再会
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今日は、クレイと話をした喫茶店にきていた。クレイが貸してくれたハンカチを返すためだ。クレイの家も、働いている場所も分からないため、彼がこの喫茶店に来てくれるのを待つしかなかった。
グレンを探す時間は減ってしまうが、そのことは不思議と気にならなかった。クレイと会うことを、どこか楽しみにしている自分がいたから。
通りがよく見える窓際の席に座り、ミルクティーを注文する。そして、無意識のうちにイヤリングを触ってしまっている自分に気づいて苦笑した。もうクセになってしまっている。
「守り石…」
このイヤリングを渡してくれた時のグレンの声が、鮮明に甦る。グレンからもらった、唯一形の残るものだ。絶対に失くしてはいけない。
「ミルクティーでございます」
店員から声をかけられて、我に返った。イヤリングを触っていた手を、膝の上へと戻す。
「ありがとうございます」
ミルクティーを飲んでひと息ついた後、鞄の中から小説を取り出した。本を読むことは好きなので、待っている時間も苦にならない。しおりを挟んでいたページを開いて、ちらちらと人の流れを気にしては、また小説へと視線を戻す。
昔は本を読まなかった。本を読むきっかけもまた、グレンだった。小さい頃から、グレンは頭が良くて、いつも、わたしには分からないような難しい本を読んでいた。読書になんて縁がなかったわたしだが、グレンと一緒にいたいがために、少しずつ本を読むようなり、今では趣味といえるまでになった。
喫茶店の扉が開くたびに顔を上げていたが、しばらくすると本に没頭してしまい、次第に周囲の音も気にならなくなってくる。ふと気づいた時には、最初に開いたページからかなり進んでいた。つい夢中になって読んでしまったが、これではクレイが来たとしても、気づかないかもしれない。
気持ちを落ち着かせようとティーカップに手を伸ばすのと、わたしの隣で誰かが足を止めたのが同じタイミングだった。何事かと思い顔を上げると、そこには待ち望んでいたクレイの姿があった。
「………どうして」
「よかった!会えました」
もしお時間があるのなら、と向かいの椅子を勧めると、驚いた顔をしながらも席についてくれた。クレイは先日と同じように紅茶を頼む。わたしは、忘れないうちに渡しておこうと、鞄から彼のハンカチを取り出した。
「これをお返ししようと思ったんです。ありがとうございました」
「あぁ、そうでしたか。わざわざすみません」
クレイは納得したような顔で頷いた。
「気にしなくてもよかったんですよ」
そう言いながら、穏やかに笑いかけてくれるクレイに、どうしてもグレンの面影を重ねてしまう。勝手に懐かしさがこみ上げてくるのを、理性で抑えるのに忙しい。
「手の調子はどうですか?」
「もう大丈夫ですよ。ほら」
わたしはクレイの方へと腕を伸ばし、手をくるくる回してみせた。おそらく読書ができている時点で、ある程度痛みがひいていることは、彼にも伝わっているだろう。
「クレイ様のおかげです」
そんな話をしているときに、クレイの注文した紅茶が運ばれてきた。それに合わせて、わたしもミルクティーをひと口飲む。
「なんの本を読んでいたんですか?」
「ミステリーを読んでいました」
机の上に置いていた本の表紙を見せると、クレイが、おっ?と声を上げた。
「僕も読んだことありますよ。たしか犯人は…」
「え、だめです!ネタバレだめです!!」
わたしが焦って顔の前で手を振ると、クレイは楽しそうに笑った。
「ハハッ、冗談ですよ」
「もう!びっくりしたじゃないですか」
「すみません。反応が可愛くてつい」
クレイにからかわれたのだと分かり、恥ずかしさからか、少し顔が赤らんでしまう。
「この作者の作品は、最後のどんでん返しが売りですからね」
「そうなんですよ!一度も見抜けたことがなくて」
わたしが話した内容に、クレイが合いの手をいれる形で話が進んでいく。わたしは夢中になって話してしまい、気づけばクレイの紅茶から湯気が消えて、すっかり冷めてしまっていた。
「もうこんな時間に…」
「すみません!気づかなくて」
「こちらこそ、楽しくて長話をしてしまいました」
クレイとは出会ったばかりなのに、元来人見知りのわたしが、あまり緊張することなく接することができた。話しやすくて心地いい。
まるでグレンと話しているようだった。
「わたしたち、どこかで会ったことがあるのかも」
「……………そうかもしれませんね」
クレイの顔に翳りがさしたと思った瞬間、彼はティーカップを手に取り、冷めた紅茶を一気に飲んだ。
「明日も、グレンという方を探すのですか?」
先日、グレンの話をしてから、クレイなりに気にかけてくれているようだ。まぁ、あんな話をしてしまったら、気にしない方が無理というものだろう。
「はい。その予定です」
「非番なので、ご一緒してもかまいませんか?」
「え?」
クレイからの思いがけない提案に驚いているわたしをおいて、彼は話し続けた。
「先日のように危険な目に遭うかもしれませんし、1人より2人の方が、見つけやすいですよ」
「でも、せっかくの休みなのに…」
「地理はある程度把握しているので、案内できます。ご迷惑じゃなければですけど」
クレイは、どうしてわたしが、この国の地理に疎いということを知っているのだろうか。不思議に思ったが、わたしが無意識にそう思わせる振る舞いをしてしまったのだろうと考え、あまり気にしないことにした。どちらにしろ、クレイがいてくれるのは心強い。
「迷惑だなんてとんでもない。ぜひお願いします」
この喫茶店の近くにある広場を集合場所に決めて、お互い別れようと席を立つ。今日こそ伝票を、と意気込んで、グッと手を伸ばしたのだが、またもやクレイの方が速かった。
「僕が払いますから」
クレイはわたしの意図に気付いたようで、伝票を持った手を上へ伸ばした。わたしがぴょんぴょん飛んでも、彼の持つ伝票には届かない。
「お待たせしてしまったお詫びと、楽しいお話を聞かせていただいたお礼です」
明日、楽しみにしてますね、と言って、いたずらっ子のように、クレイがニヤリと笑う。ハンカチを返すだけのはずが、どうしてこんなことになってしまったんだろうと思いながら、わたしは小さく頷くことしか出来なかった。
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