、心が折れるのを必死に我慢していた。

本当はわかっていたはずだったが。



煙草はもう吸えなさそうだ。

震える手で着火しようと試してみても火が出ない。

どうやらライターの燃料がなくなって着火できなくなっているようだ。

どうにか火がつかないかと試していると。


「禁煙するいい機会じゃないか。」

と、お前が笑って言ったような気がした。

振り返っても、お前は動いていなかった。


そんな事言われたら、幻聴だろうとなんだろうと俺はこう返さなきゃいけねぇ。

「うるせえ、俺の人生はこの一服のためにあるんだよ。誰にもこれはゆずらねぇ、お前でもな。」

ってな。

その時から、俺は見えない恐怖が少しずつ薄れていっていた。

お前の記憶と同時に。



ある時、ふと煙が怖かった事を思い出した。

煙の中に立つお前の姿と一緒に。


振り返ると、お前はそこにいた。

突然涙が溢れ出して止まらなかった。

朧げだった記憶が、思い出が鮮やかに彩られる。


煙い。自分の手すら明確に見えないほどの。

そんな煙が、全てなくなっていたような気がする。

どこか懐かしいお前の顔を見ると、笑っているようだった。

久しぶりに火のついたタバコを咥えて、俺は静かに目を閉じた。

「あばよ。今回の一服はお前と一緒にやってやる。」


タバコの煙は、もくもくと空に伸びて消えた。

ここまで読んで頂きありがとうございました

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ