もくもく
灰色の煙が街を覆った。
街の近くの山が噴火したわけでもなく、
どこかのマンションでの大火事でもなかった。
どこからか煙は湧き出した。
そして、煙は空に行かなかった。
息はできた。
咳も出なかった。
苦しくなかった。
視界が悪くなるだっけだった。
初めはそんな異変に多くの人間が動揺して恐怖していたが、
多くの人間はすぐに慣れ、元の生活にもどっていった。
俺のような臆病者を除いて。
俺はこんな煙どうって事ないと思ってた。
だが怖かった。
お前の顔が見えなかった。
声すらなぜか聞こえなかった。
ただ、お前をしっかりと認識できないだけでこんなにも恐怖するとは思わなかった。
それでも俺はどうにか立て直して生活していた。
お前に話しかければ身振り手振りで反応してくれたから。
しばらくして、お前からの反応が無くなった。
「気のせいだろう。」
「お前も疲れてるだけだよな。」
そう思うようにして、心が折れるのを必死に我慢していた。
本当はわかっていたはずだったが。
煙草はもう吸えなさそうだ。
震える手で着火しようと試してみても火が出ない。
どうやらライターの燃料がなくなって着火できなくなっているようだ。
どうにか火がつかないかと試していると。
「禁煙するいい機会じゃないか。」
と、お前が笑って言ったような気がした。
振り返っても、お前は動いていなかった。
そんな事言われたら、幻聴だろうとなんだろうと俺はこう返さなきゃいけねぇ。
「うるせえ、俺の人生はこの一服のためにあるんだよ。誰にもこれはゆずらねぇ、お前でもな。」
ってな。
その時から、俺は見えない恐怖が少しずつ薄れていっていた。
お前の記憶と同時に。
ある時、ふと煙が怖かった事を思い出した。
煙の中に立つお前の姿と一緒に。
振り返ると、お前はそこにいた。
突然涙が溢れ出して止まらなかった。
朧げだった記憶が、思い出が鮮やかに彩られる。
煙い。自分の手すら明確に見えないほどの。
そんな煙が、全てなくなっていたような気がする。
どこか懐かしいお前の顔を見ると、笑っているようだった。
久しぶりに火のついたタバコを咥えて、俺は静かに目を閉じた。
「あばよ。今回の一服はお前と一緒にやってやる。」
タバコの煙は、もくもくと空に伸びて消えた。
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