あの人 2
「久しぶり。ほんとにきたんだね〜」
まったく見知らぬ顔の青年が座っていた。ただ、特徴的な口調から、あの時の侵入者だと見当をつける。
「あなたに依頼があってきたの。会えてよかった」
もちろん、諸々の情報が嘘じゃなくてよかった、という意味でもある。
「明日にはここを立つつもりだったんだ〜。運が良かったね〜」
1日でもずれていたら、会えていなかったかもしれない。何もかもが初めてだったが、とにかくたどり着いてよかったと胸を撫で下ろす。1人だと必要以上に不安になってしまうものだ。
「座りなよ〜。まさかこんな時間にくるとは思わなかったけど」
「でも、バーは夜にしか開いてないでしょ?」
お互いに向かい合って座ったところで、衝撃的な言葉が飛び込んできた。
「ここ、ランチやってるから、昼間も開いてるよ」
わたしの思い込みがなければ、夜道を1人で歩かずに済んだのである。
「貴族のお嬢様が、夜道で誘拐されずにここまできたのは奇跡だよ〜。もうやめなね」
わたしが頷いたのを見た青年も、ニコリと笑って頷き返した。
「よし、じゃあ本題に入ろ〜」
「名前を教えてくれない?話しにくくて」
「テオって呼んで〜」
「じゃあ早速。テオさんは…」
「テオ、ね?」
有無を言わせないような表情で見つめられる。出会った時は、テオが使用人のふりをしていたので、敬語では話さなかった。いまさら敬語にするのも違和感があり、せめてさん付けで呼ぼうと思ったのだが、それはまた違うらしい。
「テオは…」
「うん」
「ダニアス・シーベルツって知ってる?」
「あぁ。この間やらかしたアイツだろ?メイベルちゃんが元気そうでよかったよ〜」
ダニアスが何をしていたのかをわかって言っているのだろう。これはタチが悪い。
「……ゴホン。それから」
「うん」
「………………グレン・リスキアって、知ってる?」
「…もちろん。生死不明の第3王子だね〜」
「それでね、ダニアスから、グレンのことを……、消すように、と頼まれた人物がいるらしいの」
「ふ〜ん」
こういう話は慣れているのか、テオは顔色ひとつ変えずに、淡々と話を聞いていた。わたしは、未だにこの話をすると、喉の奥がキュッとした感じになる。
「その人物を、見つけ出して欲しいの」
テオの顔つきが、ヘラヘラしたものではなく、真剣なものへと変わる。
「あともうひとつお願いがあって…」
「もうひとつ?」
「グレン・リスキアを、探して」
テオの目が細められる。少し考え込むような素振りを見せた後、ゆっくりと口を開いた。
「………………いいよ、引き受ける」
「ありがとう!」
「前金をもらおうかな〜。2件分だから…」
テオが全部言い終わる前に、わたしは札束をドンとテーブルの上に置いた。テオが目を見開き、お札を数えたり、光にかざしたりしている。
「これで足りる?」
「足りるけど、こんな金どこから…」
「安心して。わたしの貯金よ。怪しいお金じゃないからね」
グレンがニートになっていたって、数年なら養うことができるだけのお金がある。コツコツ貯めたのだ。まさか、こんなところで使うことになるとは思っていなかったけど。
「たしかに受け取った。情報が集まったらまた連絡するから〜」
「うん。よろしくお願いします」
「帰りは送って行くよ〜。さすがにこんな時間に放ってはおけないからね〜」
テオは、本当にわたしのことを、屋敷まで送ってくれたのだった。
* * * * *
メイベルを無事に屋敷まで送り届けた帰り道、テオは頭を悩ませながら歩いていた。
情報屋は、嘘をついてはいけない。ひとつでも嘘をついて、テオの情報は信用ならない、なんてことになったら、情報の信憑性がなくなってしまう。信頼がなくなれば、どんなに情報を集めても、商売道具としての価値を失う。
いまのメイベルに、クレイとグレンが同一人物だと伝えるのは、なんだか危うい気がしてしまったのだ。金額を言えば一度引き下がるかと思ったのだが、予想に反して、大金をポンと出されてしまった。やはり、彼女は紛れもないお嬢様だ。
グレンについて、知っているとも、知らないとも言っていない。もちろん、メイベルに伝えないという選択肢だってある。そもそも、引き受けなければよかったのではというのもちらりと頭をよぎったが、それは情報屋としてのプライドが邪魔をした。それに、引き受けないといって、何か事情を知っているのではないかと勘繰られても面倒だった。
「さて、どうしたもんかね〜」




