もう一度
クレイsideのお話です。
かっこいい、と言ってくれたメイベルの声が、まだ耳に残っている。なんだか、ずるをして聞き出してしまったような気分だ。
「クレイ、いつもの紅茶じゃないのか?」
ジャックに声をかけられた俺は、手元を見たまま振り返らずに答える。
「えぇ、気分転換にと思いまして」
先日、メイベルからもらった紅茶を淹れたのだ。香りも高く、これは期待できそうだと思うのと同時に、彼女の顔が脳裏をよぎる。ドーナツの看板を見た時のキラキラとした瞳は、昔と変わっておらず、微笑ましく感じたものだ。半分こ、と言われた時はさすがに驚いたが、メイベルらしい発想だと思ってしまったこともまた事実。これが惚れた弱みというものなのかと、よくよく実感したのである。
「……………そんなに美味いのか?その紅茶」
思わずニヤついてしまっていたらしい。ジャックは、紅茶についてだと勘違いしてくれたようなので、それで押し通すことにした。
「はい。とても美味しいんですよ」
「そうか」
「…………あげませんよ?」
「いらねぇよ」
ジャックに断られたのをいいことに、会話を終わらせて、自分の席につき、淹れた紅茶をひと口飲んだ。ゆっくり味わいながらも、心の中で首を傾げる。
これはこれで美味しいのだが、何かが違う。
やはり、メイベルの淹れてくれた紅茶の美味しさには敵わないようだ。彼女が淹れてくれる紅茶が1番美味しくて、コツなどを聞いてみたのだが、結局教えてはくれなかった。
「ただいま戻りました」
扉の開く音で、現実へと引き戻される。
「あぁ、ルイス。ご苦労」
ルイスがジャックに資料を渡し、そのままこちらへと歩み寄ってくる。
「次の休み、承認されてましたよ。ついでだから、渡しておいてほしいと頼まれました」
頼んでいた別の資料とともに、ルイスから手渡された紙には、昨日急いで申請した休暇が承認された旨が記されていた。
「あぁ、ありがとうございます」
「これまで休みなんて気にしたことなかったのに、どういう風の吹き回しですか?」
今まで希望の休みの届出なんて出したことがなかったため、ルイスにやり方を聞いたのが、それが間違いだった。興味を持つのは当然だろう。ルイスの追及から逃れるように、そっと視線を逸らす。
「特に理由はないですよ。休みたくなっただけです」
おそらく、メイベルは何か用事があってこの国に滞在しているはずだ。彼女がいつまでこちらにいるのかは分からないが、深く関わってはいけないと理性が止める中で、もう一度だけ、あと一回だけ、それだけならいいだろうなんて、欲が出てしまったのである。次の約束の取り付け方が、少し強引だったかもしれないなんて、後悔してももう遅い。
「何を隠している?グレン」
これまで黙って、ルイスとのやりとりを見守っていたジャックが、口を開いた。逃げることを許さないと言われているような、鋭い視線を投げかけてくるジャックからの問いかけに、なるべく表情を変えないように答える。
「この国の脅威になるようなことではない」
「……ならいい」
ルイスとジャックの追及から逃れることができて、ほっとした俺は、飲みやすい温度になった紅茶のカップに口をつける。
先日、メイベルの話を聞いて、つい"迷惑ではない"などと、勢いで口走ってしまった。なぜ彼女の背中を押すようなことを言ってしまったのか、自分でもよくわからない。
帰り際、俯いたままのメイベルの頭を、反射で思わず撫でてしまいそうになったのをぐっと堪えたのが、唯一褒められる点かもしれない。
次こそは、メイベルを止めるように動かなければ、と考えながら紅茶を飲むクレイは、そばで仕事を片付けるフリをしながら、筆談している男たちがいたことに気づかぬまま、次の休日を迎えることになる。
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