帰宅
今日はこれにて終了です!
クレイと別れ、滞在先へと帰ったわたしを待っていたのは、1通の手紙だった。
「まただわ」
さっきまで、クレイのおかげで温かい気持ちで満たされていたのに、手紙を見たことで一気に冷めてしまったのが自分でも分かった。
手紙の送り主は、ダニアスという。グレンがいなくなってから、傷心気味のわたしに付け込もうと、さまざまな男性が近寄ってきた。まだ幼かったし、優しくすればコロっと落ちるとでも思ったのだろう。誰にも興味はないのだと適当にあしらえば、大抵の人たちはあまり粘ることなく去っていったのだが、ダニアスだけは違った。
「君の気持ちに折り合いがつくまで、ちゃんと待つ」
そう言って、わたしから離れなかったのだ。ダニアスの気持ちには答えられないと、何度もお断りしたのだが、鋼のような心をお持ちのようで、まったく折れることはなかった。
そのうち、わたしの両親とも仲良くなり、今では婚約者(仮)のような状態になってしまっている。ダニアスは、別に悪い人ではないのだが、なぜか好きになれないのだ。両親という外堀から埋めていく手法も気に入らない。
もちろん、両親にも話はしているのだが、それでも嫁に欲しいと言ってくれている人なんて、ダニアスしかいないと、すっかり乗り気になってしまっている。生きているか分からない男を待ち続けるより、そんな男のことは忘れて、結婚して幸せになってほしいというのが本音なのだろう。そう思いつつも、結婚を無理強いしてくることのない両親には感謝しかない。
お互い侯爵家同士で、向こうが結婚に対して圧力をかけてこないのがまだ救いだ。
わたしの年齢になれば、大半が結婚している。結婚していないのなんてよっぽどの訳ありで、白い目で見られることだって少なくない。両親は、今は自由にさせてくれているが、わたしのことを思って、ダニアスと結婚してほしいと考えているのは、痛いほどよく分かるのだ。
それにしても、国外へ行くことは、なんとなくの話の流れでダニアスに伝えていたが、滞在先までは伝えていない。どうせまた父が教えたのだろう。いつものことである。
「……………はぁ」
ため息を吐きながら、送られてきた手紙を開く。手紙には、休暇をどのように過ごしているか、から始まり、ダニアスの近況報告で終わっていた。だからどうした?という内容でも、返事を書かなくてはならないのが苦痛だ。とりあえず、引き出しの中にしまうことにする。そのとき、部屋の扉がノックされた。
「お嬢様、お食事の用意ができました」
「わかったわ」
自室を出て食堂へと向かうと、すでに妹のフレアと両親が席についていた。わたしが最後だったようだ。
「遅くなってごめんなさい」
一言謝罪の言葉を添えてから席につき、食事が運ばれてくる。
「結婚式、エリルはやっぱり予定が合わないから、今回は不参加ですって」
エリルとは、フレアの婚約者だ。フレアが一目惚れして、猛アタックの末に射止めたらしい。我が妹ながら、なかなかの強者である。
我が家は、フレアとエリルが継ぐことが決まっており、家のことは任せてお姉様は自由に生きて、と言ってくれる、可愛らしい妹と婚約者なのだ。
「そうか。残念だったな」
父の知り合いの娘が結婚するのだが、その父の知り合いというのが、以前かなりお世話になった人物のようで、少しでも参加者を増やして祝いたいのだと言われ、一家総出でやってきた。まさか妹の婚約者にまで声をかけていたとは思わなかったが…。
「ダニアスくんにも声をかけたらどうだ?たしか手紙がきていただろう」
急に父から話をふられ、思わず手が止まった。
「手紙はきていましたが、それとこれとは話が別です」
「そうか。じゃあ手紙の返事はきちんとしておきなさい」
「……………」
「いいね?」
「………………………はい」
* * * * *
父からの念押しに渋々頷いたあと、わたしはさっさと夕食を食べ終えて、部屋に戻った。行儀が悪いことは承知の上で、ベッドへと身を委ねる。
自由でいることは許されているけど、このまま自由であり続けることは、おそらく許されていない。なんとも複雑な気分だ。
「そういえば今日、メイベルって呼ばれなかったな」
今日一日、クレイはわたしのことを、ずっとあなたと呼んでいた。クレイからの距離を感じるのに、近づいてくるのは向こうのほうで、何を考えているのかいまいちよくわからない。
目をつぶると、グレンとクレイの顔が交互に思い出され、慌ててぶんぶんと首を振った。グレンとクレイを重ねるのをいい加減やめないと、こちらがおかしくなってしまいそうだ。堪えていたものが溢れてしまいそうになる。
「ねぇ、グレン」
今度こそ、グレンの顔がはっきりと浮かんだ。
「どこにいるの……?」
わたしの悲鳴のような呟きは、そのまま夜の暗闇の中に消えていった。
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