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知らないところで

 テオが去ってから、気をつけてね、という言葉がどうしても気になっていた。


 疲れているはずなのに、クレイのことやらグレンのことやらで、頭がぐるぐるとなってしまい、眠れるはずなどない。


 かなり夜も更けてきたし、そろそろ寝なければと思って部屋を真っ暗にしたが、結局ベットの中でゴロゴロしていた。


 そのとき、扉がそっと開く音がした。とりあえず、息を潜めてベッドに潜る。足音の持ち主は、迷うことなくわたしの方へと近づいてくる。もしかしたら、テオはこのことを指していたのかもしれないと身構える。叫んで、殴って、部屋の外まで走って、どうにか大きな声を出せば、きっと逃げられるし、誰かが様子を見に来てくれる。


 大丈夫。


 そっと息をつく。布団に手が掛かったタイミングを狙って…。


「…むぐっ」


 大声をあげようとしたが、その瞬間に口を手で塞がれる。これはまずいと思ったとき。


「静かに」


 耳元で囁かれる声に、わたしはハッとして、コクコクと頷く。すると、そっと口元から手が離れた。


「クレイさん、どうしてここに?」


 小声で聞くが、緊張した様子のクレイは、何も答えてくれない。


「絶対に声を出さないでください。いいですね?」


 わたしはゆっくり頷く。なにか緊急事態なのだろう。万が一にも声が出ないように、自分の手で口を塞いだ。


「いい子だ」


 クレイはそう言って、わたしのことを横抱きにした。自分で口を塞いでいて正解だった。いろいろと叫んでしまいそうだ。それに、部屋が暗くてよかった。たぶん、顔が赤い。


 そのままクレイが部屋を出て、2つほど隣の部屋に入る。さっきまで寝ていた部屋よりも、少しだけ狭い部屋だった。


「ここで寝てください」


「何が起こって…」


「事情は明日の朝に」


 ベッドに寝かされたのはいいが、こんな状況で眠れるわけがない。しかも、クレイはベッドの近くにある椅子に座ったまま、動こうとしない。


 聞きたいことが山ほどあるが、今じゃないことくらいはわたしにもわかるので、静かにしていることにする。


 それから1時間ほどたっただろうか。さすがにわたしもウトウトしてきたとき、近くの部屋から、かなり大きな物音がした。


 その後も、2.3度大きな音が聞こえて、わたしは思わず起き上がる。隣をちらりと見ると、クレイも立ち上がっていた。


 物音が止んですぐ、わたしたちの部屋の扉が、ガチャリと音を立てて開けられる。クレイが、わたしを庇うように手を伸ばして、すっと前に立った。


「終わったよ」


 扉を開けた先に立っていたのは、ルイスだった。物音がした部屋の方角や、部屋から連れ出してくれたことを考えると、おそらくわたしの身に何かが起こる予定だったのだろう。終わったと聞き、とりあえず身体から力が抜ける。


「きちんと眠れていないでしょう。朝まで休んでください」


「いや、何が起こったか分からないままなのも、もやもやすると言いますか…」


 それもそうかといった表情で、ルイスとクレイが顔を見合わせる。さっきまでウトウトしていたのは事実だが、すっかり目が覚めてしまった。


「僕たちも、まだしっかりとした詳細は掴めていないんです。朝になって、情報を聞き出すことができれば、お話しできるかと…」


 クレイが困ったように言う。


「…じゃあ、頑張って、寝てきます」




 ベッドに寝転がると、自分でも驚くほどすやすや寝てしまったことは、秘密である。



 * * * * *



 眠ったのは普段より遅い時間だったはずなのに、変わらずいつも通りの時間に目が覚めた。体の慣れとは恐ろしいものだ。


 クレイに案内されるまま、客間へと向かう。そこには、ルイスとジャックという、いつものメンバーが集まっていた。促されるまま、ジャックの正面に座る。さすが王族。ソファもふかふかである。


「今回招いたのは、君を囮にするためだったんだ。すまなかったな、メイベル」


 なんでもストレートに謝罪すればいいものではないということを、きっとジャックは知らないのだろう。明らかに空気が凍った。


 慌てたルイスとクレイが説明してくれた話は、衝撃的なものだった。


 ジャックの婚約者候補として、ナイダ国の公爵令嬢がいた。この公爵家は、以前から裏ルートと繋がっているのではないかと噂されていたが、なかなか証拠が見つからず、踏み切ることができなかった。


 そして、その公爵家を揺さぶる大事件が起こった。最有力と言われていた、ジャックの婚約者の座を脅かすものが現れたのだ。しかも他国から。何を隠そう、わたしのことである。


 この噂をうまく利用しようと思いたったジャックは、わたしをナイダ国へと呼んだ。そうすれば、公爵家が動き出すと思ったからだ。それに踊らされるように、わたしが到着したその日に、公爵家はわたしを亡き者にするための暗殺者を寄越したそうだ。それが、昨夜のドタバタである。王城も、あえて警備が手薄になるようにしていたという。


 しかも、暗殺者の手引きをしたのが、部屋で世話をしてくれた侍女だというから驚きだった。金を積まれて、魔がさしたらしい。だから、あの部屋でわたしが寝たと思い込ませる必要があったし、わたしが顔に出すことがないよう、事前告知はなかったそうだ。


「確実に襲撃してもらうために、あなたがあの部屋で寝たと思い込ませる必要があったんです。夜遅くに失礼しました」


「いえ。ありがとうございます…?」


 お礼もおかしい。巻き込んだことへのお詫びとして招かれたはずなのに、またもや巻き込まれているのである。でもあのままでは、暗殺者に殺されていた。でもでも、それは意図的にジャックたちが仕掛けたことであって…。


「手引きした侍女が、公爵家に頼まれたというから、その罪を調べるためだといって、公爵家の屋敷を捜索したんだ。そしたら、面白いものが出てきてな」


 ルイスやクレイの説明を引き継ぐように、ジャックがニヤリと笑いながら話す。


「面白いもの、ですか?」


「あぁ。地下室から大量の香が出てきたんだよ」


「え?でも香はハリー様が…」


 あっ、と思い、口をつぐんだが、もう遅い。ハリーとは、リスキア国の第一王子の名前だ。テオから聞いた話と違うと言おうとしたが、普通は知らないのだ。香を誰が売っているか、など。


「なぜ、それを知っている?」


「情報屋から、買いました」


「…なるほどな。ダニアスのことで探ったのか」


 ジャックたちには、すべてお見通しらしい。わたしはゆっくりと頷いた。クレイからは、あれだけ言ったのに、懲りずにいたのかといわんばかりの鋭い視線を感じる。


「たしかに、リスキアの第一王子、ハリーが主犯だという声もある。だが、公爵家から出た名前は、リスキアの第二王子の、従者の名前だったんだよ」


「え?従者…?」


 公爵家は、売り上げの一部をもらうことを条件に、その従者から香を売るよう頼まれていたそうだ。香が見つかり、失脚するのは必然であることから、依頼主を暴露することで、少しでも罪を軽くするよう迫っているらしい。


「それが本当かどうかも、調べる必要があるな。早くしないと、証拠を消される」


 そのとき、ジャックを訪ねてきた人物がいた。


「リスキア国のハリー様が、ジャック殿下に御目通り願いたいと…」


「通せ」


 数分後、部屋に入ってきたのは、本当にハリーだったのだ。


 

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