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あの言葉を、まだ クレイside

前話のクレイverです。

前話から会話を抜粋して書いています。きちんとした会話の流れは、前話を読んでいただいてからのほうが、分かりやすいかと思います。

 用事を済ませて街を歩いていると、何かが木箱にぶつかる音がした。音がした方向を見ると、女性が壁際にある木箱の山に手をついている。あのつき方は、確実に捻っただろうなと思って、顔を見た瞬間、思わず足が止まった。



 そこには、もう会えないと、会うことなんてないと思っていたメイベルの姿があった。



 忘れたことなんて、一度もない。関わってはいけないと分かっているのに、気づいたら彼女の元へと走り出していた。


「黙ってないでなんとか言えよ」


 メイベルが突き飛ばされる前に、なんとか滑り込んで支える。思わず連れだと言ってしまったが、彼女は人見知りだから、驚かせてしまったかもしれない。


「お怪我はありませんか?」


 きっと怖かったに違いない、そう思ってメイベルに声をかけたのに、彼女の反応はまったく違うものだった。



「……グレン?あなた、グレンよね?!」


 メイベルの顔が、ぱっと明るくなる。彼女の表情すべてが、歓喜に満ちていた。


 声も、身長も、あの頃とは違う。養子に入り、名前も変えた。髪色さえも変えているのに、どうしてバレたのかと不思議に思った。だが俺も、一目見てメイベルだと分かったのだ。彼女も何か感じたのかもしれない。動揺したことを悟られないよう、ひと呼吸おいてから答える。


「…………誰かと、勘違いされているようですね?」


「え………?」


 メイベルに、こんなつらそうな顔をさせたいわけじゃない。それでも、彼女に正体を明かすわけにはいかないのだ。


「わたしよ?メイベル!ほら、これ、あなたがくれたイヤリング」


 知ってる。少しでも、俺の存在がメイベルに寄り添えたら、という願いを込めて、俺が選んだ。同時に、別れ際の彼女の泣き顔まで思い出してしまう。


「人違いです。僕はクレイ・エルダーと申します」


 名前が似ているだけだと告げると、メイベルの顔がみるみる青ざめていく。彼女からお礼を言われても、自分の中の罪悪感が増すばかりだった。



 たしかこちらの手だったはずだと、あえて痛めているであろう方の手をとる。


「………っ!」


 メイベルが顔をしかめた。俺は、ちらりと反対の手を盗み見る。きちんと比較はできないが、痛めた手首のほうが少しだけ腫れているように思った。


「やはり痛めていたんですね。このあと、時間はありますか?」



 * * * * *



 怪我の手当を口実に、メイベルを喫茶店へと誘う。ここなら店主も知り合いのため、安心して飲み食いできるのだ。


 軽く事情を説明し、手首を冷やすことができるように準備してもらった。彼女が水滴で濡れないように、それから冷たすぎることのないように、俺のハンカチを敷いた。



「本当に気にしなくて大丈夫ですよ。僕はグレンという方と、そんなに似てるんですか?」


 ほんの少しだけ、メイベルから話を聞きたいという欲が出てしまった。ここで"グレン"の話を振らなければ、また話が変わっていただろう。


「特に、瞳の色なんかそっくりです」


「どこにでもある色のような気がしますが…」


「そんなことありません。わたしにとっては特別なエメラルドグリーンです」


 俺のことは、髪色で判断している奴ばかりだったから、目の色のことを言われるなんて思っていなくて驚いた。イヤリングについても、お似合いですよ、なんて、自分で言っておて、白々しいと思う。






「あの日から7年間、ずっと待っているのに…」



「待って…いるんですか…?今でも……?」



 その言葉を聞いた瞬間、手にしていたティーカップを思わず落としそうになる。そんなこと、あるわけないと思っていた。


 探している、というのはまだ分かった。でも、あの約束を守るために()()()()()のであれば、話は違う。


「わたしが諦めたら、彼のことを待っている人が、誰もいなくなってしまうから」


 他の人と結婚したと言われることさえ、覚悟していたというのに。なぜメイベルは、沈みきった俺のことを、掬い上げようとしてくれるのだろう。



「わたしにはなんの力もないけれど、何があっても、たとえどんなことがあってもグレンの味方であると、ありたいと願い続けることさえも、許されませんか?背負っているものがあるなら、わたしにも分けてほしいと思うのは、自惚れですか?」


「………………………まいったなぁ」


 彼女の放つ言葉が、じわじわと俺の心にしみこんできて、囚われていくような感覚に陥る。それが心地よく、どうにも離してくれそうにない。



「まぁ、もしそうだとしたら、わたしの時間を返せって、1発殴りますけど」


「えぇ、殴っていいと思いますよ」


 もしメイベルに、本来の姿で会うことができるのなら、殴られるくらいかわいいものだ。



「探し人は、あなたにとって、大切な方だったんですね」


 気づけば、そんな言葉がポロリと口をついて出た。


()()()じゃありません。今でも大好きです」


 笑いながらも、泣きそうな顔をしているメイベルに、胸が締め付けられる。メイベルからの眩しいくらい真っ直ぐな想いを直視できず、不用意な発言をしてしまったと後悔した。いや、本当に後悔しているのは、()()()のことだが……。


「これは、失礼しました」


 メイベルが諦めてくれるようにと、言葉を重ねていくのに、最後まで彼女が折れることはなかった。それもそうだろう。出会ってすぐの人物によって諦めるくらいなら、とっくの昔に待つのをやめているはずだ。



「ずっと待ってるって、約束したからです」


 どうしてそこまで、俺のことを信じてくれるのか。なんの音沙汰もないのに。このままではいろいろと危ないと思い、ティーカップの中身をぐっと飲み干す。メイベルの笑顔を脳裏に焼き付けて、そのまま伝票を持った。


「ちょっと待ってください。ここはわたしが…」


「まだカップの中にミルクティーが残っていますよ。それに、失礼なことを言ってしまったので、そのお詫びです」


 これくらい、かっこつけたってバチは当たらないはずだ。店の外に出て、足速に店から立ち去る。



「諦めの悪い人だ」


 昔からそうだった。そんなところも、好きだと思ってしまう。


「なに喜んでんだよ、俺は…」


 メイベルが、あの言葉を信じて、俺のことを待ってくれていたなんて。


 もう俺の中では、諦めていたのだ。きっと、もう覚えていないだろうと。それなのにメイベルは"グレン" と生きることを、諦めていない。


 その事実が、これほど嬉しいことだとは想像していなかった。


 彼女に会ってしまえばこうなることくらい、自分でもわかっていた。他のものは全て切り捨てられても、メイベルへのこの想いだけは、どうしても捨てることができなかったのだ。秘めた想いの行方など、どこにもないというのに。




 きっともう、二度と彼女に会うことはないだろう。



「―――ありがとう、()()



 無意識に溢れ出た言葉は、誰の耳にも届くことはなく、雑踏の中へと消えていった



お読みいただきありがとうございました!

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