あの人 1
わたしの涙が落ち着くまで、クレイはずっとそばにいてくれた。クレイの肩口がびしゃびしゃなのはわたしのせいだ。
「……あの、本当に、ごめんなさい」
「いえいえ。落ち着きましたか?」
「はい」
人前でこんなに泣いたことがあっただろうかと思うくらいだ。そのおかげなのか、瞼は腫れぼったいものの、気持ちはすっきりしている。
「泣くつもりじゃなくて、聞きたいことがあって話したんですけど…。ダメですね」
「今からでも、お聞きしますよ?」
どう考えてもひどい顔をしているのに、ちゃんと目を見て話してくれる。クレイの言葉に甘えて、聞くことにした。
「ダニアスが、グレンを…、消すように頼んだ、あの人のこと、何かご存知ですか?」
「いえ、何も知りません」
何かを思い出すような素振りもなく、クレイはきっぱりとそう言い切った。
「そうですか…。じゃあ、他の人にも聞かないと」
「ダメですよ。危険すぎます」
「やっと、グレンに繋がるものを見つけられたのに!」
握られていた手が、わたしの膝の上にそっと置かれ、離された。
「あなたが踏み込んでいい世界ではないですよ」
丁寧な口調は崩れていないが、明らかに拒絶されたことがわかった。先程離れていった彼の指の冷たい感触と、彼の瞳が、これ以上詮索するなと言っているようで、何も言えなかった。
「医師からは、特に異常はないと言われていますが、どこか身体に異変があれば、すぐに診てもらってください」
わたしは黙って頷く。その時、部屋の扉が勢いよく開かれた。
「…….お、目が覚めたか」
顔を覗かせたのは、ジャックとルイスだ。両親への説明も終わり、そろそろ帰るため、ついでにわたしの様子も見ていこうという話になったらしい。
「ジャックさん、ルイスさん、ありがとうございました」
「いや、こちらこそ、いろいろと巻き込んですまなかったな」
わたしは首を横に振る。彼らがいなければ、どうなっていたか分からない。少し寒気がして、無意識に、自分自身を抱きしめるように両腕を掴んでいた。
「俺たちがいては、気が休まらないだろう」
「では、これで。お大事に」
「…あの、本当にありがとうございました」
去って行くクレイは、以前のような優しい笑みとは違い、強張っているような、なんともいえない笑みを浮かべていた。
クレイたちが部屋から出た後、入れ替わるように両親と妹が部屋に入ってきた。
「ごめんね…。ごめんねメイベル」
両親がわたしのことを抱きしめてくれる。こんなの小さい頃以来だ。恥ずかしいけど、安心する。わたしのことを気遣ってか、ジャックがすべて話してくれたのか、事件についてのことは触れられなかった。いまは、それが嬉しかった。
* * * * *
ダニアスの事件から数日後、わたしは暗い夜道を1人で歩いていた。馬車だと家族にバレる可能性があったからだ。
「あった。ここだ」
目の前には、ファリスと書いてある看板が立てられていた。ここがおそらく、以前我が家に侵入してきた青年がいっていたバーだ。バーが昼に開いていないことくらいは、わたしだって知っているので、こうしてこっそり抜け出してきたのだ。服だって、なるべく大人っぽいものを選んだつもりである。別に、ちょっとだけワクワクなんて、してないよ?うん、してない。
看板がなければ見落としてしまうほどの、小さな店だった。小さな窓があり、そこから中の様子を窺おうとしたが、薄暗くてよく見えない。このまま店の前をウロウロしていたら、不審者として捕まってしまいそうだと思い、おそるおそる店の扉を開けた。
店の中に一歩足を踏み入れたが、薄暗いことに変わりはない。入ってすぐのところにバーカウンターがあって、わたしはなるべく入り口に近い席に座った。店の奥はさらに薄暗くて、中に入って行く勇気がなかったのだ。
グラスを拭いていたバーテンダーが、こちらをチラリと見た。どのタイミングでドリンクを頼めばいいのかも分からず、きっとここを逃すと一生注文できないので、目が合ったところで、声を出した。
「いつものが欲しいわ」
震える指で机を3回叩く。
「……少々お待ち下さい」
バーテンダーが、裏へと姿を消した。あの青年が嘘をついていなければ、これで会えるはずだ。
待っている間、あまり不自然にならないように店内を見渡す。わたしのような若い客は少ないようで、皆静かに各々のグラスを傾けている。いまさら、わたしがこのバーで浮いていないかなんて、考えても仕方がない。
ぼーっと眺めているうちに、バーテンダーが戻ってきた。わたしに席を立つように言うと、そのままカウンターの中へと案内される。促されるがままに進み、ほんの10秒ほどで、店の裏だと思われる場所についた。そこには…
「久しぶり。ほんとにきたんだね〜」
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