また明日って言われた
俺が目覚めてから一時間。兆野さんと学校の事やクラスの事を聞いた。高校は新設校だから設備がキレイらしい。あと、俺は兆野さんと同じクラスらしい!
そんな時、勢いよく病室の戸が開いた。
「天地人!」
父さんだ。いつも仕事に着ていくシャツが乱れ、ここまで来るのに相当急いだのが分かった。なにもそんな急がなくて、も。
「父さん?」
俺は父さんに抱きしめられていた。汗の匂いと整髪剤の匂いがする。
うちはジジババと寡黙な父の四人家族だ。たった一人の働き手として、いつも寡黙で表情なんて変えないような人だと思っていたんだけど。
「良かった……」
心の底から溢れたような声を聞いたら、たまらなく照れくさくなってしまった。
「恥ずかしいからやめてよ。ほら、こんなピンピンしてるし」
わざと体を揺らしてみせた。父さんは抱きしめ終えた後も俺の肩に手を置いて、ぐりぐりと強めに揺さぶる。ちょっと痛い。でもそれくらいが心地よかった。
父さんは一歩退き、病室の戸を少し開けて、外に声をかける。誰か呼んだのか? 入ってきたのは美人の女性だ。どことなく兆野さんに似ているが、兆野さんより近寄りがたい雰囲気がある。 誰だろう、と思った矢先、兆野さんが来客用の椅子から立ち上がる。
「お母さん!」
ああ、兆野さんの母か。たしかに顔立ちが親子って感じだ。
兆野さんの母は俺のベッドの脇に立つ。視線は兆野さんの方を向き、嬉々とした兆野さんを目で制した。
「天地人さん、まずあなたに言わねばならないことがあります」
知らない大人の人から改まった言葉遣いをされると妙に緊張する。
まさか、兆野さんに俺が告白したということがすでに知られてるとか?
おいおい嘘だろ、俺の交際期間はまさかの一時間か?
「この度は……」
絞り出したような声だ。
兆野さんの母はみるみるうちに表情を崩し、しまいには床に膝を付いた。これが泣き崩れるってやつなのか。急にどうしたんだと差し出した手を握られる。
「この度はっ……、私の、百愛の命をっ助けてくれで、ありがとうございました……っ」
そのまま頭を深く、深く下げた。前髪で隠れて顔は見えない。ただ、布団の上にぼろぼろと涙の跡が付いていく。俺の手を握るその手は力を込めすぎて震えていた。痛かったけど、別に良かった。
「あ、あの、俺、さっき起きたばかりで。でも、兆野さんをちゃんと助けられたって分かったから、良かったです」
こんな時、上手い言い方が分からなくてしどろもどろだ。泣く女性の後ろで父さんがうんと頷いた。じゃあこれで良いのかもしれない。
しばらくして女性が顔を上げ、兆野さんが学校で無事に過ごしている事だとか兆野さん(もちろん娘の方)がほとんど毎日お見舞いに来ていた事だとかを聞いた。しまいには兆野さんが「お母さん、それは言わなくていいよ!」と照れた。
でも別れ際、
「それじゃあまた明日も来て良いかな」
兆野さんは肩を縮こませ、オドオドしながらそう聞いた。
「あ、ああ。えっと、また明日」
俺は恐る恐る手を上げた。兆野さんは小さく手を振り返した。急に頭がかゆくなりだした演技はしなくて良かった。
兆野さん母娘が帰ると、父さんにまだ俺は二日ほど検査で入院しなきゃならないと教えてもらった。入れ違いで入ってきた看護師が夜間の付き添いの案内をしたが、俺と父さんは二人して遠慮した。