こんな俺に彼女ができた
目覚めた俺はぜんぜん頭が覚醒してなかった。
朝は弱いんだよな。
「一ノ瀬くん!? 起きた……!」
ああ? 誰だ。もう、うるさいぞ。
「わたしです! 兆野百愛です!! あなたに助けてもらった!」
モアイ?
じゃあここイースター島か……?
「違います! ど、どうしよう。やっぱり頭が……! そうだ看護婦さん!」
なんか俺の頭のそばで、プーという機械音がして、ぼんやりと、そしてゆっくりと、車のクラクションのことを思い出した。
白いトラック。ぶつかる男子。女子生徒。すごいキレイな……。
「あ……」
そ、そうだ。俺は女の子を助けようとして、それで、あれ?
周囲は見知らぬ場所。
「ここは?」
「ここは病院です。いま看護婦さんを呼びましたからね」
めっちゃ綺麗な瞳をした少女が、俺を上から覗き込むように見ていた。
「も、もしかして俺、寝てたのか……?」
完全に記憶が飛んでいる。なにそれこわっ。そもそもなんで病院にいるんだ?
困惑する俺のところに来た看護師に意識が大丈夫か確認されて、それから交通事故に遭ったことと外傷が何も無いことを教えてもらった。
そして、すでに五月になったことも。俺は一ヶ月もの間、眠っていたらしい。目の前の女の子は四月にしては薄着だし、窓の外から見える木々も新緑だ。本当に一ヶ月も。そりゃあ記憶が飛ぶくらいするだろうな。
「で、きみが轢かれそうになってた子なの?」
ベッドボードに寄りかかり、俺は同室の少女に話しかける。
頭にチョココロネが二つくっついた髪型だ。なんか見覚えがある。
「はい。兆野百愛と申します。……あっ、あの。改めて、この度は助けていただき、ありがとうございます」
深々と頭を下げた。彼女の丸い頭がこちらを向く。
「あっ、いや、そんなぜんぜん。怪我も無いらしいし。それより、ち、兆野さんは怪我なかった!?」
あわててぶん投げた記憶はある。
兆野さんは頭を上げて、頭を横に振った。
「わたしは大丈夫です! というか、最初にわたしの心配、してくれるんだ……ふふ」
わっ……、かわいい。
なんだろうこれ。小学生の時、徹夜して観察した朝顔が咲いた時の感動に近い。
「そうか、父さん! これが『義と愛に生きよ』なのか!?」
偽りのない感情だ。大切にしなきゃいけないなあ、としみじみ思うこの気持ち。
「急にどうしたの、一ノ瀬くん?」
「ごめん。こっちの話。そういえば、どうして兆野さんは俺の病室に?」
危ない。名前が天地人だから、昔はちょっと本気で『義と愛に生きよ』を実践しようとしてた話はさすがにできない。くそ、なんで闇に葬りたい記憶は飛んでないんだ。
「そ、それは……。ごにょごにょ……」
口で『ごにょごにょ』言う人は初めて見た。それに心なしか目をそらされてる?
「ま、まさか、俺なにかやらかした?」
絶対そうだ。そんなことでも無ければ非モテな俺にこんな可愛い女の子が会いに来るわけないだろ!!
「違うの! 違うんだけど、えっと」
「よ、良かった。何もしてなかったなら」
「ううん! したことはしたんだけど……」
「えぇ!?」
俺は一体なにをしでかしたんだ!?
そしてどうして顔を赤くしてるんだ……? カンカンに怒ってんのか? それとも泣きそうなのか? わからん。女の子まったくわからん。
兆野さんはそらした目をこっちに向けて、おずおずと言い出した。
「あ、あのね。一ノ瀬くんがわたしに好きだって言ったの……」
ア、アノネ。一ノ瀬クンガワタシニ××ダッテ言ッタノ?
「ん? ごめん。よくわかんなかった」
「一ノ瀬くんがわたしに好きだって言ったの……!」
ちょっと強めの語気で言い直されたし、俺に向けたその顔は真っ赤になってた。
でも、俺はそれよりも、宝石を見つけたような喜びに、布団のシーツをぎゅっと握り込む。たぶん記憶が途切れる瞬間に見た、あのキレイなものってこの子の瞳だったんだ。
顔をはっきり見るまで気づかなかった。
「そうか、思い出したよ」
彼女の顔をまじまじと見返す。
良かった。ちゃんと俺は助けることができたんだな。
「で、でね……。わたしの返事は、その、ぉ、オーケー、だから……」
なぜか突き出された自信なさげなサムズアップを見て、俺は今の話を耳では聞いていても頭でぜんぜん理解しきれてなかったのに気づく。
「あれ? 俺が兆野さんに好きだって言って、それをオーケーって言った?」
「言った。言いました……」
ま、まじか。
あの瞳のキレイさは思い出したけど、告白したことは完全に記憶にない。というか俺がそんなことできるのか? いや、でも、あの勢いで言っててもおかしくないか……。
「あと、わたし、お付き合いって初めてなんだけど、良いかな……?」
言ってからうつむいた。兆野さんの「言うんじゃなかった、もうっ」という小声が聞こえてきた。なんだなんだ、やめてくれ。俺まで恥ずかしくなってくるじゃないか。
「というか、お付き合い? それは男女が交際するっていうあの?」
「それ以外になにか?」
キョトンとした顔。まあ、そうなるよな。だけど、俺だぞ。友達もいない。まして恋愛なんて対角線上の出来事。かすりもしない非モテ男子に彼女ができるってことなんだよな?
「いや、それしかないよな」
顎に手を当てて考え込む。
こんな千載一遇のチャンス、俺の人生に二度はない。
まさに義と愛に生きたからこその、天の時。
「わかった。改めて、俺は一ノ瀬天地人。兆野百愛さん、これからよろしく」
俺は頭を下げる。
衣擦れの音が頭の上から聞こえ、兆野さんが頭を下げたのが分かった。
俺の心の中で自分ルールを設ける。
自分ルール第一条、愛のために行動せよ、と。
たぶん、恋愛の対角線上の俺は、変わらなきゃならないんだ。