散策 2
クレイが案内してくれたおかげで、迷子にならずにすんだのはありがたかった。グレンを探すことに集中してしまい、ここどこ?状態になるのは日常茶飯事だったからだ。
「………いませんね」
クレイが落胆したように呟いた。2人の、ふぅ、と息をついたタイミングが重なり、顔を見合わせて笑い合う。
「ひと休みしましょうか」
「そうしましょう」
2人で近くにあったベンチに腰掛ける。そこには、何台かキッチンカーが並んでいて、そのうちの1つの、ドーナツのイラストが書かれた看板が目に入った。カップの中に、ひと口サイズの丸いドーナツがいくつか入っているようだ。美味しそうだなぁ、と思って見つめていると、クレイが、少し待っていて、と言い、ドーナツの店へと歩いて行った。
おそらく、ドーナツの看板を食い入るように見ていたのがバレてしまったのだろう。申し訳なさ半分、恥ずかしさ半分で待つこと数分。帰ってきたクレイの手には、小さなカップが握られていた。
「よろしければどうぞ」
差し出されたカップの中には、看板と同じようにドーナツが入っていた。色々なフレーバーをつめ合わせたものらしく、カラフルで目にも楽しい。
「いただいてもいいんですか?」
「えぇ」
「ありがとうございます!ドーナツ大好きなんです」
幼い頃からの大好物に、心が躍る。しかし、クレイからカップを受け取ったところで、彼にお金を払ってもらっていることに気づいた。
「あの、お金…」
「かまいませんよ。喜んでもらえてよかったです」
クレイに食べるように促され、ピックに刺さっていたドーナツを口に運ぶ。しっとりした食感と甘さが口の中に広がって、自然と頬が緩んでしまう。
そのままの勢いでもう1つ食べる。先程のドーナツはプレーンだったが、こちらはチョコレートが中に入っているようだ。なんとなく視線を感じて、クレイの方を見ると、こちらをじーっと見つめていた。あぁ、そういうことか、と思い、ドーナツにピックを刺して、クレイの口元へと差し出す。
「………?」
クレイは、わたしが差し出したドーナツを見て、ぽかんとしていた。どうやら、わたしの考えていた理由ではなかったらしい。
「クレイさんと半分こするのかと思ったんですけど…」
クレイの反応を見るに、わたしが勘違いしてしまったのだと思い、慌てて手を引っ込めようとしたが、クレイに掴まれたことで阻まれる。あたふたしているうちに、クレイの顔がだんだんとドーナツに近づいて、そのままクレイの口の中へと消えていった。
「……………ん、美味しい」
その笑顔が破壊力抜群で、少しドキッとしてしまったのを誤魔化すように、わたしもドーナツをパクッと食べる。ところが、食べた直後、クレイと間接キスをしてしまった、ということに気付いたのだ。
まったくもって意図したことではなかったのに、先程のクレイの笑顔も相まって、顔が熱を帯びていくのを感じる。隣のクレイは、最初からそのことに気づいていたのかは分からないが、そこまで動揺していないように見えた。さらに、
「半分こ、なんですよね?」
などと首を傾げながら、次のドーナツを催促してくるものだから、ドーナツの入ったカップをクレイに渡そうとするのに、頑なに受け取ってくれない。もういっそのこと開き直ってしまおうと思いながら、わたしはクレイの口元に、ドーナツをもう1つ差し出すのだった。
* * * * *
結局、夕方まで散策したが、グレンらしき人物を見つけることは出来なかった。
「クレイさん、今日はありがとうございました」
わたしはかばんの中から、ラッピングされた小さな箱を取り出して、クレイに渡した。
「これは…?」
「今日のお礼です」
これまでのいろいろなお礼も兼ねて、クレイが好きそうな紅茶のセットをプレゼントすることにしたのだ。
「でも、僕があなたにお願いしてついてきたんですよ?お礼だなんて…」
「わたしこそ、これまでのお礼もちゃんとできてませんし…」
困っていると、クレイが「それじゃあこうしましょう」と、ある提案をしてきた。
「次の休みも、お手伝いさせてください」
「そこまでしてもらうわけには…」
「ダメですか?」
「……………………お願いします」
クレイは、わたしの手から紅茶の箱をさっと受け取る。満足そうに笑うクレイの顔が夕日に照らされて、思わず見惚れてしまいそうになったので、慌てて視線を逸らした。
「次の非番は2日後なのですが、ご予定は?」
「今日と同じです」
わたしは視線を下にしたまま答える。
「では、同じ時間に、同じ場所で」
クレイがそう言ったあと、視界の端で、彼の腕が動いたような気がして、慌てて顔を上げた。だが、それは気のせいだったようだ。
それじゃあまた、と言って、逃げるように別れたわたしは、クレイが悲しげな表情を浮かべていることに気づかなかった。
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